銀狼と騎士Ⅳ
王国の東から北にかけて連なる山脈は岩と砂利ばかりで勾配がきつい。大昔はあちらこちらで噴火していたため人が立ち入る事は稀だった。今は休火山となり鉱山資源が豊富である事がわかると富を求めて人が集まりだす。周辺にはいくつかの村ができ、それらが合わさって町へと発展していく。
北東の街セリアンヌもその一つで長い歴史を持っている。
そのセリアンヌも現在は獣人狩りのためボレアース騎士団が闊歩し住民は日々怯えて暮らす荒んだ街に変わってしまっていた。
「シケた町だな。王国がどれほどのものかと期待していたけど、こりゃハズレだな」
「とっとと終わらせて王都に行きましょうぜ」
身なりは異国の装いだが防具を身に着け武器を携えた男たちの一団がまるで凱旋パレードのように堂々と練り歩いていた。
人々の目にこの異様な集団は災いの種にしか見えていない。只でさえ騎士たちの振る舞いに頭を悩ませているのだからこれ以上の厄介ごとは勘弁してほしい。
自然災害だと思って過ぎ去るのを黙って祈るしかなかった。
騎士たちに至っては異国人たちと鉢合わせしないように避けているのがまるわかりだった。まるで異国から来た集団の存在を知らないと言いたいがためのようだった。
「ここでの仕事が終わっても王都にはいかねぇ。王都よりももっと良いところだ」
十数人の集団の中央を歩く男の言葉に周りにいた何人かが不平を口にする。
「そもそも今回の雇い主は何を考えているんです? 俺たちを舐めているんじゃ……」
「まあそう言うな。海外じゃ初の依頼なんだ、俺たちの力を見せつけてやればすぐに手のひらを返す」
男は後ろについて歩く人物に目をやるとニヤリといやらしい笑みを見せる。フード付きのマントで顔だけでなく全身を隠して歩くその人物は何も言わずただついて歩くだけだった。
しばらく進むと一人が男に声をかける。
「炎渦さん、酒場があるぜ。どうせアイツらの仕込みに時間かかるなら一杯飲んでいこうぜ」
「お前は一杯じゃ済まねえだろうが! でもいい考えだ、行こうぜ炎渦さん」
次々と上がる声に炎渦と呼ばれる一団の中心人物は景気づけだと言って酒場へと入っていく。
昼間で客は少なかったが、この一団が入ってくると次々と出て行き貸し切り状態になっていた。
店主は怯えながらも黙って酒や料理を提供し続ける。
「一銭も払ってもらえないかもしれない。だけど殺されるよりはマシだ。言うことを聞いてやり過ごそう」
料理人や給仕係たちとは裏で聞こえないように相談していた。普段からも騎士たちの横暴に辟易していて店をたたむつもりでいたが、異国の傭兵らしき一団の来訪に覚悟が決まったらしい。
店主も一緒になって淡々と酒を運ぶ。飲み食いする男たちの中でじっと座ったままの人物に目が留まる。
フードを目深にかぶって顔を隠しているが小柄で女性とも子供とも思える。単に背の低い男なのかもしれない。気になったのは酒や料理に一切手をつけていないことだった。
今日で廃業を覚悟した店主は開き直ってしまい恐怖が薄れてきていたから普段客に接するのと同じように声をかけてしまう。
「口に合わないようでしたら酒以外もお出しできますよ」
突如テーブルにジョッキを叩きつける大きな音がして店主は『しまった』と我に返る。
「こいつに気やすく話かけんじゃねえよ……」
鬼の形相となった炎渦に店主は腰を抜かしそうになったが踏みとどまり、平謝りでその場を去る。
ちょうどそのタイミングで二人の若い騎士が酒場へ入ってきた。
「お前らか、異国の傭兵団とは」
「昼間から酒盛りとは良いご身分だな」
ボレアース騎士の来訪に場が静まり返る。店の奥では店主が泣きそうになりながら頭を抱えている。
「ボレアースの騎士? いったい何の用だ?」
問いかけた炎渦だけは酒を飲み続けている。その態度に腹を立てた騎士たちが炎渦の近くにまで来ると両者の間にフードの人物が割って入る。
「何だ貴様は? そこを退け!」
騎士の一人が手を伸ばして退かそうとすると炎渦が命令を発する。
「ノア、やれ」
【触れるな】
騎士が伸ばした手は獲物を逃した猟犬のようにおずおずと引き下がってしまう。
続けさまにノアと呼ばれた人物は言葉を発する。
【出ていけ】【二度と近づくな】
催眠でもかかったように二人の騎士は回れ右で店を出て行ってしまった。
「殺っちまっても良かったのによぉ。あいつらもそこそこできるようだしな。で、お前さんはだれだ?」
炎渦のテーブルにはもう一人、別の騎士が座っていた。その男の騎士服は先ほどの若い二人とは明らかに違う、階級が上のものだった。
突然現れたその男が纏う空気は明らかに違っていて、全員が武器を手にして戦闘の構えをとる。
「俺はボレアース騎士団団長カイ・エキウス」
その名を聞いて更に緊張が高まる。だが炎渦だけは酒を飲み続けて平静でいた。
「お前ら武器を収めろ……酒が不味くなる。で、団長さんが何の御用で?」
「惺爛からの傭兵団……名は炎渦団といったか。部隊名に自らの名をつけるとは、惺爛ではそれが当たり前なのか?」
「そうでもないさ。大層な名前だけで名を上げられずに消えていく奴らが多いからな。あと……俺たちはただの傭兵団じゃあない」
ジョッキに残っていた酒を飲み干す。
「俺たちは戦争屋だ。世界の紛争、対立、侵略……全ての争いは俺たちが請け負って……更地にしてやる」
炎渦の言葉に盛り上がる店内。店主たちは奥に身を潜めて震え、ノアと呼ばれた人物とカイは表情を動かさずにいた。
「そうか……俺にはどうでも良いが」
カイの言葉に一瞬にして店内の空気が凍る。
「予定よりも早く来たかと思えば狼狩りの策を出してきて……奴の差し金なのだろうが……あの放蕩者。まあ良い……、言うとおりに種は蒔いた。何日かすれば異変に気付いて食いつくだろう」
「直々のご報告に感謝するぜ、団長さん」
「俺の部下たちに手は出すなよ。今回は見逃してやる」
「へいへい。部下を使って確認するお優しい団長様の仰せの通りに」
炎渦団の面々は再び大盛り上がりだったが急にノアが膝をついて倒れると騒ぎはぴたりと止んでしまう。
ノアは後ろから急に押されたようにして倒されてしまう。振り返っても何が起きたのか分からず辺りを警戒し明らかに動揺を見せていた。
「落ち着けノア! 暴走すんじゃねぇぞ‼」
炎渦とノアの焦りようにカイは失笑し席を立つ。
「タネがないと手品はできないのだろう? 誰が雇い主かを忘れるなよ、戦争屋」
その日の夜に酒場の店主は夜逃げした。従業員とその家族も一緒にエウロスを抜けて南のノトスを目指す。
獣人でなくとも街を抜け出して国外への亡命は難しい。だが一先ず街を抜け出せたのは少し離れた林の奥にある古い屋敷で火災が発生し延焼の恐れがあるからと避難命令が出たどさくさに紛れてだったからだ。
その日の夜も獣人たちを追って騎士たちが走りまわっているが、異国の傭兵団は騎士団が用意した宿から赤く染まる空を眺めていた。




