神の審判Ⅻ
突然現れた謎の男に驚き、動揺する声が徐々に広がっていく。同時に惨たらしい姿のソルフィリアに何かをしているシエルにも人々は注目している。こちらについては回復魔法でどうにかできるような状態ではないと心の中で憐れんでいる。
三人の枢機卿もほぼ同じ思いでいる。計画は狂ったがシエルを無力化し動揺している今が討ち取る絶好の機会だ。
「狙いは<雷神>の方だったが、まさか自分の娘を……。それよりも我々イーリア教会に死を与えるだと? 馬鹿々々しい、邪魔をするなら貴様も!」
神殿騎士たちが剣を抜いて男を取り囲み、枢機卿の号令でいつでも切りかかれる態勢でいる。
「やれっ!」
命令と同時に四方から切りかかり、数人が後から続く。しかし男の姿は忽然と消えてしまい騎士たちの剣は空を切っただけだった。
「ど、どこに行った?」
騎士たちが周りを見渡すと、男はうずくまるソルフィリアの両親を見下ろしていた。
父親の方は虚ろな目で遠くを見ているようだったが母親の方はアルフラウに蹴られた腹を押さえながら目の前に立つ男を睨みつけている。
「あの娘に何をしても無駄よ。神イーリアに捧げたの……あの子は私たちと一緒にいるの……ずっと一緒よ。だから、あの子を返して!」
ソルフィリアの母親は隠し持っていたナイフを取り出して男に向かっていく。父親の方もそれに併せて素手で殴りかかってくる。
男は抵抗する様子もなく冷めた目でただ見つめるだけだった。
近くに居たアルフラウは助けに入ろうとしたが一瞬ためらってしまう。得体の知れないこの男とテコが同一人物であろうことは推測に容易い。しかし纏う空気が桁違いに禍々しくもあり神々しくもあり、言葉どおり近寄りがたい。
そして、ある事に気が付く。
——何だ……時の進みが遅い? 思考と感覚だけが……ああ、まずい! 早く助けなければ……
ソルフィリアの母親が男の胸にナイフを突き立てる瞬間に頭と身体の感覚が元に戻る。間に合わないと思った瞬間、ソルフィリアの両親は灰になって消えてしまう。
何が起きたのか理解できずにいると傍にいたベニーの呟きが聞こえてくる。
「エタルナ…………魔王、エタルナ様」
しんと静まり返っていたが聞こえるはずがないその言葉は何故か人々の耳に届いてしまう。
目の前で二人の人間が灰になった事実とベニーの言葉がリンクし恐怖が広がっていく。この状況に耐え切れなくなった何人かが礼拝堂から逃げ出していく。逃げ出さずとも少しでも距離を取ろうと壁際に移動していて、男を中心に大きな輪ができていた。
男に視線が集まっている間にシエルとソルフィリアを包んでいた光が小さくなっていく。光が完全に消えると完全に傷が癒えたソルフィリアと肩で息をしているシエルが見える。あたりに流れていたおびただしい量の血もきれいに消えている。
「フィリア! フィリア!」
シエルが横たわるソルフィリアを揺り動かしながら何度も名前を呼ぶ。すると彼女はゆっくりと目を開く。
「私は、死んだのでは……」
「フィリア!!」
目を覚ましたソルフィリアはシエルに抱きつかれて驚くが、ゆっくりと上体を起こしてもらい周りを見渡し状況を思い出す。視界には見たことがない男が立っていたが、それがテコだと直感で分かる。
「テコさん……あなたが私を?」
「いいや、俺にそんな力はない。シエルのおかげだ」
「でもね、テコが力を貸してくれたからだよ」
「そうですか……ふたりともありがとうございます」
礼を言ったあと、ソルフィリアは視線を周囲に移す。
「お前の両親は俺が殺した。恨んでくれてかまわない」
目を見開きテコを見つめていたが彼女の瞳に怒りや恨み、悲しみの色はなかった。ソルフィリアは自分でも驚いていたが抱きついたままのシエルの力が強くなった事で冷静になれたし落ち着いた。
「あなたを恨むようなことはしません。分かり合えないまま……ちゃんと話ができないままなのは悔いが残りますが、それは始めから私が避けていたことですから。それよりも今は」
ソルフィリアの視線は枢機卿たちに向けられる。
「俺は奴らも許さない。おい、シエルとフィリアを連れてここを出ろ」
男はアルフラウに指示するが動く様子が見られない。命令を拒否しているのではなく本能的に力の差を感じ取って動けなくなってしまっている。仕方なくベニーに向かって同じ言葉を投げかける。
「は、はい! アルフラウ、ライニ! お姉様たちを!!」
ベニーは返事をするとシエルとソルフィリアの元に駆けつける。力を使い果たしたシエルと蘇生されたばかりのソルフィリアは立ち上がることもままならない状態だった。アルフラウとライニもベニーの声で金縛りが解け急いでシエルたちを抱きかかえて離脱の準備を進める。
