神の審判XⅤ
日も暮れて沢山の出来事があった一日が終わろうとしていた頃、大聖堂に7つの黒い光が降り立つ。天井を突き抜けて侵入してきたそれは破壊された女神像に座るエタルナの前に横並びで一直線となる。
妖しい光が消えると多種多様な生物を合わせた奇怪な生物が7体姿を見せる。
「我ら魔王七司、エタルナ様の復活に応じて参上いたしました」
真ん中に位置する大きな嘴を持つ獅子に蝙蝠のような大きな黒い羽、孔雀のような綺麗な尾を持つ獣が伏せながら人語を話す。見た目こそ枢機卿が化けた様なおぞましい怪物の姿だがヒトの要素は7体全てに皆無だった。
「お前たち、誰だ? こいつらの仲間か?」
7体の魔物に動揺が広がり、囚われの枢機卿だった化物たちも必死で首を振り否定する。
「妾たち事を覚えていらっしゃらない? では、この姿では如何でしょうか?」
烏の顔に狸の身体、手は6本あり背には無数の針を背負い狐の尾を3本持つ魔物は幼い少女の様な見た目の人型の悪魔へと姿を変える。
「ベルゼブブ、ぼく、ボクの事も忘れたの、魔王様?」
鰐と豚の顔も持つ虎で尾はリスのよう大きくふかふかした魔物も3面の青年に姿を変える。
それを見ていた他の魔物たちも人型の悪魔へと姿を変化させる。
「如何でしょうか、エタルナ様。三千年も経っていては無理もありませんが、思い出していただけましたでしょうか?」
「いや、全然」
あまりのショックに全員が床に突っ伏し、中には泣き出すものも居る。
そんな時、誰もいないはずの礼拝堂の壊れた扉の向こうから足音が聞こえてくる。拘束されている怪物と認知されずに失意のどん底にいる悪魔たちがいるこの特異な空間に飛び込んできた者がいた。
「テコ!」
「シエル? お前何故こんなところに?」
「え、だって……今まで感じたことがない魔力が大聖堂に向かって……」
両手に剣を携えて戦闘態勢だったが、ある者は床に突っ伏し、ある者は子供の様に泣きじゃくっている光景に構えを解いてしまう。
「え、ちょっと待って……この人たち何で落ち込んでるの?」
「ああ、こいつらは魔王七司つってな、俺の前世時代の部下だ」
「覚えているなら何故早く言ってくださらないのですか!」
七人は息を吹き返して姿勢を正し、そのまま跪く。
「失礼いたしました。改めて我ら魔王七司、エタルナ様とアイリス様の復活をお喜び申し上げます」
リーダー格であろう男が嬉しそうに賛辞の言葉を述べるとエタルナの表情が変わる。
「その子はアイリスじゃねえよ。シエルっていう今の俺の相棒だ。姿は似ているが全くの別人だ」
7体の悪魔はエタルナの言葉に大した動揺も見せず、寧ろ納得の表情をみせた。
「確かにアイリス様ほどの魂であれば我らでも気がつくでしょう。しかし、この微細な気配はアイリス様とアモール様ではないのでしょうか?」
「どういうことだ、ルシファー」
それぞれに顔を見合わせているが概ね意見は一致している事を確認しているに過ぎない。ルシファーと呼ばれたリーダー格の男が代表して意見を述べる。
「恐れながら……、彼女の肉体からはアモール様の魔力……いや、何やら特殊な力を感じます。そして魂からはアイリス様の気配が見え隠れします。ですが彼女の魂は転生したことが一度もない真っ新な魂である事も間違いがありません。ですから完全再生をされたのかと。ご無礼をお許しください」
エタルナはルシファーの説明に少し考えを巡らせる。この悪魔たちは姿形だけではなく魂も個体識別の一部としてみる傾向がある。その彼らが口を揃えるのだから間違いないのだろう。
「確かにあいつの一部を感じる事はある。だが一部だ。完全再生だろうと転生だろうと俺を忘れることなど……」
寂しそうに目を逸らして声も小さくなっていく。そこに目つきの鋭い悪魔が口を開く。
「王はいつも自信過剰。油断は命取り」
突然の諫言に空気が少しピリつくが言われた本人が笑い飛ばしてしまう。
「ははははっ! サタン、確かにお前の言う通りだ。その言葉をもっと早く聞いていればこんな事にはならなかったかもな!」
「そうよ、三千年も遅いなんて、あんた本当に遅いのよ、サタン。早く言わないと魔王様は抜けているところ多いんだから、このレヴィアみたく早く言わないと」
「いやいや、レヴィアぁ……オイラたち誰も何も言ってないでしょ? あと、しれっと魔王様の悪口言った」
「ええ、何も言っていないヴェルフェと同じで何も言っていないわ」
ぷいっと顔を背けられてヴェルフェと呼ばれた悪魔の少年は深いため息を吐く。
自分の事を言われているのは気になるが、それ以上に強大な魔力を辿った先にいた人物たちに思っていた感じと違うとシエルは唖然としていた。それに気付いたエタルナに手招きされて近くに行くと跪いたまま言い合いをする悪魔たちに、やはり恐ろしさを感じなかった。そして、ずっと一緒に過ごしてきたという在る筈のない記憶が呼び起こされた気がする。
「こいつらは俺が前世で一緒だった仲間だ。真ん中がルシファー、こっちの目つきが悪いのがサタン。ふたりは俺の両腕だ」
表情は変わらないが何となく嬉しそうに見える。
「それと、そこにいるのんびりした図体のデカいのがヴェルフェゴール。その隣の小さい方がマモン、天使みたいな奴がアスモデウス。こう見えて優しくて面倒見が良い」
嬉しさを満面の笑みで表現するヴェルフェゴールに対してマモンは「こうみえてとは?」との抗議をストレートに口にするがエタルナに笑って流される。アスモデウスは恥ずかしいのか手で顔を覆って隠している。
「残りの2人がベルゼブブとレヴィアタン。このふたりは俺に甘えることしか考えてねぇ」
「レヴィアたん……」
「変ですわね……奇妙で変な呼ばれ方をしたような気がしますわ」
魔王七司はシエルに対しても服従を意味する礼を行うが、シエルはそれが何かわからずに挨拶だと思って頭を下げ7人を慌てさせる。
「さて話を戻すが、アイリスとアモールの気配か……お前なら何か知っているんじゃないか? 俺が天の声に転生した理由も教えてくれよ、クロリス」
何もないところから突然現れたクロリスにシエルと七司も驚く。普段であればおどけたフリで誤魔化すのだろうが、今はその罪状を明らかにされ判決をくだされる罪人のような顔をしていた。




