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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 聖女審判
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臆病者と少女の見た夢Ⅸ

 昼食のおにぎりを堪能したあとテコ、シエル、ソルフィリアとクロリス、そしてお付きとして侍女のライニを連れて街へと向かう。案内役はベニーと子猫のアルクスだ。

「アルクスに鈴つきの首輪してあげたんだね、かわいい」

 自慢するようにアルクスは鈴を触ってちりんと小さな音を鳴らす。外の世界がとても危険であることを知っている子猫はベニーの横にぴたりとついて歩いてくる。時折りベニーの言葉に反応しているので言葉が分かっているようだ。

「本当に賢い子ですね。実は猫の獣人族だったりしますか?」

 クロリスの微妙な冗談にもベニーはしっかりと受け答えをしている。

「ベニーさんも本当に10歳ですか? 私よりもしっかりしているかもしれませんね」

「そ、そ、そんな、滅相もない! 過分なお言葉痛み入ります!」

「そういうところなんですけどね。では私が迷子にならないよう手を繋いでいていただけますか?」

「はい、喜んで! あと、わたしの事はベニーとお呼びください、クロリスお姉様」

「まあ、お姉様だなんて。ではベニーちゃんとお呼びしますね」

 クロリスとアルクスに挟まれたベニーのすぐ後ろを侍女のライニがついて歩く。前にはシエルとソルフィリアがいて交互に振り返ってはベニーに話かけている。最後尾にはテコが全体を見張っていた。

 ベニーに危険が及ばないように自然と敷かれた陣形だった。周りには午前中、屋敷の周りを嗅ぎ回っていた男と似たような格好をした数人が後をついてきていた。

 ただ襲われるだけなら魔獣千匹でも無傷で守り切れるのだが、どんな手段を使ってくるのか分からないニンゲン相手だから慎重にならざるを得ない。何よりも無駄に命を奪う事をしたくなかった。



 イーリオスの国土の大半は田畑で長閑な風景が広がっている。しかし中心街のトロヤは伝説上の聖地とされているため巡礼者も多く物流の拠点ともなっているため活気に溢れている。とはいえゼピュロス領のベルブラントやムンダインと比べ規模は3分の1もない。それでも市場には野菜や果物、加工肉などの食品に小物や布などの工芸品などを並べた露店が身を寄せ合うように軒を連ねていた。

「へえ、結構賑やかだね?」

「はい! この先には建物に入ったお店も並んでいますよ」

「ゼピュロスではあまり見ない商品がたくさんありますね。グーテスが居たらはしゃいで前に進まないかもしれませんね」

 露店を見ながらソルフィリアがグーテスの名を口にした事がクロリスには驚きだった。

「騎士団襲撃から一緒にいる事多いしこいつら仲良いんだぞ」

「そういえば二人だけで出掛けたりする事もあったよね?」

 テコとシエルの指摘に弁明するより先にベニーが食いついてくる。

「そ、そ、そ、それはっ! ソルフィリアお姉様と……その方は、お、お、お付き——」

「——してません‼︎ ふたりとも誤解を生むような発言は控えてください! ……全くもう」

 特に意図した言葉ではなかったがソルフィリアのご機嫌を損ねてしまったようで、ふたりは声を揃えてしょんぼりした返事を返す。

「それしても先程の騎士団襲撃やお姉様たちのお友達のお話など興味深い言葉が聞こえてきました! お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 やや興奮気味のベニーはクロリスの手を引いて前を歩くシエルとソルフィリアの間に入っていく。少し拗ねた表情だったソルフィリアに笑顔が戻りシエルと共に約束する。

 嬉しさを表現するように軽く飛び跳ねると子猫もベニーに合わせて一緒に飛び上がっていた。 

 すると前方から子供の大きな声が聞こえてくる。何事かと声のする方を見やると何かを言いながら3人の子供が走ってくる。子供たちはシエルたちの前で止まると子猫のアルクスを指さして叫ぶ。

「おいっ! その猫は俺たちのモノだぞ、返せっ‼︎」

 3人組はよく見ると昨日ベニーから子猫を奪い取ろうとしていた子供たちだった。アルクスは既に警戒体制で全身の毛を逆立ててかわいい爪や牙で威嚇している。

 後ろからテコが怒鳴って退散させようと一歩前に出るとベニーが先に反撃に出る。

「アルクスはもうウチの子です。わたしと家族になったのであなたのモノではありません! 生き物を大切に扱えない方はアルクスもお断りだと言っていますよ」

「猫がそんな事言うもんかっ! つべこべ言わずにその猫を渡せよ‼︎」

「絶対に嫌です‼︎ アルクスをどうするつもりですか⁉︎」

 本当は抱き抱えて目にも触れさせたくなかったが昨日のように足を掴んで引っ張られる事があれば痛い思いするのはアルクスだと思い我慢している。いざとなれば足止めしておいてアルクスだけ走って逃げた方が早いし安全だろうと考えた。

