銀狼と騎士Ⅵ
タイヨウたちは逃げ込んだ家屋に地下倉庫を見つけて隠れていた。
「しばらくはここでやり過ごせるはず。アルラは音で周囲の確認を」
静かに頷くと兎人のアルラは階段へすすみ長い耳だけ上の階に伸ばして索敵を始める。
「ムシダはスキルで地下道を作ってください」
アルラの索敵を邪魔しないよう声を出さずに返事をすると床板を外して【掘削】のスキルで穴を掘り始めた。
「さて、私は策を考えないと」
ルゥが言った『立て直す』という言葉の意味はこの街からの撤退。
つまりは一度この街から離れるわけだが、この街にはまだたくさんの獣人たちが身を隠している。彼らを見捨てるのではなく再び攻勢に出るための方策を考える事だと解釈した。
ただしそれは全員が無事に逃げられた場合の話である。
「正直厳しいな、あの未知の力をなんとかしないことには。我々は少々目立ちすぎた。本格的に人員を増やして組織的に行動しないと」
騎士団への入団当初に比べるとメンバー全員が考えられないほどの強さを手に入れた。獣人としての特性を活かしたスキルも身につけた。
「薄々わかってはいたけれど、やっぱりリーダーの足元にも及ばないし今回ばかりは足手まといだ」
索敵しているアルラが合図を送ると息を潜め、ムシダも掘削を止める。地上から聞こえてくる足音が徐々に大きくなり過ぎ去ったのを確認するとアルラがもう一度合図する。
周辺の住民は避難させられたのか明かりが点いていないから真っ暗だ。タニアのように建物ごとまとめて吹き飛ばすような恐ろしいことは流石にしないだろうが、人海戦術でしらみ潰しに調べられると厄介だし夜が明けて住人が戻ってきても面倒になる。
いずれにしてもあまり時間はない。
タイヨウは妙に落ち着いている自分が嫌だった。
「この大変な時に何を落ち着いているのか」
理由はわかっている。単に諦めているだけだ。
タイヨウはメンバーの中でも戦闘力は低く、飛び抜けた能力も持ち合わせていなかった。
初任務で馬車の屋根に上がって周囲を警戒するだけでも怖くて震えていた。それでも役に立ちたくて必死だった。皆が魔物と戦っている間も周囲の音に耳を澄ませて忙しなく首を動かして周囲を目で警戒していた。ひと段落したところで上空からの攻撃に気がついて叫んだが、ルゥはそれよりも早く反応していてあっという間に撃退する。
——すごい!
身近に憧れの存在がいると励みになる。それはタイヨウだけではなくメンバー全員が同じ思いで努力を重ねた。
マナという魔力の根源ともいうべき力について教えてもらいタイヨウはすぐに力を操れるまでになる。苦戦しているメンバーの特訓に付き合えるくらいに習得も上達も早かった。
ただ限界はすぐに訪れる。
力も技術も伸び悩み、他のメンバーたちに追い抜かされていく。初任務で任された索敵はアルラや戦闘に長けたタリタもできる。
——自分は必要ないのかもしれない
自信を失ったタイヨウは訓練に参加しなくなり薄暗い資料室で戦術資料を眺める日々が続く。別に戦術資料に興味があるわけでもなく、読んでいるというよりもぼうと眺めているだけだった。ボレアース騎士団に新設された獣人部隊は基本的に遊撃隊扱いで指定の任務以外は自由だったから一人で資料を読んでいても誰に咎められることはない。
「よぉ、こんなところにいたのか?」
後ろからルゥに声をかけられて飛び上がりそうになったが振り返ることなく資料に視線を泳がせていた。
何も言わずに隣に座ったルゥの表情がわからず横目でうかがおうとしたが恐ろしくて資料に顔を埋めている。
「お前……そんなに目ぇ悪かったか?」
「そんな事はありません!」
目の良さだけは自信があったから即答で反応してしまい後悔する。
「いや、そんなに顔を近づけて読んでいたらそう思うだろ?」
ルゥは体躯の大きさもあって狼獣人特有の威圧感があるが、顔を見ずに声だけ聞くと好青年に思える。声も良いからさぞかしモテるだろう。
冷静になってきて声のトーンがいつもと同じで怒っていない事がわかる。
「なぁ、何かあったか? 無理にとは言わねぇが……いや、できれば聞かせてくれないか?」
しばらく沈黙が続くがルゥは何も言わずに待っていた。どれぐらい時間が経ったのかはわからないが沈黙に耐えきれなかったのはルゥの方だった。
「ああ、なんか言えよ! 言わなきゃわかんねぇ事があるだろ⁈ 辞めたけりゃ辞めていい。だけど理由ぐらい聞かせてくれてもいいだろ?」
