神の審判ⅩⅢ
エタルナが腕を振ると祭壇の女神像が中心から十文字にひび割れて轟音と共に倒れる。女神像の巨大な頭部がエタルナの前に転がってくると足裏で受け止め、丁度良いとその上に腰を下ろす。
その光景と手足を失い床に転がる怪物を見て領主のアスゴールドは膝から崩れ落ち言葉を失っていた。
「ああ……、ああ……」
目まぐるしく変わる事態について行けず呆然としているのはアスゴールドだけではなかった。ベニーたちもこの場を離れて良いのか判断に迷っていた。
「まだいたのか? さっさと行け、コイツらはどうせ再生できるだろうからな」
怪物へと変貌した枢機卿たちに指をさし撤退を促す。
「あ、あなたはどうなされるおつもりですか?」
ベニーの問いにエタルナの表情が少し変わった気がする。
「この国から教会を排除する。真にイーリアを崇めるなら教会など不要だ」
言い終わるとエタルナの背後から手足を再生させた怪物が三体同時に襲いかかってくる。しかしそれらの攻撃はエタルナに届く事なく再び手足を切り落とされてしまう。再び倒れた怪物にエタルナが手をかざすと暗闇の縄が巻き付いていく。
「【呪いの制約】」
縛られて動けなくなった代わりに切り落とされた手足が再生している。
「な、何をした⁉︎」
「何、ちょっとした呪い付きの拘束魔法だ。お前たちが自滅するまで解けない。代わりに細胞を活性化させ無限の超速再生ができるようにしておいてやった。ほら、このとおり、頭を吹っ飛ばされても死なないだろ?」
双頭の魚は頭を吹き飛ばされたが直ぐに再生して呻き声を上げる。
「脳の記憶領域がどうなっているかまでは知らんがな」
「おのれ……」
怪物たちは何とかして魔法を解除しようともがいている様だったが傍目には捌かれるのを待つ魚同然だった。
「さて始めるか」
エタルナの目の前には巨大なスクリーンが浮かび上がる。映し出されているのはイーリオス各地の風景とそこにいる人々の姿だった。裏側にいるベニーたちにも同じ光景が見えている。
「これは、街の人たち? 皆こちらを見ている様な気がしますが」
映像の向こう側からも声が聞こえてくる。
「今、ベニー様の声が聞こえなかったか?」
「確かに聞こえたが……いや、まさかこんな所にいるわけが」
他にも誰かが話している様に感じられたが、一部だけがはっきりと聞こえてくる。やがて全ての声が聞こえなくなると映像はエタルナを映し出す。
「誰だ、あれは? 後ろには……教会の人? いや、怪物⁉」
「あいつが座っているのって礼拝堂のイーリア像じゃないのか?」
「ほ、本当だ! なんて事を……」
各地の上空に突然現れた映像はイーリオスの街だけではなく山間部の辺鄙な村や森の中にも現れる。エタルナが感知した生物がいる場所の全てにスクリーンが配置されたのだった。
人々は困惑しながらもそれに注目している。屋内にいた者は外に出て空を眺め、外に出られない場所にいる者にも見られるよう屋内にもスクリーンが現れる。
「我が名はエタルナ・オスタリス。イーリオスの民よ、これよりこの国は俺の庇護下に入れる。その為の条件として、イーリア教を捨てよ」
この言葉に反応したのは領主のアスゴールドだった。
「イーリア教を捨てろ、だと⁉︎ 信仰の自由を妨げる貴様に誰がつくものか! そもそもイーリア教はこの国の最高権力、イーリア教無くしてこの国は立ち行かんのだ! イーリア教の、教会の権威こそが全てなのだぁ‼︎」
領主の言葉は国中に聞こえている。確かに信仰の自由は大事だが、教会に対する不満も確かに存在する。それは国を実効支配する権力であり、領主をはじめとした一部に集中している事にある。だから権力を持った領主の言葉に民たちは表情を暗くするしかない。
喚き続けるアスゴールドを無視してエタルナは続ける。
「お前たちが首からさげるネックレス、それに付いた魔石を砕け。そして心から今のイーリア教の信仰を捨てると叫べ」
突然現れた映像に映し出される正体不明の男に信仰を捨てろと言われても素直に承服するはずもない。不満に思っているのは権力者にであってイーリア教自体ではないからだ。むしろ秩序を重んじる教義に心から惹かれて信仰している人がほとんどでもある。
「ふむ、直ぐに納得はできないか。では、これを見たらどう思う?」
映像には横たわる怪物が映し出される。悲鳴をあげて目を逸らす者も多くいたが怪物の一部が枢機卿である事に気がつく。
「その魔石は少しずつお前たちの魔力を吸い上げている。逆に多量の魔力を反転させ化け物に変異させる事も出来る。お前たちが見ているコレは自らの意思で化け物に変異したが、お前たちは自分の意思とは無関係にこうなってしまうぞ。あと、元には戻れないらしい。さあ、どうする?」
