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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 獣人狩り
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銀狼と騎士Ⅻ

 周りを取り囲む騎士が隙を突いて矢を射て、槍を投げつけてくる。距離があるからそれらを難なく弾くことができる。

——何だ? 身体は動くぞ。だがこの状況はまずい……一度ここから退くか? 飛び道具は出尽くしたみたいだな……それなら

 タイミングを見計らい跳躍して離脱しようと思うが身体が言うことを聞かない。全く動けないというよりも一定の範囲から抜け出せられなくなった感じがする。

 それともうひとつ、短剣を握った少女から目が離せなくなっている。正確にはその動向が気になって仕方がないという感じだ。

 少女は目の前まで近づくと短剣を両手で握りしめてルゥに向ける。

「お、お父さんは……騎士だった」

 彼女の言葉に意識をもっていかれそうになる。いつ傭兵が仕掛けてくるかわからないから周囲の警戒はする。だが目の前の少女の言葉に邪魔をされ集中できないでいた。


——くそっ! 周りが気になってこの子の言葉に集中できない…………。いや、違う逆だ! この子の言葉に気を取られて周りへの警戒が……、ああ……ちくしょうが‼


「悪い人をやっつけて王国を救おうとしていたのに……お父さんは……」

 少女は涙をこらえながら必死に訴えかける。

「お父さんは優しくて、強くて……悪い人や魔物からたくさんの人を助けてきた! それなのに、それなのに……」

 檻に入れられたように一定範囲内では自由に動ける。だがそこから外へ出るなどの行動に制限がかけられている。

「お父さんは殺された! きっと獣人族に殺されたんだって誰かが言っていた!」

「待て! 獣人が殺した証拠はないだろう? あいつらは何でも獣人の所為に……」

「銀色の化け物に引き裂かれて死んだ! 惨い姿だから見ちゃダメだって! ……最後に会いたかったのに……顔を見ることも……できなかった!」

 確かに騎士団員なら何人もその手にかけてきた。致命傷を負わせても極力殺さないようにと手加減はしてきたつもりだ。

 だがその後にどうなるかまでは知らない。

 数多の同胞を殺してきた騎士団だが、個人が善人かどうかまではわからない。そんなことを言い出せばキリがない。


 この戦いは獣人族と王国の戦争といえる。

 戦争は個人と個人の争いではなく集団と集団との争いである。個人の想いは簡単に吹き飛び、集団で決められた意思だけが尊重される。

 互いに敵意はなくても傷つけあったかもしれない。

 その相手がこの子の父親だったかもしれない。


「……」


 謝ったところで生き返りはしない。

 それは自分の仲間たちだって同じ。

 お互い様だと割り切れはしない。

 だからといって互いに憎しみあいたいわけではない。


「俺の仲間も、同胞もたくさん騎士団に殺された。俺たちは仲間を守りたいだけだ。……今でなくても良い、いつか理解してくれると信じている」

 真直ぐに目を見て訴えかけると一瞬だけ少女の目に光が戻った気がした。

「やらないと、お前が死ぬ事になるぞ」

 炎渦の不快な声がノアに向けられる。

「いや、やめ……」

「やれ」

 炎渦の冷たい視線に身体を震わせ、諦めたように呟く。


【銀狼を……殺せ】


 少女の瞳が再び曇ると持っていた短剣を地面に突き刺す。短剣を中心に魔法陣が展開すると凄まじい勢いで魔力が渦を巻いて集まってくる。

「うわああああっ‼︎」

「そいつから、手を離せ‼︎」

 渦に飲まれて中央に引き寄せられていく。少女もその場から動けなくなっていた。しかも流れ込む魔力の濁流が空気を押し除け息ができなくなる。

