神の審判XⅣ
ティミドたちはアスゴールドの執事が用意した馬車に乗り大聖堂を後にする。馬車には二手に別れて乗り込んだ。一方にはシエルとソルフィリア、ライニが乗る。シエルはかなり回復していたがソルフィリアはまだひとりでは歩くのもままならない。一度死んで蘇ったのだから無理もないだろう。
「フィリア、どこか痛くない? 辛かったら寝てても良いよ」
シエルはソルフィリアに引っ付くように隣に座る。
「心配してくれてありがとうございます。痛いところはありませんが少し身体が重いですね。魔力切れの症状に似ています」
笑顔を見せるがかなり辛そうに見える。
同乗しているライニは過剰なほどに馬車の外を警戒している。主人の世話以上に警護が最重要の役割を持つ彼女にとって今回は屈辱とも言える失態だった。
守るべき国王に傷をつけられ、王妃の危機に手も足も出ずに何度も立ちすくむだけだった。
これ以上の失敗は自分自身が許せない。目の前の客人も大恩ある王と王妃は命に変えてでも無事に帰す、そう決めていた。
「テコが見ていてくれているから大丈夫だよ」
シエルの言葉にライニはようやくふたりの方をみる。だがすぐに窓の外を見て周囲の警戒を続ける。それでもシエルとの会話はしようとしてくれている。
「あれは……やっぱりテコ様なのですか?」
「うん、そうだよ。ほんとイケメンになっちゃってぇ」
ニヤニヤするシエルに若干引き気味のソルフィリアとライニだったがシエルなりに場を和ませようとしている事に気がつくとふたりとも我に返った思いがする。
「あれが本来のテコの姿なんだと思う。今までの姿はわたしが創造したものだから。力も桁違いだし、イーリオス全土を見通しているみたい。本当は大陸全部を見るぐらいは余裕だけど勘が取り戻せないんだって」
「ほとんど話す時間がなかったのに何故わかるのですか?」
ライニは天の声の存在を聞いてはいるが深く理解していない。当のシエルやソルフィリアでさえ上手く伝えるには時間がかかる。
「わたしたちは意識どうしで会話ができるの。本当はわたしたちの中にいる存在なんだろうけど、テコみたいに自由に動き回る方がおかしくて最近は向かい合って話す方が多いぐらい。今は離れているけど会話はできるよ」
シエルを通してこの会話はテコにも伝わっているが、今は話さなくても良いと止められている。
会話ができる事に納得はしたがライニが本当に聞きたい事はそこではない。
「彼の方は何者なのですか? 聞いた限り天の声の範疇を超えているように思います。それに……この国はどうなってしまうのです? あんな化物が教会を支配していて、司祭や神殿騎士……領主まであんな風になるなんて。ティミド様も怪我を……守れなかった」
ライニはシエルたちより少し年上で幼少の頃からティミドの屋敷で家事と警護だけを続けてきた。先祖の代から恩があるイーリオス王家に仕える事がライニにとっての誇りであり生き甲斐だった。いつ何処から襲ってくるか分からない刺客への対処は訓練によって培われたものだから難なくこなせる自信があった。しかし予想し得ない事態に狼狽えて動けず、守るべき主人に怪我を負わせてしまった。そんな自分が許せなかった。
「またあんなことになったらどうすれば……」
シエルはソルフィリアに少し席を詰めてもらうとライニの手を引いて隣に座らせる。
「わたしたちもいるから大丈夫だよ。でもずっとはいられない、だからきっとライニさんの力がこれからも必要なの。ティミドさんとベニーちゃんをお願いします」
「でもベニー様を守ったのは……」
横目でソルフィリアを見て申し訳なさそうに目を伏せる。自分が対処できていれば惨事は起きなかったかもしれない。結果的に蘇生できたから良いものの、もしもの時は一生を捧げても償いきれないし自責の念に押し潰されていただろう。
「あの時は私の方が近い位置にいましたから。皆さんは最善を尽くした、私はそう思っています。至らなかったのは私が彼らの事を見誤っていたから」
