銀狼と騎士Ⅸ
時と場所をセリアヌスに戻す。
深夜に起きた喧騒は止んで静寂を取り戻す。それでも全てが終わったわけではない。
傭兵団は街の中央にある広場に集まっていた。
広場の中心には小さな噴水があるのだが今は止まっていて水が張られただけのオブジェのようになっている。噴水の同心円上に柱が立っていて頂点は円形のオブジェクトでつながっている。
「逃げ足の速い狼だ。奴を誘き寄せてもコイツがこれじゃあな!」
炎渦は銃床でノアの頭を殴る。あまり強い力ではないが硬い銃床は目の前に火花を散らして膝をつかせるには十分だった。
「おっと、反抗するなよ」
手にしているだろう見えない鎖がノアの首を締め更に苦しめる。
そうしている内に一人の傭兵が合流する。全身傷だらけで所々火傷をしている。
「クソっ、酷い目にあった」
「おい、ムタはどうした?」
2人1組で狩りをするように命令したにもかかわらず一人で帰ってきたことに炎渦は苛立ちを隠さずに詰めよると銃口を向ける。おかげでノアへの気が逸れる。
「ムタは死んだ。待ってくれ、聞いてくれよリーダー。猫獣人の女、生きたまま魔石を抜きとれば価値があるって。そしたら自分で自分の魔石を抜き取って爆弾に変えて投げつけてきやがったんだ! もう一人の獣人ごと巻き添えにして……」
「それは大変だったな。ゆっくり休め」
言い終わると引き金を引き乾いた音と共に鮮血が舞う。
「魔石を持ち帰れねえ奴はこうなる。今回は失敗が許される仕事じゃねえんだ。さっさと狼を狩る! 奴らの死体をここに吊るせ。仲間思いの狼は必ず現れる」
傭兵たちは命令されるままにタリタたちの遺体を運び、噴水を囲む柱の円環に吊るしていく。
「何ということだ……みんな!」
タイヨウは仲間の亡骸が辱められていく様子を発見してしまう。
仲間たちの戦況の把握と不可思議な力の手がかりを求めて遥か上空まで飛翔。西の城壁が崩れていくのが見えた。騎士団が手に持つ灯りが街中に点々と見えて、総動員してルゥたちを追いかけているのは一目瞭然。仲間たちは隠れたのか戦闘が行われている様子はなく、真夜中らしくひっそりとしている。
仲間たちのことは心配だが優先すべきことは打開策の手がかりを探すことだと思い直してある人物を探す。
「傭兵団のリーダーらしき人物とその傍にいる人物。きっとこの二人が鍵になる。別れる際にあの二人だけは動く様子が見られなかった。おそらくはあのフードを被った人物が術師。であるならば……あの術師を封じれば勝機はある」
そう思っていたが仲間はことごとく倒れてしまっているのを発見してしまった。
勝機を得たところで何になる、と諦めの気持ちが湧いてきては必死に抑え込む。自分の気持ちとの戦いが動揺しているのだと自覚させる。
「ダメだ……ここで諦めては皆の犠牲が無駄になる。絶対に……そうはさせない!」
泣きたい気持ちを抑え込み、ようやく見つけた傭兵団のリーダーとフードを被った人物を遥か上空から観察続ける。
吊るし上げが終わると炎渦はノアに命令する。
「町中の獣人にお前が見ているものを共有しろ」
「街中はまだ無理……遠くからの強い波動が邪魔してきて……」
ノアが言い終わる前に炎渦はまた銃床で殴りつける。
「言い訳をするな、やれと言ったらやれ。それとも“親”の言うことが聞けないのか?」
殴られた勢いで倒れてしまい被っていたフードが取れて顔が曝け出される。フードに隠された素顔は年端もいかない可憐な少女だった。すると炎渦は焦ったような表情で更に殴り続ける。
「その顔を見せるなと言っているだろうが!」
慌ててその場から逃れてフードを被りなおし『ごめんなさい』と繰り返す。
「はあはあ……、さっさとやれ!」
【獣人はこれを見よ】
作戦開始の当初は街の全域が影響範囲であったが、突如力が無効化される波動を感じた。それからは影響範囲を広げられず力も普段よりも弱い。故にルゥたちにかけていた認識阻害や思考制限が破られて散り散りに逃げられてしまう。
それでもノアを中心に街の七割には届いている。
ルゥにはノアが見ている惨たらしい光景が届いている。街の外に出たラリスには届かない。そして真上の、遥か上空にいたタイヨウにも届いていなかった。