「お前知らないのか⁉︎ 明日、大聖堂に教会の枢機卿が来るんだ。枢機卿は猫が大嫌いで街から猫を駆除しないといけないんだ! だからその猫も駆除してもらうから渡せよ!」

 聖女審判の裏でとんでもない事が起きている。信じられないような事態に困惑と憤りを感じるが子供に言っても仕方がない。

「あなたたちは駆除とはどう言うことかご存知なのですか?」

 ベニーも怒ったような悲しんでいるような顔で問いただす。

「知るかよ! なんか猫を隠してみえなくしたりするんだろ?」

「呆れた……そんな事も知らずにやっていたのですか? 駆除とは捕まえて殺してしまう事なのですよ⁉︎」

 言葉の最後には少し怒りも含まれているが10歳とは思えないほど感情を制御している。

「えっ? 殺す? ……嘘だ! お父さんはそんな事一言もいわなかったぞ! 街のために枢機卿が嫌いな猫を……そうしたら……」

 段々と声は小さくなり半ベソをかいている。隣にいた子供が庇うようにこれは正義のためだとか悪い事は何もしていないなど子供なりに必死に考えた言い訳を並べ立てる。

 シエルたちにとっては無関係どころか積極的に関わるべき事だが子供同士のやり取りをしばらく見守ることにする。

 ベニーは悲しげに諭すように語りかける。

「知らなかったとはいえ命を奪う行為に加担してしまった事は反省してください。あなたは領主様のご子息なのでしょう?」

 半ベソの子供は領主の子息と聞くと自分の立場を思い出して威勢を取り戻す。

「そうだ! 俺は領主の子供だぞ! この国の王様よりも偉いんだ! そういうお前こそ両親が無駄死にした王家の子供だろうがっ⁉︎」

 流石に言って良い事と悪い事があるとソルフィリアが叱りつけようとしたがシエルに止められる。何故との思いがあったがシエルも口を真一文字に結び耐えているのがわかった。

「わたしの父と母は立派な方です。今は無駄と思われていてもきっとこの国を良い方向に導くための犠牲なのです。あなたのように善悪の区別なく枢機卿やお父上の言いなりになる人を無くすために戦った結果なのです……馬鹿にされるような事はありません‼︎」

 ベニーの気迫に再び半ベソになるが癇癪を起こしてアルクスを無理やり捕まえよう3人でベニーに襲い掛かる。

「ぐおらぁあああっ‼︎ 食っちまうって言っただろうがガキどもがっ‼︎」

 ベニーの後ろから突然現れたテコに3人組はおおいに驚き、泣き叫んで転げながら逃げ出していった。

「ったく……教育のなってないガキどもが! ……ベニー、よく頑張った。偉いぞ」

 ベニーの頭を撫でてあげるとそのままテコに抱きついて静かに泣いていた。


——お義兄様に褒めていただけるなんて……


「すみません……もう大丈夫です」

 涙を袖で拭うとアルクスが心配そうに尻尾を足に巻きつけて見上げていた。

 重い空気を破るように突然ライニが口を開く。

「いやー、すみません。あと少しであのガキどもバラすところでした」

 アルフラウとは違って侍女らしからぬ口調でとんでもない言葉が飛び出して全員の目が丸くなる。

「真ん中の泣き虫が領主の子供です。あとの2人は領主の手下の子供ですね。ここの領主については仕事だけできるとティミド様が認めていらっしゃるので見逃してやってますが、あのクズ野郎は教会の狗です」

 ディアナと瓜二つの顔をしているのは双子だから当たり前ではあるが、気だるい感じで話す姿は真逆ともいえ違和感しかない。

「教会に媚びへつらって色々と利権を得ているようでして、そりゃもう好き勝手やってますよ。遂には実質の国王は自分とか言い出したのでこの機会に消してやろうと思います。あ、アルフラウさんには内緒にしておいてください。あの人うるさいので」

「おう……勝手に消すのはやめとけ。……それにしても、教会は本当に好き勝手やるんだな」

「あまりにも漠然とし過ぎていましたので自信が持てませんでしたが、教会は権力者たちが既得権益を好き勝手に使っている——ただそれだけの集団なのかもしれません」

「そうですよ」

 さらりとソルフィリアの意見を肯定してライニは続きを話す。

「12人の枢機卿と60名以上の司祭がメガリゼアのあちこちで私利私欲を貪っているだけです。ここの領主みたいに仕事できるアホがいるから国民は緩やかに首を絞められているんです。国外にも信者はいるのでそいつらの献金で教会の懐は温かく、教会も無駄に弁えているので信者を生かさず殺さず搾取しまくっているんです」

「なるほどな、大した野望も目的もないから輪郭がぼやけていたんだ。ただの小悪党の集まりじゃねぇか」

 この後も歩きながらライニによる領主の小者エピソードが披露されていくが途中でげんなりして止めさせた。気を取り直して街の散策を再開するが、いつの間にか陰で見張っていた人物の気配がなくなる。彼らの気配、というよりも姿をみせたのは領主と共にテコたちの前に現れた時だった。


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