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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 聖女審判
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Trauer

 ベニーさんを庇って攻撃を受けた時に両親が駆け寄って来てくれた事に驚きました。ここは危険だから早く逃げて欲しいと思ったけど、ほんの少し嬉しかった。

 だからお腹を刺された時は訳が分からなくなってしまって。

 焼けるような痛みは身体の奥深くまで届いていたのでしょうけれど何も感じず、心臓をぎゅっと掴まれるような、そんな胸の苦しさの方が何倍も痛くて辛かったです。

 両親の顔を見ると涙を流しながら笑っていました。長年の恨みをようやく晴らせた、何かから解放されたような晴れやかな笑顔でした。


——会うのも久し振りだけど、こんな笑顔をみるのはいつ以来だろう? ああ、私が修道院へ行く時だ


 修道院へ行く事が決まった時、母はすごく喜んでいました。離れて暮らすのは寂しかったですが、母が喜ぶのを見て少し嬉しかったのを覚えています。

「面会の日には会いにいくから」

 父の言葉を信じて待っていたけど一度も会いに来てくれる事はありませんでした。他の子の両親も同じだと知って面会できないのは教会の大人たちが意地悪しているからだと思うようになり、きっと両親は会いに来てくれているけど何かしらの理由をつけて追い返されているのだ、と。わざわざ来てくれた両親に申し訳ないとすら思っていました。

 修道院に子供を売った親が会いにくる事なんてないと知ったのはそんなに遅くはありませんでした。


 身体の力が抜けていくと目の前が真っ白になって声だけが聞こえてくる不思議な感覚でした。

「これで皆幸せよ! あなたは苦しみから解放される、私たちも不自由なく暮らせる!」

——私の苦しみってなんだろう?

 そんな事を思いながら母が私を滅多刺しにしているのを眺めていました。

「あなたの綺麗な顔は残して飾ってあげようと思っていたの。でもあの女の顔を思い出す……あいつと同じ顔……なんて腹の立つ顔なの⁉︎ ずっと、ずっと大嫌いだった!」

 母が私の事を嫌っていたのをこの時初めて知りました。

 何か嫌われる様な事をしただろうか?

 母を真似て何でも同じようにしようとした事が疎ましかったのだろうか?

 父に甘えて独り占めするのが妬ましかったのだろうか?

 母との記憶を思い出そうとして気がついた事があります。


 母はいつから私の母になったのだろう?


 物心ついた頃の最も古い記憶は父の職場でずっと作業を眺めていた時です。父は鞄や靴などの革製品、他にも家具や調理具など何でも作る職人でした。他にも同じような職人がいて、私は父や他の職人に作られていく道具を一日中眺めているのが好きでした。

 その頃の母に関する記憶がありません。

 母との最初の記憶はあまり覚えていませんがずっと後だったと思います。母の言う事を聞いて良い子にするんだよと、父に言われたのを覚えています。

 今にして思えば母は私の生みの親ではなかったのかも知れないです。でも単に記憶がないだけで思い過ごしの可能性だってある。何せ父の仕事を朝から晩まで眺めているような子供だったから。父の事よりも少しずつ出来上がっていく鞄や靴の方をよく覚えている。だから母の事を覚えていなくても仕方がないと思う方が変なのでしょうか。

 ああ、そうだ……ある日、父の職場に行く事を禁じられて泣きながら駄々をこねた事がありました。その時の母の顔が怖くて、父にも我儘を言うなと珍しく叱られたんだった。

 それから父の仕事場へ行く事はなくなりました。


 母は近所でも評判の美人で人付き合いも上手く、些細なことで起きたご近所同士の諍いも間に入って丸く収めてしまうような人でした。

 それが純粋に格好良いと思うと母を目で追い仕草や話し方の真似をするようになり、長く綺麗な髪にも憧れました。

 もしかするとそれがいけなかったのかも知れないですね。

 『お母さんに似て来た』『お母さんと一緒だね』そう言われるたびに嬉しかった。憧れに一歩近づいた気分になれたから。

 でも母の顔を見ると決まって笑っているだけ。そして一人になるとため息をついて怖い顔を見せていた。

 私が母に似る事は彼女にとって嫌なことだったのでしょう。いつしか嫌悪感を剥き出しにして物にあたるようになって私は母の真似をやめました。似ていると言われないように髪も自分で切りました。