「彼女の口元は確かに『獣人はこれを見よ』と言った。一瞬何かが見えて上昇したら見えなくなった……? この高さなら術の範囲外ということか? そして彼女の言葉がそのまま事象として現れる。動くなといえば動けなくなる? すぐに行使しなかったのは何か制約があるからだろうか……」
術者とカラクリの糸口が見え始めやや高揚するがそれどころではないと気がつく。
「まずいっ! リーダーはこの光景を見せられているはず。そうすれば必ずみんなの仇を討ちにこの場所へ来る。普段は冷静なクセに仲間のことになると熱くなるんだから……先に見つけ出して伝えないと」
仲間の仇を討ちたい気持ちはタイヨウも同じだった。ルゥに少しでも情報を渡すことができれば叶うのではないかと期待してしまい少し口角が上がる。
「リーダーなら、きっと」
タイヨウは上空を旋回しながら目を凝らしてルゥを探す。傭兵団がいる噴水広場とルゥが散開を指示し戦った場所とはそう遠くない。一時的に撤退しても仲間の様子を見るために近くに残っている可能性が高い。
術が影響しない高度を維持しながら飛び回っていると捜索にあたる騎士たちが円を描くように包囲網を築いているのが見える。一定範囲を囲む灯りは傭兵団がいる広場へ向けて少しずつ範囲を狭くしている。包囲の輪から逃れようと屋根や人気のない暗い路地を渡る影を見つける。
「リーダー!」
流星のように影から影へと渡る銀色を見つけてタイヨウは急降下する。だが直後に広げていた翼を撃ち抜かれる。
「ぐっ……⁉︎ 見つかった」
広場の側にある建物で一番高い屋根に登って探索していた傭兵が一人、上空を飛ぶタイヨウを見つけて狙撃する。
「一匹堕としたぞリーダー、梟の奴だ。かなり上空を飛んでいた」
「よくやった、誰かそいつの魔石を奪ってこい。ここにぶら下げる翼もな」
炎渦の指示に別の傭兵が方向を確認して向かっていく。
ノアは俯いて震えていた。
落下していくタイヨウは少しでもルゥの近くに行こうと必死に姿勢を制御する。運悪く下降を始めたところで加速していたから制御が難しくほぼまっ逆さまの状態だった。
「身体強化でどこかの屋根に落ちれば……。いや、その前に」
懐から紙とペンを取り出して速記を始める。
「フード…、言葉、範囲あり…、くそっ! 情報が少なすぎて攻略に繋がらない。それでも!」
短い言葉を書き連ねてばら撒いていく。10枚にも満たないが風に乗せてタイヨウのメッセージは方々へ飛んでいく。
「限界……」
民家の屋根を突き破ってタイヨウは動かなくなる。
近くで聞こえた音にルゥは反応し空を見上げる。
「何の音だ?」
見上げた先にひらひらと一枚の紙切れが舞って来る。何かの罠かと警戒し見つめていると何かが書かれているのがわかる。地面に落ちた紙切れには見覚えがある記号が書かれていた。
「あれは……タイヨウの速記⁉︎」
慌てて拾い上げて影に隠れると書かれた筆跡を確認する。
「これは確かにタイヨウの筆跡。前に教えてもらった速記術の……確か……」
以前教えてもらった読み方を思い出しながら読み解く。
「これは……タイヨウ!」
急いで音がした方向へ走り出す。タイヨウの身に何かあったのは間違いない。騎士の包囲も迫って来ていると教えてくれている。不可解なできごとの糸口を探っていて見つかったのかもしれない。
「何で、みんな俺の命令を聞けないんだよ! 生きろって、逃げろっていつも言ってんだろうがよ‼︎」
音がした付近にルゥが辿り着くと扉が壊された民家を見つける。中に入ると傭兵の一人がタイヨウを担いでいた。
「テメェ……タイヨウを離せ!」
「狼……いいこと思いついた。【亡霊】」
タイヨウを担いだまま傭兵は姿が見えなくなる。
「消えた? どこへいった⁉︎」
窓が壊され気配が遠くなっていく。ルゥも後を追うため壊れた窓を壁ごと破壊して外に飛び出す。だが姿はおろか気配も匂いも消え去り見失う。
「クソがぁ……誘ってんなら行ってやるよ。まとめてぶっ潰してやる‼︎」
タイヨウが残したメモを握りしめて傭兵団が待ち受ける広場へ向かう。
ゆっくりだがボレアース騎士団の包囲も狭まり広場へと向かっていた。




