銀狼と騎士Ⅲ
「旅団? 大げさな名前を付けてくれたもんだ」
人気のない路地裏でルゥはある街の噂話を耳にする。
話している相手はニンゲン族の男だった。男はフードを深く被って顔を隠している。獣人族でお尋ね者のルゥも同じような格好をしている。
「噂話なんてそんなものだ。国のゴタゴタで民衆の鬱憤は爆発寸前。だが皆怖くて言えやしない。だったら噂に尾ひれの一つや二つ付けて面白おかしく話したって構わねぇだろう。折角後世に語られる英雄譚と同じ時代に生きているんだからな」
しゃがれた声でゲラゲラと笑う。
当事者であるルゥは溜め息を漏らす。
「王国や騎士団の横暴に腹が立っているだけだよ。あとは俺の憧れを汚した事への復讐さ」
最後は小声で聞き取れず男に聞き返されたが『何でもない』と言って話題を変える。
「それであの5人の家族の行方は分かりそうか?」
「それがな……さっぱり分からねぇ。それと、ちとおかしな事がある」
フードで表情があまり見えないが渋い顔をしているのが雰囲気でわかる。
「捕まった後、大抵は仲間の居場所を聞き出す為に拷問される。長くて3日ぐらいで……。だが今回助けたあいつらは一週間もあそこにいたらしい。その間食事もあったそうだ」
ルゥもフードを被りマスクで口元を隠しているが男の言葉に目だけでも訝しんでいる様子が見て取れる。
「根絶やしにする事が目的だと公言しておいて生き延びさせているのか?」
「おかしいと思わないか?」
昨日の襲撃の際も振り返れば怪しい点はいくつかある。
こちらが来ることを予想して待ち構えていた節がある。それに屋敷を爆破したとはいえ追手が居なかった。騎士たちは確かに混乱していたが待ち伏せにかかったお尋ね者を見逃すだろうか?
嫌な予想はいくらでも考えつく。
「罠にしては杜撰だった。まだ何かあるのかも知れないな。昨日の5人……注意しておいた方が良さそうだ」
「だな……お前さんも気を付けろよ。最近妙なやつが国外から来ているという噂だ」
「妙な奴?」
「ああ、冒険者や商人って面じゃないらしい。大陸の傭兵って話も聞いたな。お前さんたちをとっ捕まえる為に王国が雇ったんじゃないか?」
「かもな。それよりも助けたあいつらの家族の事、頼んだぞ」
「相変わらず甘えな。それもお前さんのいい所だけどよ」
男は了解の合図に片手をあげて表通りへと去っていく。ルゥは屋根まで跳躍して身を隠した。
「大陸の傭兵がこの街に。狙いは俺たちか、それとも……」
数日後、ルゥたちは街外れの廃墟に隠れていた同族を見つけた。
救出した人々は協力者に引き渡して一度セーフハウスで怪我の治療などをした後ゼピュロスかノトスへ送り届けられる。引き渡しの場所は毎回変わるのだがセーフハウスは複数あって一定期間は同じ所を使う。
協力者のほとんどがニンゲン族だ。
獣人族を匿うだけでも厳しく罰せられるのに国外逃亡の補助までしているとなれば命がいくつあっても足りない。
では何故彼らがルゥたち獣人族の手助けをするのかといえば、北部の都市を治めていたヌンク・フルーメン公爵の影響が大きい。
フルーメン公爵はかつてボレアース騎士団がある街からルゥたち獣人部隊が護衛をした縁がある。彼は人種はおろか身分や出自の差が理解できず誰にでも平等に接する。領主として民を等しく扱う偉大な人物だと人々が勘違いし、見習うべきだと考え方を変えたのが始まりだった。
フルーメンもルゥたちの護衛を大絶賛していた。その時に騎士団員としてよりも獣人族の素晴らしさを強調し、更に彼らの謙虚さをも獣人族の全てがそうであるかのように喧伝したものだからニンゲン族の人々に良い印象を与え、尊敬できる隣人として種族間の絆が深まった。
そういう経緯でフルーメンの影響を強く受けた人達が隣人の危機に立ち上がり手を差し伸べている。
「遅いですね。いつもならとっくに来ている時間なのに」
「どうする? あまり長い時間は待てないぞ」
タイヨウとタリタが判断を仰ぐためにルゥに視線を送る。
3人の女性獣人をセーフハウスへガイドする人員がいつまで経っても来ないことに二人は焦っている。
もし騎士団に見つかり囲まれると救出した人を守りながら戦うことになる。自分の命か他人の命かの選択は決心していてもいざとなったら揺らぐ。
そういう経験が少なからずあって、その度に葛藤するのは精神的な消耗が激しい。
それを回避する為に判断を急ぐ必要があった。
「タイヨウとタリタは周囲を哨戒。アルカとアルラは近くのセーフハウスまで様子を見にいってくれ」
返事する声が重なり一斉に動き出す。
ルゥは嫌な予感がして天の声シャルティオを呼び出す。
「悪いが一飛びしてくれないか。お前のスピードならアイツらよりも早く帰って来られるし俺自身も様子がわかる」