 そういえばあの時、何か言っていたような気が……。

「本当に似てきた。髪を切ると余計に……あの女、死んでも忌々しい」

 どういう意味かは今もわからない。分かりたくもない。もう分かりようもない。


 だけど私が誰かに似ている事は最後に分かってしまった。そしてそれは母が嫌いなひとだということも。

 初めから私は母に嫌われていたのです。

 物心ついて修道院へ売られるまでの数年間、母はどういう気持ちで私と接してきたのだろうか。

 ずっと我慢していたのだろうか。消えてしまえと心の中では呪っていたのだろうか。ほんの少しでも愛しいと思ってくれた瞬間はあったのだろうか。

 こころはそれを認めたくなくて傷つかないように誤魔化し続けていました。自分で自分を騙すのは難しいことではないのかもしれないです。

 もっと早くそれに気付き修道院での嫌な記憶もなかった事にできていればどんなに楽だったか。

 母と過ごした7年、修道院での7年。

 どちらも私には辛くて悲しい思い出が多い。

 だからたった2年しか過ごしていないけど皆さんとの楽しい思い出はかけがえがなく、私の一生の宝物なのです。

 シエルたちとのお別れは寂しいけどもう十分だと思ってしまった。母の言うとおり私も両親も苦しみから解放されるのだから、そう思ってしまった。


 心残りがないと言えば……嘘ですよね。

 私の傍で泣いているシエルに一言謝りたかった。騎士団の皆さんにもお礼を言いたかった。プロトルードのみんなにも伝えたい事は山ほどある。勿論あなたにも。

 でも終わってしまった。私は死んだのだとはっきり自覚できた。

『待って! まだ行かないで、フィリア』

 ポープの声が聞こえたけれど、でも姿は見えなくて。

「ごめんね、ポープ。魂で繋がる天の声は私が死ねば一緒に死んでしまう。あなたはもっと生きたかったのでしょう? 本当にごめんなさい」

『ぼくの事はいい。ぼくの魂を引き換えにしてでも君を……彼なら出来るかも知れない』

 ポープが何を考えているのか分からない。けど生きる可能性があるなら、それはあなたが持つべき権利だと、そう口にしかけた時に今まで感じた事がない膨大な魔力の奔流が見えました。あんなにはっきりと魔力を視認できた事はありません。

 魂になるとそんな事も出来るのかと思ってしまう……死ぬと感情の起伏が緩やかになっていくようです。

 ただシエルが光に包まれていくのを見て綺麗だなと思いました。思った瞬間にその光に吸い込まれてしまい、また目の前が真っ白に。


——暖かい……そこに居るのは誰?


 暖かな光の中で誰かが立っているのが見え、顔は分からないけど懐かしい感じがしました。その人がそっと私を抱きしめてくれると子供の頃に戻ったような気持ちになって不思議な安心感がありました。

 その人が何かを言っていた気がするけど分からなくて。けどすごく嬉しかったし愛されている実感がありました。


——あなたはもしかして……


 問いかけが終わる前にその人に名前を呼ばれて目が覚めました。

 目の前には必死に私の名を呼び続ける泣き顔のシエルがいました。

 身体のどこにも痛みはなく、ぐっすりと眠った朝のように頭はすっきりとしていました。ただ経験した事がないぐらい身体は重く、自分ひとりで起き上がるのは困難でした。

 魔力を使い果たしても何処かでセーブしているから立って歩けない事はないけど、魔力が空になるとこうなるのかと呑気なことを考えていました。

 状況を思い出してはいたけれど心配するような事態にはもうならないと確信があったからだと思います。

 目の前に立つ見知らぬ男の人がテコさんだということも何故か分かりましたし。

 テコさんが私を蘇らせてくれたのかと思ったらシエルだと聞かされて、彼女は本物の聖女なのではと。宗教的考えが抜けておらず、一度死んだのなら置いてくれば良かったのに。


 テコさんに両親を殺したと聞かされて少し安心してしまいました。

 私を気遣ってくれたシエルに強く抱きしめられて痛かったのもありますが、自業自得……だから仕方がないと冷静に思えて。

 あの人たちはシエルやベニーさんにも手をかける恐れがあった。本当は私ではなく……いえ私以外にも、少なくともシエルを標的に定めていたでしょうから。


 両親を失った悲しみは後から襲ってきました。

 その日の夜、国王の邸宅に戻ると私は気を失ってしまったそうです。

 夜中に目が覚めると周りに誰もいなくてひとりでした。

 親と呼べる人は居なくなってしまい、独りぼっちになってしまった。両親は、本当は私のことをどう思っていたのだろうとか、私はどう思っていたのか伝える事ができなかったなど色々考えていると涙が溢れてきて止まりませんでした。

 楽しかった時の思い出も少なからずあって、こういう時に限ってそればかりを思い出してしまうから余計に辛くて……。


——母は私を嫌いだったかも知れないけど、私は母に好きになって欲しかった。


 向き合って口にしていれば何かが変わったのかも知れない。傷ついたとしても後悔はなかったかも知れない。

 そんな事を思いながら一晩中泣いて、明け方には疲れて眠っていました。クロリスさんを連れて帰ってきたシエルが側にいてくれましたが、その時は気持ちの整理がつかず何も話せなかったので。


「ありがとうございます。話を聞いてくれて」

「大した言葉を返す事はできないけど、話を聞くだけならお安いご用だよ」

「もっと話をしておけば良かったと思った中にあなたがいました。実をいうと一番長く一緒にいるのはあなたですから」

「そう言われればそうだね。セレナも途中で帝国に行ってしまったし」

「私は男の人と話すが苦手です。修道院でのトラウマで……。でもあなたとルゥ先輩はとても気遣って話してくださる。私もなんとか克服しようと努力しましたが……」

「大丈夫だよ。僕もルゥ先輩も気にしていないし、僕たちを嫌っているわけじゃないって知っているから。ルゥ先輩はどう接するのが良いのかセレナに相談していたらしいよ」

「そうだったのですか。やっぱり……もっと話をしておけば…………」

「……」

「ごめんなさい。こんな時に自分の話をして。もう後悔をしないようにと心に決めた矢先だったので……」

 私は彼の隣で泣いてしまった。泣き顔を見られるのは恥ずかしかったから顔を伏せていたけれど、黙って側に居てくれているのは感じられた。そんな彼の優しさに胸の痛みが和らいでいく。

 彼の心も傷ついて辛いはずなのに。その強さこそが本物の強さなのだろう。私もその強さを見習ってずっと側に居たいと思う。


——ルゥ先輩、見ていてくださいね。あなたの意志は私たちが……


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