ソルフィリアもライニと同じく自らの責任であるという。
「守れなかった事が悪い事だとは思わないよ。少なくともわたしは思いたくない」
シエルはふたりの手を取って交互に目を合わせて続ける。
「だって、わたしも守れなかった人はたくさんいるから。その時にテコが言ってくれたの。傷付ける人の方が悪い、自分を責めていたら次に守るべき人を守れなくなるぞ、って。だから反省したら前を向くの。頑張っても大切な人を守れない事もあるし、手を抜いたわけじゃないからそれがその時の全力なんだよ。それに自分の心も守れなくて誰を守れるんだ、とも言われたよ。ふたりには大切な人が、守りたい人がまだいるでしょ?」
全部を受け入れるには気持ちの整理ができていないが、ふと脳裏に浮かんだ顔を思い出すとまだ終わりではない事は確かだと思った。
「ありがとうございます。次こそは滅してやります」
少し元気を取り戻したライニは向いの席に戻ろうとしたがシエルが離さず結局屋敷まで隣に座る事になった。
一方の馬車にはティミドとベニー、アルフラウにアスゴールドの息子と執事が同乗していた。車内はやや重苦しい雰囲気に包まれている。
アスゴールドの息子ノッツは執事のブロアの懐に顔を埋めたまま泣いている。目の前で父が怪物に成り果て自分を襲おうとしたのだから無理もない。襲われる恐怖と父を失った悲しみはまだ子供の彼には辛すぎる出来事だった。
「申し訳ございません、使える馬車が少なく同乗させていただく事に」
「いえ、お気遣いなく。馬車に乗せていただいているのは我々の方ですから」
ブロアの謝罪にアルフラウが答える。同じ執事の立場でシンパシーを感じるものがあり、目を見ただけで互いの苦労が理解できてしまう。
ティミドもブロアの部下に怪我の治療をしてもらっていたため感謝の言葉を述べる。
「本当に助かった、礼を言いたい。あの迅速な対応、領地経営は領主自身の力かと思っていたが、もしかすると君の働きのおかげかな?」
「お褒めに預かり恐縮です。ですが私はお手伝いをさせていただいているだけでございます」
実際のところティミドの指摘どおり経営の殆どをブロアが担っていた。彼だけではなく彼の部下も優秀でアスゴールドの尻拭いは勿論、悪政もそれとなく修正して民を苦しめるような事態にならないようにしてきた。
「これからどうするつもりかね?」
「……正直わかりません。主人を失い教会があの様な化物集団だった事が分かったうえに、この国の先行きも分からないですから。主人を救えなかったので私は解雇されるかもしれませんが」
まだ泣き続けるノッツの頭を撫でながら自虐的な笑みを見せる。もうこの国にはいられないと覚悟をしていて素の部分が隠せなくなってきている様だった。
「では儂のもとで働かないかね? 彼とアスゴールド夫人の事も引き受けよう」
「おじいさま!」
まさかの提案にベニーは目を輝かせ、アルフラウとブロアは目を丸くした。ティミドはベニーの頭を撫でながら何かの決心をしたのか大きく頷く。
「儂は王としてこの国に向き合わねばならないだろう。年寄りにできる事は多くないがこの国の未来の基礎をつくる必要がある。その為に儂を助けてほしい。この子たちの未来のために」
思いがけない誘いに胸が熱くなるが今はその時ではない。
「少し考えさせていただいてよろしいでしょうか? 私も主人を失ったばかりですから」
街に着いたのは日が暮れかけた頃だったがやけに空が暗く感じられた。街の人々も正体不明の人物に従うべきか、教会に試されているのかなど困惑の声が広がっている。
ティミドは屋敷に着くと留守をしていた侍女たちに明日の朝、街の広場で話をする事を人々に伝えるよう指示する。ブロアも使いを出すと申し出てくれた。
夜になって少し落ちつきを取り戻すがイーリオスの激動はまだ続く。




