入学試験Ⅴ
円形の舞台の周りを囲むように受験生たちは待機している。試験官の一人が舞台に上がり説明を始めた。
「今から実践形式の試験を行う。まずは君たちの後ろを見てくれ。武器を用意している。自分が得意なモノで構わないから選んで装備してくれ。鎧や盾もサイズがあるから好きに使ってくれて良い。ちなみに全て学校の備品だから強さに差はない」
言われるままに各々好きな武器や防具を手に取り思案している。これが最後の試験になるからというのもあるだろうが、やはり実践形式は分かり易く優劣が付く。憶測や噂の域を出ないが、騎士学校なのだから実技試験の配点が最も大きいとされ、誰しもがそう考えるのは当然だろう。
シエルも武器を選んで舞台袖に戻っていく。
『えらくあっさり決まったな』
「うん、やっぱりこれが一番得意」
手にしていたのは剣だった。剣といってもいくつか種類が揃えられていて、大剣や刀身が針みたいなレイピアなど様々だ。シエルが手にした剣はやや細身の片手剣だった。どれも同じと言われていても何本か手にして馴染むものを選んでいた。
『そこまで慎重にしなくても余裕だろ?』
「ううん。さっきの女の子みたいに見た目じゃわからない強い子がいるかもしれないから」
『さっきの……? ああ、炎の槍の子か』
どこにいるかと探したら意外と近くにいてこちらを見ていて目があった。
いや、俺に物理的な目はないのであった気がした。ちょっとだけドキッとした。
「今あの娘の事、変な目で見てたでしょ?」
『ちょ、シエルさん……なんで怒ってるの? ていうか変な目て何? そんな目は俺、持っていませんよ!』
意味が分からず弁明している間に試験説明の続きが始まった。
「対戦形式で負け抜け。勝った方は5連勝で勝ち抜けになります。勝ち抜けはそこで終了となりますが、負け抜けた人はあともう一回チャンスがあります。しかし2回目も負けた場合はそこで終了となります。判定は試験官の判断の他に場外や武器の喪失も含まれます」
5連勝を目指して負けてもワンチャンありと。
「対戦相手は受験番号が書かれたクジをこちらで引いて決定します。負ければクジは戻されますので連続で当たる可能性もある事に留意してください」
負けた相手とすぐにもう一度戦うとか、割とキツいだろう。
「勝敗は結果に結びつくものですが、戦闘中の技量もこちらで加点対象として見ていますので諦めずに全力で戦ってください」
俺のシエルキラキラセンサーが反応し警鐘を鳴らす。
『シエルは絶対に全力出しちゃだめだからな!』
「ええっ⁉ なんでぇ⁉」
『当たり前だろ! 幼気な受験生を5人も殺す気か?』
「殺さないよ!」
『いや、あの娘なら全力出せるかもって思っただろう?』
口を真一文字にしてだんまりを決め込んだので黒が確定した。
普段、全力を出すことが出来ないから楽しみにしていた事は分かっている。でもこれまでに見てきた受験生で相手になる奴はいない。シエルの言う通り、意外な実力を隠し持っている奴がいるかもしれないが、俺の見立てでは相手になるのは教員も含めて適正検査の時のフラム・シュヴェーアトとかいう教員ぐらいだろう。
「それでは始めは——」
受験番号を呼ばれた二人が舞台に上がり試験官の合図で実技試験が始まった。
万が一に備え、試験官が止める場合がある事と治癒魔法が使える教員が控えているので大怪我や命の危険はないだろう。それでもシエルが全力を出せる環境ではない。
『力を自慢しに来たわけじゃないだろう?』
「……うん、そうだね」
“力”を求めるのには2通りある。一つは己を高めるため。もう一つは目的を果たすための手段として。基本的にシエルは後者だが、変に負けず嫌いなところがあって勝負したがる事がある。あまり他人と接してこなかった事の弊害として関わり方がおかしくなった……? だとしたら育て方を間違えたかもしれん。
勝ったり負けたりが続いていたが、ようやく一人の男子が5連勝し勝ち抜けを果たした。その間に2回負けて敗退した受験生も数名出ている。まだ1度も呼ばれていない受験生も多く、次第に焦りを見せ始める者もいるようだった。
『そういえば、最後4人以下になったらどうするんだ?』
「負け抜けで相手がいなくなるまで続けるみたい」
ちゃんと説明は最後まで聞いていたようだ。
『それだと一回も呼ばれずに終わるパターンもあるな』
「どうしよう……。わたし、クジ運ないから。それが一番やだ……」
シエルのクジ運の悪さは昔からでハズレしか引いたことがない。
ある時、屋敷を出入りする行商人がくじ引きを持ってきた。おもちゃの剣や人形を目当てに引きたがる子供をダシにした営業活動だからハズレでもお菓子がもらえる。シエルはお菓子でも喜んだ。むしろ剣や人形には興味を示さずクジを引く行為自体を好んだ。景品に興味がなくとも当たりを引きたい気持ちはあるので何度も挑戦するがハズレ以外引いたことがない。ある時気を遣った商人がすべて当たりくじにしたらしいが、たまたま紛れた1枚のハズレくじを引き当ててみせた。
逆に恐ろしいまでの“引き”をみせるシエルは案の定、半数以上が抜けていく中、一度も呼ばれずに袖で待機する羽目になった。
「最後の一人まで呼ばれない気がしてきた……」
無表情で遠くを見つめて呟くシエルに「俺もそう思う」とは口が裂けても言えなかった。
徐々に人数が減っていくなか、ひとりの少年が4人抜き目前だった。
