臆病者と少女の見た夢Ⅹ
領主たちがテコたちの目の前に現れる機会は意外と早かった。商店が立ち並ぶ大通りを抜けて少し落ち着いた雰囲気の広場に着くと中央には円形の噴水があり何人かがその縁に座っている。テコたちからは噴水を挟んだ対面に複数人の影が見えている。男たちは右回りにこちらへと進んでくるからテコたちも噴水を右回りに進む。ほとんど同じ速さで進むから彼らとはもう一度真反対の位置になる。
「この先は住宅街に続くので観光向きではありませんね。あちらの方に行けばイーリア教の伝説に因んだ遺跡などがあります」
「へぇ、面白そう」
シエルが興味を示したので行ってみることになり更に円形の噴水に沿って進んで行く。途中でライニが住宅街から進めば道すがら史跡や大陸由来の建物も見られると言うので振り返って住宅街の方へと足を向けるがテコが珍しく気を回して先に休憩を提案する。
「先に飲み物とか買いに戻らないか? 結構歩いて疲れただろ? 俺たちだけならともかくベニーもライニもいるからな」
それもそうかと踵を返して噴水を一周して元来た大通りへ行くこととなった。
一周し終えて大通りへと進んで行くと後ろから大声で叫ぶ声が聞こえてくる。振り向くと最初に対面にいた男たちが血相を変えて追いかけてきた。
「お、お前ら……ぐるぐると回りやがって! ワシらの反対方向ばかり進むから全然追いつかないじゃないか‼︎」
小太りの派手な格好をした男が息を切らせながら文句をつけてくる。噴水は大した大きさでもないから一周するのに走っても大した距離でもないのだが一人だけ長距離を走って来たかのようにぜいぜいと言っている。
「知るかよ。オマエ誰だ?」
文句を言っている男の後ろにいるのはさっきまで後をつけてきていた男たちだった。何もないわけがないからわざと逆方向を進んだりして揶揄っていたのだが、余りにも綺麗にハマってくれた事が可笑しくて笑いを噛み殺す方が大変だった。
「こちらの方はトロヤの領主、アスゴールド様です」
ベニーが小声で教えてくれる。本当に10歳とは思えないしっかり者だと全員が思う。そして教えてくれた相手の名前は忘れ去ってしまう。
「これは、これは……未来の名ばかり王女様。うちの息子が随分世話になっているようで」
初対面で人となりはわからないが、見下した言葉と下卑た笑いは嫌悪感を抱かせ仲良くはなれないだろうことを一瞬で理解させてくれる。
「ちょろちょろしやがって、俺たちになんか用か?」
「領主のワシに向かって生意気なやつだな。まあ良い……お嬢さん、その猫をこっちに渡すんだ。枢機卿が見たらワシの首が飛ぶかもしれんのだ。さあ、悪いようにはしないからその猫を渡しなさい」
ただでさえ存在が不快に感じる男が不当な要求を口にしながらにじり寄ってくるからベニーも恐怖を感じてアルクスを抱えて身を固くする。クロリスがベニーを抱き寄せ、その三方を囲むようにシエルたちがベニーを守る。
「おい、おっさん! アルクスはベニーの大切な家族だ。あんまりふざけた事を抜かすなら……滅ぼすぞ‼︎」
ほんの一瞬だけ見せた僅かな殺気に領主と後ろにいた男たちはたじろいで尻餅をついている。しかし領主は意外にもすぐに立ち上がって尚もアルクスを渡せと要求を繰り返すからテコの方が戸惑いを見せる。
枢機卿の命令——そこまで必死にならなければならない程の何かがあるのかと思ってしまう。
「そんなに枢機卿ってやつの命令が大事なのか?」
「決まっているだろう! 枢機卿は教会の最高権力者……彼らのおかげでワシらは贅沢ができているのだからなっ‼︎」
悪びれもなく既得権益が目的であると口にする姿を見て建前でも領地を守るためだと言えないものかと閉口する。
「シャアーッ‼︎」
何も言えなくなった大人たちに変わって物申したのは子猫のアルクスだった。猫に人間の利権や勝手な思いなど関係ない。自分の命が脅かされるなら全力で抵抗するのはごく自然な事だった。
「生意気な猫め! 捕まえろっ‼︎」
領主の号令に控えていた男たちが次々と襲いかかってくる。だが見えない壁に阻まれて男たちはぶつかった勢いで転げまわる。
