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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 入学試験
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入学試験Ⅶ

 シエルは魂が抜けたように、立ったまま真っ白な灰になった。

『まさか現実になるなんて……。クジ運が良いとか悪いじゃなく、全然無いじゃねーか!』

 あまりの面白さに爆笑してしまった。

「ううう……ひどい……」

『ああ! ごめん悪かった! な、泣くなよぉ……』

「だってぇ……」

 空色の瞳が涙で揺らめきはじめ、本当に大泣きしそうな勢いだった。

『やっべぇ……どうしよう』

 シエルの本気の涙に俺は手も足もでなくなる。昔からお菓子などで気を引ける子ではないから苦労した。

「あのう、すみません!」

 慌てふためく俺と絶望の淵に立たされていたシエルに救いの手がさし伸ばされる。

「彼女、一度も対戦することなく相手がいなくなったのですが。何とかなりませんか?」

 突然の申告に試験官たちも驚き、集まり話し合いを始める。

 クジには一度敗退した時に印を入れていたようで、無印のクジが1枚取り残されていることに遠目からも驚きの表情が見て取れる。しばらく話し合いは続いていたが意見が分かれるようで決まりそうにない。

 試験を終えた受験生は順次帰宅となるが、知り合いの応援や他の受験生の実力を見るために居残りが数十人いた。すべての対戦が済み、試験は終了したかに見えたが前代未聞の事態発生に周囲はざわついた。

 面白いことになっていると人が人を呼び、野次馬も次々集まっていく。あっという間に100人程度が集まり、見世物でも始まりそうな雰囲気に包まれる。そんな状況に少し苛立ち始めたセレナが再度、試験官たちに声を掛ける。

「よろしければ、彼女の相手をわたしが努めます。このまま試験を受けられずに終わるのは余りにも不憫です」

 セレナの言葉を聞いてシエルは蘇った。嬉しさのあまりまた泣きそうになっているが、友人の投げた細い糸をつかんで耐えている。

 試験官はもう少し待ってくれとその提案を審議し始めた。意外と融通が利くことが多いから通るかもしれない。もしかすると二人の念願だった対戦が叶うかもしれない。セレナはそこも計算に入れて提案したに違いないだろう。

 5分ほど待たされ、試験官の一人がこちらにやって来た。

 シエルは期待と緊張の面持ちで言葉を待つ。セレナやグーテス、俺や周囲にいるやじ馬でさえもどうなるのかと息をのむ。

「審議の結果、彼女との対戦は認められません」

 糸は断ち切られ完全に終わった。

 すぐに向けられるだろう反論を手で制止して試験官は続ける。

「彼女はすでに試験を終えているので、他の受験生との公平さを考えると3度目は許可できません。どうしても評価に影響を与えてしまいますので」

 二人は反論したいのだろうが、試験官の言うことも納得できてしまう。感情は何かを言いたいはずなのに理性が声を喉奥で止めてしまっていた。

「では彼女の試験はどうなるのでしょうか? クジによって試験を受けられないのも不公平だと思います」

 セレナは何とか声を出し、シエルが試験を受けられるよう訴えてくれている。グーテスも代替措置がないのかと一緒になって抗議している。

『いい友達が出来てよかったな』

「うん」

 話は聞いてくれているが、学校側としても1度も対戦せずに残ることがなかったらしく、今この場で決めかねるため後日判断を伝えるということだった。

「わかりました。二人ともありがとうね。残念だけど、試験官さんも困っているから……」

「本当に大丈夫なのですか? 入試の合否って、五日後には知らせが届くはず。それまでに何とかしてもらえますか?」

 今にも食って掛かりそうなセレナと試験官の間にシエルが割って入り、彼女を下がらせる。

「本当にありがとう、セレナ。わたし学科は全教科解いたから大丈夫だよ」

「全教科!?」

「うん、総合の点数がよかったら合格するかもだから。……ね」

 さらりと天才を披露して場をまとめようとしたとき、ひとりの男が近づいてきた。

「試験は済んだのだろう? 何かあったのか?」

「あ、シュベーアトさん! 実は……」

 やって来たのは適正検査の時の教員、フラム・シュベーアトだった。意外と有名人なのかこの男の登場に周囲のやじ馬が色めき立つ。試験官はこの男に事の経緯を説明。この男が上司にあたるのか、場の混乱を謝罪し事態の収拾について説明していた。