「はっ! 平民ばかりでは相手にならんな!」
言動と身なりからお貴族様なのだろう。負けそうな方の少年は……どこかで見た覚えがある。
「あの人、今朝の具合悪そうだった……」
『ああ、顔真っ青にしてフラフラしていた……』
まだ体調が戻っていない訳ではなさそうだったが、もはや魔力の方が尽きそうだった。スキルかどうかは分からないが全身に魔力を纏わせて身体強化を行っている。
『均等に強化出来ているのは中々のもんだな。ただ魔石に魔力注ぎ過ぎたのかダウン寸前だな』
「が、がんばれー!」
応援もむなしく武器をはじかれ刃を突き立てられそうになる。
「そこまで! 勝者187番」
「これで4連勝。平民とやれてラッキーだったぜ」
調子乗ったガキが如何にも嫌味な笑顔を振りまくときは何かのフラグだと思うのは俺だけではないはず。
負けた少年は2回目の敗北だったようで、悔しそうに舞台を降りて武器を元の場所へ戻しに行った。負けたからなのか、力を出し切れなかったからなのか。それとも平民だと馬鹿にされたからなのか。泣きだしそうになるのを必死で我慢している。
「お前みたいなクソ弱い雑魚は騎士になんかなれるかよ!」
舞台から見下すように放たれる暴言に周囲にいた取り巻きらしき数人が笑い声をあげる。
「ひどい!」
『やめておけ。敵をとったところであいつは喜ばない、だろ?』
「……」
『貴族に馬鹿にされたことを貴族に慰められても同じだ』
自分が持つ身分が枷になる。いやも応もなく経験することになるだろう。
ただ、少し声を掛けた程度の少年にかけられた侮辱に感情をあらわにすることが意外だった。本当に全員を仲間だと思っているのか、それとも……。
「次、479番!」
呼ばれて舞台へ上がったのは炎の槍を放った少女だった。
「あたしはセレナ・エリオット。今のあんたの態度は見過ごせないわ。怪我するぐらいは構わないかしら?」
「は? ふざけてんのか? このブスが!」
少年の心無い言葉に普段は他人に怒りの感情を見せることは殆どないシエルが珍しく怒っている。
『落ち着け。あの娘の実力を見るいいチャンスじゃないか』
「うう……」
試合が開始され少年はさっそく魔法を打ち込んでくる。火の玉、風の刃、氷の矢と順番に少女に襲い掛かる。
『魔石の時に見た3属性のやつかぁ……大したことねーなぁ……』
轟音と共に激しい土煙が巻き上がる。その土煙から飛び上がる影が一つ。
「はああっ!」
炎を纏った剣が少年めがけて振り下ろされる。かろうじて持っていた剣で受け止めるも接触した瞬間に爆風が発生し、少年は吹き飛ばされてしまう。
「あちあちあち……」
受け止めた剣は焼き切られたように真っ二つにされ、少年は腕や顔に軽いやけどを負ったようだった。
『魔法剣か! 面白いスキルを持っているじゃないか』
「そこまで!」
圧勝だった。少年は泣きべそをかきながら治癒魔法を受けている。ここまでの対戦で武器破壊は初めてだったから周囲の歓声は一際大きなものであった。
「ふん! 大した事無いじゃない。あんた、あの人に謝りなさいよ!」
「そうだそうだ!」
『やめとけ!』
セレナと名乗る少女の謝罪要求にシエルがするりと乗っかる。馬鹿にされた少年が不在のまま貴族同士の諍いが始まる……かと思われたが、
「君たち! これは入学試験なのだぞ。よく考えて行動をしたまえ!」
受験生が静まりかえった中、ひとり声を上げる者がいる。
「それなら彼が酷いことを言った時点で注意をしてください」
シエルだった。
「周りで笑っている人もいたし。試験だという前に守られるべきことがあると思います」
思いもよらない反撃に試験官も呆然とし、周りの空気も張り詰めたものになっていく。
「全くその通りだわ。国を守るための騎士を育てる学校のはずなのに……本当につまらない!」
そういうとシエルの方を向き笑顔を見せる。シエルも同じ考えの同士に会えた喜びで満面の笑みで返した。
舞台上の試験官は周りの試験管たちと目配せのあと咳払いをし、静かに話し始めた。
「君たちの言うとおりだ。早めに注意するべきだったな。すまないことをした」
自らの落ち度を認めて謝罪するとは。教員といえども騎士だから潔さは持ち合わせているのだろう。
「先ほどの彼にはケアを行うと約束しよう。時間もないので試験を再開する」
まあ結果的に良い方向で落ち着いたように思う。
「次の対戦は、236番と561番」
「え、わたしは?」
勝ったセレナ嬢が訝し気に試験官に詰め寄る。周囲も何が起きているのかわからず戸惑っていた。
「君の剣をよく見てみなさい。それに君の勝ちを宣言していないよ」
彼女の剣は自らの炎で刀身が溶けたようになくなっていた。武器としての機能を喪失したとして失格となったようだ。勝負に勝って試合に負けたとはよく言ったものだ。
「まだ1回目だから武器を交換して次の対戦まで待機してください」
ルールだから仕方がないが、意趣返しとも取られそうな判定を平然とやってのける試験官のメンタルに感心する。
シエルは我が事のように呆然としていたが、セレナはため息をつきながらも素直に失格を受け入れて舞台を降りた。
その後も対戦は次々と行われていく。そして未だシエルの名が呼ばれることはなく茫然自失がさらに加速する。
残りは13人となった。
『しえるー、口開いてんぞー』