「何をしている⁉︎ さっさと捕まえないか‼︎」
「しかし見えない壁にぶつかって……」
「言い訳していないで回り込むなり何なりしろーっ‼︎」
領主は顔を真っ赤にしながら大声で命令しているが男たちはやれやれと言った表情で焦ることもなく従おうとしている。
テコは領主と男たちの滑稽さが可笑しくて真剣に取り合うのがバカらしく思えてくる。男たちが周りを取り囲もうと動き出したのを見計らって大げさな身振りで制止する。
「えーい、静まれ、静まれっ‼︎」
男たちは驚いてその場で動きを止めてしまうが、突然の口調変更にシエルが吹き出す。
「こちらにおわす方を何方と心得る! ゼピュロス騎士団プロトルード所属、<雷神>シエル・パラディス様と<水神>ソルフィリア・ナフリーゲン様であらせられるぞ! 皆の者、頭が高い! 控えおろうっ‼︎」
「ははぁ……」
テコのセリフに領主と男たちは平伏し頭を下げている。まんまと乗せられたその姿にシエルだけではなく皆が笑いを堪えていた。
「いつの間に私にも二つ名が……?」
「いや、そこはノリっていうか?」
「って、何をやらせるんじゃーいっ‼︎」
領主はすぐに気づいて言い返してきたが地べた座ったままだった。他の男たちはまだ平伏している。
「何故だか土下座をしないといけない気がしてしまった……」
「一瞬だが紋章のようなものを手にしていたような気がしたのは俺だけか?」
「もういいからお前らも立て! 手荒に扱っても構わん、やれーっ‼︎」
今日一番の怒声に男たちは目が覚めたのか僅かばかりの殺気を纏って襲いかかろうと立ち上がる。
だが身体は痺れて動けなくなり言葉も発せずに立ち尽くしている。
「【麻痺捕縛】……あまりベニーちゃんを怖がらせないでね。流石に……怒っちゃうよ」
シエルもこれ以上は見過ごせないと思いスキルを発動させて男たちの動きを封じる。領主も同じく身体が痺れて動けないが話すことだけはできた。
「こ、これは……身体が、動、かない⁈」
「お前らが手にかけようとしているのは明日の聖女審判に参加する聖女候補だぞ? この意味は、わかるよな?」
領主以外は表情も変えられないでいるが心臓が跳ねたであろうことはわかる。領主もみるみる顔が青くなっていくのがわかる。
「あなた方が……聖女様?」
国王の屋敷周りを嗅ぎまわり、尾行までしてきてなぜ知らないのかとも思う。
「申し訳ございませんっ‼︎ 不審者が国王に接触してきていると聞いて王国の手の者かと。聖女様は来る気配がないからどうなっているのかと教会内部でも噂になっていたので……。い、急いで教会に知らせなくては!」
どうやらこちらの正体に気が付かずに不審者として調査していたようだった。教会の招待客だと分かった途端に口調が下手にでて何ともわかり易い。
実力行使はかなわないことを分からせ、これ以上の荒事はないと判断したシエルはスキルを解く。解いたあとは何故か何もしていないのに領主も男たちも平伏していた。
「ああ……騎士団よりも聖女の方が効果あったのかぁ。もっと面白かったかもしれん……失敗した」
悔しがるテコをよそに領主が謝罪と提案を申し出る。
「明日の審判には我々が馬車を用意して大聖堂までお連れいたします」
急なうやうやしい態度には白々しさを感じるが、教会が重要視していることに関しては絶対服従の意思を感じる。そこまでの服従には利益以上の何かを感じてしまい闇深さを改めて知ることとなった。
「迎えはいらない。場所も把握しているから問題ない。代わりに教会に伝えておいてくれ」
領主は大汗をかきながら生唾を飲み込む音が聞こえそうなほど緊張した面持ちでテコを見上げている。内容によっては自分の命が危ういとさえ思っている表情だ。
「ふざけた招待状に俺たちは怒っているんだ。明日もふざけた真似をするようならタダじゃおかない…………そう伝えておいてくれ」
泡を吹いて倒れそうなほど領主の顔を真っ青になっていた。返事をする気力は無くなっているようだったからテコたちは何も言わずにその場を立ち去った。