「そうはさせるか‼︎」
枢機卿の呼ぶ声に応じて騎士が雪崩れ込んでくる。領主の取り巻きにいるゴロツキたちも今がチャンスだと刃物を取り出してベニーたちに近づいていく。
「ここは万全を期せねばならん。力を解放しろ——マリヴィっ‼︎」
三人の枢機卿がそれぞれの聖遺物を高く掲げると神殿騎士と領主の取り巻きは苦しげな叫び声と共に姿が変貌していく。
「これはいったい……あの方たちは⁉︎」
驚愕するベニーをティミドが守るように抱き寄せる。
「まさに悪の所業。こんなモノに手を出していたのか教会は⁉︎」
形容するならば人型の魔獣
正気を失い爪や牙を振るう姿は獣にも劣る。輝きを失い狂気を映し出す目には元の人格など消え失せたように思える。
そんな怪物の群れが包囲する輪は少しずつ狭まっていく。狙いは中心にいるテコたちだからこの隙に他の信徒や司祭などは逃げ出して行く。
更に階下から床を突き破って同じく異形化した司祭たちが現れる。階下から来たという事は事前にテコが気絶させていた司祭たちだろう。
「もう逃げられんぞ。お前たちは此処で終わりだ。その首さえあればすり潰しても構わん。さあ、やれっ‼︎」
司祭の命令で異形の怪物と化した騎士や司祭たちが一斉に襲いかかってくる。
「【カイ】」
エタルナから放射状に風が吹くと襲いかかる怪物たちは動きを止め灰となり、やがてその灰も跡形なく消え去ってしまう。
礼拝堂にはテコたちと枢機卿だけとなる。
「ば、馬鹿な……何をした? あの数のマリヴィを一瞬で⁉︎ そこらの魔獣とは比べ物にならない力を持った怪物を……一瞬で⁈」
「さて、次はお前たちだ」
終始エタルナの表情は変わらない。
「おのれぇ……こうなれば」
「成るのか? 化け物の姿に」
枢機卿は聖遺物を掲げて詠唱を始める。それは聞いた事もない言語で意味は分からなかったが、得体の知れない恐ろしいものである事は何となくわかる。
「止めないと!」
ベニーの言葉は最もだが禍々しい気配を放ち始めた三人に近づくのは危険だと誰もが直感で理解していた。
唯一対抗できそうなエタルナは敢えて怪物の誕生を待っているようだった。
やがて三体の怪物が姿を現す。それは騎士や司祭たちが変えた姿とは異なる。異形といえども人の形はかろうじて残っていたのに対して目の前の三体は完全な怪物だった。
一体は巨大な鱗のような丸い金属を数枚まとった鎧のような身体に四本の腕には槍と長い鎖を持つ四本足の半人半獣。
もう一体は下半身が蛇のように長いが幅や厚みが歪で手足が生えていて、人型の上半身には水の宝珠を持つ半人半蛇。
残り一体には腕の先は釣り針のように切っ先が曲がった爪を持ち、下半身が足ではなく魚の尾ひれ、魚の双頭をもつ半人半魚。
禍々しい姿に変貌したが他とは違って上半身は人の姿を残しており双頭の魚以外は元が枢機卿だと分かる。
「雑魚とは違い我々は意識を保てるし元の姿に戻る事も出来る。これが高位の聖職者たる力よ」
不気味な高笑いに歓喜しているのは領主だけであった。領主の息子は腰を抜かして声も出せずに泣いている。
「素晴らしい……流石は枢機卿! なんと高貴なお姿! さあ今度はそのお力をお見せください‼︎」
跪き祈るような格好で懇願する領主は狂信者そのものだった。怪物にならなかった残りの取り巻きは遂に見切りをつけて逃げ出す。
「や、やってられるか、こんなこと!」
背を向けて走り去る取り巻きに領主は懐から出した短い杖を向けて魔法を放ち撃ち殺してしまう。
「アスゴールド様、なにを⁈」
腰を抜かした息子の介抱をしていた執事もこの行動に驚き叱責の言葉を投げかけようとしたが領主の杖はすでに目の前に向けられ言葉を封じられる。
「歴史的瞬間なのだ。神から授かった力をこの目で見られるのだぞ? この奇跡を、いずれ儂も……」
瞳の輝きが違っていた。手遅れだと悟った執事はせめてその息子だけでも救おうとその場を取り繕う。
「わ、分かりました。大人しく拝見いたしましょう」
逃げるための時間稼ぎのため今は大人しく従うふりをする。隙があるとすれば目の前の怪物に動きがある時だと考えたがあっさりとその機は訪れる。
轟音が鳴り、音のする方を見ると三体の怪物が手足を切り落とされて横たわっていた。
「な、何をした⁉︎ マリヴィとなった我らに一体何をーっ⁉︎」
怪物の叫び声がこだまする。信じられない光景を目にした領主も叫び声をあげている。
「茶番はいい。どうせ直ぐには死なないのだろう? 魂も残さず消してやる。絶望も苦しみも貴様らには与えてやらぬ」
エタルナは怪物が横たわる祭壇の方へと静かに歩きだす。