「この子も殺す気か⁈ このクソ野郎が‼︎」

「終わりだ」

 集まった魔力は圧縮の限界点を超えると弾けて爆発を起こす。

 石畳が吹き飛び、地面に刺さっていた短剣は灰になって崩れ去る。

 傍らには背中を丸めてうずくまるルゥの大きな背中があった。

「やったか? 流石にくたばっただろう」

 勝利を確信して近づこうとする炎渦だったがルゥの背中が少し揺れると驚いて後退りする。

 ゆっくりと身体を起こすと頭を抱えて身を小さくする少女の姿が見える。恐怖で泣きながら震えていた。

「生きて、る?」

 圧縮した魔力による爆発は範囲こそ狭いが人を殺すには十分な威力を持っている。その直撃を受けて二人とも生きていた。ルゥは無事といえる状態ではなかったが、即死でもおかしくない爆発に耐えた事にノアをはじめ誰もが信じられないという顔をしていた。

 しかし尋常ではないダメージを負っている事に間違いはない。

「いい加減にくたばれよ、狼‼︎」

 3人の傭兵がルゥの背中に短剣を突き立てる。

「ぐうっ!」

 呻き声だけあげて反撃の様子はみられない。好機とみて2撃目、3撃目を繰り出そうとするがルゥの背中から短剣が抜けない。

「ど、どうなってやがる? ぬ、抜けない!」

 剣を諦めて殴る蹴るを始めるが幻装の腕が3人をまとめて殴り飛ばす。

 ルゥはノアをひと睨みすると彼女目掛けて抱えていた少女を投げつける。

「う、うわぁ!」

 少女を受け止めると勢いで後方へごろごろと一緒に転がって行く。

 ある程度で止まり少女を見ると恐怖で顔は引きつっていたが怪我はなさそうだった。

「だ、大丈夫?」

 声をかけてみたものの反応はない。

 次に何故自分に少女を投げつけたのかと思いルゥの方に視線を移す。

 瀕死の狼にそれまでの威圧感はない。むしろ悲しげにこちらを見ている気がする。

「……その子のこと、頼んだぞ」

 敵である自分に頼み事など意味が分からないと思いつつも少女への罪悪感から償いの機会を得たと感じる。

 尚も肩で息をしている狼はノアに言葉を投げかける。

「俺の……仲間なら、おまえを……助けられる。テコのところへ……」

「テ……?」

 会話を遮って炎渦の怒号が響く。

「今だ! そいつを……銀狼を殺して魔石を奪え‼︎」

 周りを取り囲んでいた騎士たちが一斉にルゥ目掛けて切りかかってくる。


——その牙は地を砕き その爪はくうを割く

銀の爪牙(ガスト・ファング)


 ルゥの背に現れたエーテルの腕はこれまでとは違い倍以上の大きさで銀色に輝いている。腕を一振りすれば襲いかかってきた騎士たちを吹き飛ばす。加えて周囲の建物も切り刻んで倒壊させていく。

 傭兵たちは巧みに躱して襲いかかるが頭上から降り注ぐ銀の牙に阻まれて近づく事ができずにいる。

 ノアは荒れ狂う風から少女を庇うために抱き寄せている。この風に自分も引き裂かれてしまうのではないかと恐怖に震えていたが、自分が操り傷つけてしまった少女を守ろうと必死になっていた。

 ルゥは意識朦朧としながらも炎渦を目で追う。

 炎渦は浅ましくもノアの影に隠れている。

——本当にクソ野郎だな……

 巨大な両腕から繰り出された風の刃はノアたちの真横をすり抜けて建物を粉砕する。

 暴風が吹き荒れ騎士も傭兵も立っていることもままならなくなる。

 風が収まった時にはルゥの姿は消えていた。

「さ、探せ! 奴は瀕死だ、まだ近くにいるはず……何としても見つけ出せ‼︎」

 騎士と傭兵たちは散会して姿をくらましたルゥの行方を追う。


——あの人が言っていた……ぼくを助けられる人って……


 ノアは震える少女を抱きしめたまま言葉を紡ぐ。

【君はもう、大丈夫】

「ぼくは……」


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