 一通り聞き終えたフラムは少し思案したあとシエルの前に進み出て告げる。

「俺が相手をしよう」

 この一言で周囲がより騒がしくなっていく。

「お前は自分で見てみないとわからない事があると言っていたな。人を守るための強さを教えてやろう。ついでに貴族の甘い考えも一緒に切り捨ててやろう」

 適性検査後の会話を言っているのだろうが、かなり棘がある。何が気に入らなかったのか知らないが、

『ちょっと腹立つな、こいつ』

 だがシエルがもつ印象は違ったようだった。曇り空に陽が射し広がるように瞳を輝かせセレナとグーテスを交互に見る。そしてフラムに向かい頭を下げ感謝を口にする。

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 満面の笑みで見つめられたフラムは少し困惑している様だったが、舞台へ上がれと無言で指示する。試験官も否応なしに指示に従わされるようだ。

 試験を終えた受験生たちもフラムの戦いが見られるとあって続々と集まってきており、勝手に盛り上がっている。

 周囲の熱気とは別に、鼓動の高まりを感じている。シエルは颯爽と舞台へ上がり最後の試験へと臨む。



「悪いが一度きりだ。勝敗は当然、本試験と同じ。手加減はしてやるがすぐ終わってもそれはお前の実力だ」

 全然同じではない。相手が同じ受験生ではない事は別に構わないが、奴が使う武器は自前だ。性能が違うから切り結んだだけで簡単に破壊される恐れがある。すぐに終わらせるつもりだろうが、そうは行かない。

『シエル、武器の強化も忘れるなよ』

「うん、大丈夫。本気で行って大丈夫かなぁ?」

『……いや、舐めてかかって来るかもだから様子を見よう。相手に合わせてギアを上げていこう』

「うん、わかった」

 フラムは剣を肩に担ぎ待っている。得物は刃渡りがやや長めに見える両手剣。刀身の幅も広く、重量もありそうだ。

 対するシエルは汎用の片手剣を両手に1本ずつ握っている。

 セレナを含め、皆一様に驚きの声を上げている。

「見たままの通り、二剣使いなのね……」

 武器を選ぶ時にホルダーも用意されていて、2本差し用も置いていた。武器の喪失が敗北条件であったため、対策として2本用意する受験者が何人かいたが、シエルもその一人だと思われていたのだろう。フラムもそう思っていたようだ。

「姑息な真似ではなかったようだが、本当に使えるのか?」

 これまで見てきた対戦で二剣使いは居なかった。父親の仕事柄、何人かの騎士を見てきたが二剣使いは見たことがない。冒険者であればトリッキーな職を選ぶ者もいるから二剣使いも居るかもしれないが、とにかく稀有な存在といえる。

 シエルは片手ずつ素振りをして剣の感触を確かめている。

 フラムはそれをじっと見つめている。如何に剣の達人であろうと見たことのない武器や流派は見極めが難しいだろう。

 両手に持った剣を片方ずつジャグリングのように真上に放り投げては受け止めるのを繰り返す。

「右が少し軽い……かも?」

 フラムも2度3度と剣を振り、お互いのウォーミングアップは同じタイミングで終わる。周囲のざわめきが収まり静かになるのを待っていた試験官が声を発した。

「それでは実技試験、最後の対戦を行います」


 お互いに構えることもなく対峙している。

 これが試験である事など疾うに忘れているのだろう。人との関りを極端に制限されていて、今まで誰かと試合をすることなどなかったのだから。

 今の自分自身の強さを測るには誰かと戦ってみる事が手っ取り早い。これまでの鍛錬の成果を示すいい機会なのだ。

「どきどきする」

『くれぐれもやり過ぎないように。夢中になって事故おこすなよ』

「うん、わかった」

 少し興奮気味だったから念のために釘を刺したが、シエルはちゃんとわかってくれている…はず。

 胸の高鳴りは人と戦うことでもなく、力を振るえるからでもない。

 子供が長い順番待ちを経て、やっと遊ぶことが出来る遊具のようなもの。

 この試験は最も楽しみにしていたアトラクションの一つなのだ


 ただ楽しくて笑っている。


 周りにどう映ったかは分からない。

 あるいは試験を受けられる喜び

 あるいは不敵に笑う気味の悪さ

 あるいは現状を打破しうる希望

 あるいは混沌を導く破壊の女神


――どう思われようともシエルはシエルだ。おまえの進む道についていくぜ


「よろしくおねがいします」

 一礼し右手の剣を前に半身で構える。

 フラムも両手で剣を握り構える。

 いつの間にか増えた観衆にも二人の間に流れる空気が伝わる。呼吸が聞こえてくるほどに静まりかえり、始まりの時を待っていた。


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