「皆の者、儂らはこの悪魔に姿を変えられたのだ! 此奴の言葉を信じるな、信仰を捨てるな!」
ここぞとばかりに枢機卿たちはエタルナを悪役に仕立て上げようと被害者を装う。だが国民たちはどちらの言葉も信じられずにいる。彼らにとってはどちらも得体の知れない化け物だからだ。
エタルナの言葉だけでは信じてもらえないかも知れない、そう悟ったティミドが声を張り上げ呼びかける。
「彼の言う事は間違いではない。民よ、国王のティミドである! そのペンダントを捨て……ぐぁっ⁉︎」
「おじいさま⁉︎」
話の途中で肩を魔法で撃ち抜かれてティミドはうずくまる。魔法を放ったのはアスゴールドだった。目が血走っていてかなりの興奮状態にある。
「それ以上喋るな。次は頭を……、ぐっ⁉︎」
今度はエタルナがアスゴールドの杖を破壊する。
「お前の事はコイツらと同じく赦すつもりはないから放っておいたが……よし、お前からそのネックレスを捨てて信仰を捨てると宣言してみせろ。領主なのだろ? 民の模範となれ。そうすれば命だけは助けてやろう」
「き、貴様……どこまで我々を、教会を愚弄するのだ! 今の地位も権力も全て教会に捧げてきたから得たもの。それを易々と捨てる事など出来るわけがない!」
「結局のところ、お前が守りたいのは信仰ではなく、地位や名誉なのだろう? それさえあればイーリア教でなくても構わんのだろ?」
「うるさい! 貴様など……」
いきり立つアスゴールドは背後に小さな衝撃を感じる。振り返ると彼の息子が縋り付いていた。
「お父さん! もうやめてよぉ」
彼の息子は泣きながら必死に訴える。
「このままじゃお父さんまで怪物になる。殺されちゃうよぉ……そんなの捨ててよ、そんなの無くてもお父さんはすごいから!」
「やかましい! そんな腰抜けは儂の息子ではないっ! 教会こそが全てだ‼︎」
叫ぶアスゴールドは杖なしで魔力を掌に集中させて魔法を放とうとするが、魔力が暴走して彼の腕はあちこちから出血している。それでも構わず腕を振り下ろそうとしていた。
エタルナはそれを傍観するつもりだった。実子を手にかける親がいる事をつい先程学んだ。堕ちるところに堕ちれば直にでも消滅させてやるつもりでいた。
だが状況が変わる。エタルナはアスゴールドに指を指してその魔力を打ち消した。
「な、なんで? 何でぼくを助けたの……ベニー王妃」
「例えあなたと仲が良く無くても命の危機があれば助けます! 殺されていい命なんてありませんから!」
領主の執事でさえも狂気にあてられ動けずにいたのに、ベニーだけが危険を感じ取って助けに入った。
「いい加減にしろよ、小娘。貴様も、貴様もぉ……キ、さマもぉーっ‼︎」
アスゴールドが身につけていたネックレスが輝き出し身体を妖しい光が包み込んでいく。徐々に変異していく手足に身体全体が大きく膨れ上がっていく。
「お二人ともこちらへ!」
執事がベニーたちを抱き抱えてティミドたちのところへ駆け込むとアルフラウが礼を言う。
「申し訳ない。今我らはおふたりを守らねばならず、ベニー様をお願いしたい。ライニ、ティミド様は?」
「儂は大丈夫だ。ベニーとふたりを何としても守るのだ」
完全に怪物と化したアスゴールドは雄叫びをあげる。その姿は騎士や司教たちが変貌した姿とは違い人の原形をとどめていない。手足などなくどの生物とも例えようがない異形は正に化け物としか言いようがなかった。
「はははははっ! 儂もなったぞ、神の使徒となる力を手にした。聖遺物なしで、自分の力のみでなったぞぉ! 次の枢機卿の座は間違いない……お前らの首を手見上げに、教皇様にお目通りいただくのだぁーっ‼︎」
「もういい、消えろ」
エタルナが背後から触れると灰となってしまう。舞い上がったその灰も雪のように消えるとアスゴールドの息子は執事にしがみついたまま大声で泣いた。エタルナはその光景を少しの間だけ眺めたあとベニーと視線を合わせる。
「あまり無茶はするな。お前が怪我をしたらどうする」
「申し訳ありません。でもつい身体が動いてしまって……」
「謝る必要はない。よくやったぞ、イーリア」
ベニーの頭を撫でたあと立ち上がると、また女神像の元で腰を下ろした。
「1日考える時間をやろう。それでも教会から離れたくないというのであれば領主のようになると思え」
人々の前からスクリーンは消えていた。しかし恐ろしい光景を目にした住民たちの困惑は収まらない。恐ろしい怪物を見て気を失った者もいる。日が暮れて夜が明けるまでイーリオスの混乱は続いた。