「辞めたければって……」
全身が震え出したタイヨウは顔を隠していた本を手に持ったまま机に叩きつける。
「速記ぐらいしかスキルのない私は入団しても事務しかやれることはないと言われて入ったんです。でも知ってしまったのです!」
ルゥは激昂するタイヨウを初めて見て少し驚いたが身体を向きなおして耳を傾ける。
「死ぬほど怖かった初任務で少しも役に立てなかった。だけどマナを使って一般の騎士並みには強くなれた……強くなれてしまった! これで役に立てると思っていたのに! ……思っていたのに……」
手にしていた資料の両端はシワがよって変形しそうになっている。
「みんなから置いていかれる……私はやっぱり役立た……」
「お前、速記できるのか? すげーじゃねぇか」
話の腰を折られた事と非戦闘スキルをバカにされたと感じて思わずルゥを睨みつけてしまう。
「やっと目を合わせてくれたな。くだらねぇ事言ってないで行くぞ」
タイヨウの腕を引っ張って部屋のドアを開けると他のメンバーがいた。
「みんな……どうして?」
「お前ら待ってろって……。まあいい、全員来い!」
タイヨウは逃げられないようにしっかりと腕を掴まれ、他のメンバーも周りを囲むように進んでいく。
「天才には敵わねぇ、それは俺も知っている。どれだけ努力したところで追いつけないからな。俺もそれで不貞腐れていた時があったよ。でもどうしても追いつきたかった、追いつかなきゃダメだと思っていた。絶対に無理だとわかっていてもだ」
「リーダーにもそんな事が……」
「強くなるのは誰かのため? そんなもん後付けだ。全部自分のためだろ? 誰かを守りたいも誰かの役に立ちたいも、全部自分がそうしたいからやるんだろ? 誰かにお願いされたからやるのか? それも願いを叶えたい自分のためだろう……タイヨウ、お前はどうだ?」
「わ、私は……」
たどり着いた先は食堂だった。食事の時間は過ぎて打ち合わせや小休止している騎士や事務方がちらほら見える。
「ウジウジしたミーティングの時には甘いものを食いながらやるのが一番なんだ。実体験だから間違いねぇ」
「さすがリーダーやわ。ウチ、ケーキにする」
「あ、姉ちゃんずるい!」
「我は甘ったるいのは好かぬ。あっさりしたものはないか?」
「じゃあこのエクレアってやつにしようぜ」
いつの間にか始まった獣人たちのお茶会に周りの視線は冷ややかだったがタイヨウ以外は気にする様子はない。
「いったい何を……」
「お前が努力していることはみんな知っている。コツコツ努力を続ける奴は誰よりも強くなる。俺のダチがそうだ……だがあいつには負けたくねぇから俺も努力を重ねる」
ライバルの顔を思い出して懐かしさについニヤけてしまいタニアたちにからかわれる。
「タイヨウ、お前はマナの習得が早かったが奢ることなく鍛錬を続けていた。他のメンバーにも教えながらは大変だったと思うが俺は助かったよ」
皆が一斉にタイヨウに感謝の言葉を伝えるから誰が何を言っているのかわからない。
「ちょっと黙れ、お前ら。……タイヨウは唯一俺たちの全員の信頼を得ている。それに全員と接して俺たちのことをよくわかっているのは周りをよく見ているからじゃないか? こんなバラバラなチームをまとめるのは俺一人ではキツい。おまえは頭もいいし、その……だから何だ……サブリーダーとして、参謀としてチームを支えてくれないか?」
全員の視線がタイヨウに向けられる。タイヨウはこれまで感じたことがない高揚感で全身の羽が抜け落ちたかと思うぐらいに身体が震えた。
「わ、私もここに居て、良いのですね……」
「当たり前だ」
タイヨウは目を見開くと覚悟を決める。
「死こそが真の敗北。みっともなくとも生きることこそが、我ら銀狼の騎士!」
ムシダが掘った穴から出てくると数件先の家屋に穴をつなげたことを知らせる。アルラを呼び進行方向に誰も居ないことを確認すると穴を抜けて移動する。
「お二人は穴を掘り進めて地下へ潜ってください。この街には地下水道があって街のはずれにつながっていたはずです。協力者や助けた仲間がいるかもしれませんので合流できたら一緒に脱出を」
「タイヨウは?」
「私は上空から戦況を見てきます。夜闇に紛れての偵察は私のオハコですから」
周囲を警戒しながら音も立てずに街の中心地へと飛び立った。