鳥の姿をした天の声は主人と視覚を共有できる。魔力素子の一つであるエーテルで作られた体はいざとなれば手元に引き戻すことも出来る。
淡い青色をした鳥は主人の命に従って飛び立つ。
一時間ほどでセーフハウスへ向かったアルカとアルラが戻ってくる。二人とも全力で駆けてきたから息を整えるのに時間がかかりそうだったが早く報告しようと声を振り絞る。
「セ、セーフハウスが……」
「騎士団の襲撃を受けて壊滅していた、だろ?」
ルゥは報告の内容を先に口に出す。何で知っているのかという驚きの顔をしていたアルカとアルラだったがルゥの冴えない表情をみて直に見てきたのだと察した。
「この街に設けたセーフハウスは使った事がない所以外は全てやられた」
「裏切りでしょうか?」
信じたくはないがそれでも疑わざるを得ない状況にタイヨウは悔しさを滲ませる。
「ニンゲン族が裏切ったとは限らねえぞ」
何を言っているのかタイヨウを含めて理解できずにいたがルゥの言葉に驚愕する事になる。
「助けた奴らが生かされていた理由は何だと思う? 家族を人質に俺たちの居場所を知らせる事ができれば家族共々見逃してやる……そんなシナリオだったなら……」
「しかしどうやって? 騎士団には見当もつかないような場所にあるのに」
「獣人族は身体強化系のスキル持ちが多い。ニンゲン族とは比べ物にならない高い能力が更に向上する。エコーロケーションも極めれば周囲に気取られない音を発するだろう。そしてそれを聞き取る聴力を持つ奴だっている」
大きな溜息を吐いてうなだれたタイヨウはルゥが言わんとする事が分かり悲しげな顔をする。
「助けた仲間と連れ去られた人たちで繋がっていた。私たちにわざと救出させたのですね」
「比較的楽に助け出せていた気がしていたが、気のせいではなかったのだな」
タリタもしてやられたと悔しさを滲ませている。
「これからどうするの、リーダー? この人たちも裏切りものなの?」
アルラの兎人特有の赤い目を向けられて助けられた人たちは怯えている。
ルゥは身の安全を保証すると前置きしたうえで尋ねる。
「俺たちの拠点を見つけ出せと持ちかけたのは騎士団だろう。人質は取られているのか?」
すっかり怯えてしまいルゥの質問には首を縦に振るだけで声は出せなくなっている。
「男や子供が見当たらないのは人質にされているから。女性で子供を人質にすれば裏切ることはないと踏んだのか……本当に汚ねぇ奴らだな」
徐々に怒りのボルテージが上がり語気が強くなり助けた獣人たちは泣き出してしまう。
少し空気が気まずくなったところでタニアとラリスが駆けつけてくる。場の空気を読んでセーフハウスの事はもう知っていると判断したラリスが話の続きのように語る。
「リーダー! 騎士団の屯所におっちゃんたちが連れて行かれるのを見たよ。あと……」
言い淀むラリスを助けたのは姉のタニアだ。
「助けた覚えのある人たち……残念やけど処刑されてもうたわ」
聞いていた女性たちは悲鳴をあげたあと失神してしまう。
「ここに居ってもしゃあないし、場所を移そ」
タニアに促されてルゥたちは隠れ家へと戻る。そこには残りのメンバーも戻ってきていて全員が揃う。タニアは改めて見てきた事を話す。
「とまあ、助けられた人たちを使ってセーフハウスを襲撃。協力した獣人は皆殺し、ニンゲン族は拷問の末に情報を吐いても吐かんでも処刑されとる。挙句に――」
「アイツら亡骸を広場で晒し者に……おっちゃんの姿は見てないけど」
ラリスのいう『おっちゃん』とは協力者の中心人物でルゥと情報交換していた人物を指す。
「おっちゃんもきっと酷いめに……」
懇意にしていたのはラリスだけではない。
碌な物資もないまま獣人救出に躍起になっていた時に手を差し伸べてきたのが彼だ。短期間で有志を集めてこの街だけではなく王国の北部、東部に獣人保護のネットワークを作った。
「これもきっと我々を誘き寄せるための……恐らく最後の罠」
タイヨウの言葉に息をのむ者、憤る者、溜息をつく者と様々だ。
その中でルゥだけは顔に出さずに平静を保っている。そんなルゥに視線は集まりしばらくルゥの言葉を待っていた。
大きく息を吐いた後、ルゥはゆっくりと話し始める。
「助けに行くのはかなり危険だろう。だが、このままにする訳にもいかねえ。裏切ってまで生きようとした仲間たちを責めるつもりはない」
あくまでも怒りの矛先は王国であり騎士団なのだ。
「卑怯なやり方は散々見てきたから驚く程でもない。だけど今回ばかりは許せねえ」
静かな怒りがルゥから立ち昇っていくように見える。それを見たメンバーは呼応するように同じ怒りのオーラが溢れ出してくる。
「今夜、騎士団屯所を襲撃する。みんな準備にかかれ!」
『おう』という掛け声と共に準備が始まる。
奇しくもテコたちが教会の聖女審判に臨むのと時を同じくルゥたちも決戦に臨むことになった。




