臆病者と少女の見た夢Ⅷ
「ではライニ、この者を下の間へ。私は周囲を確認してくる。……ティミド様、お騒がせして申し訳ございません。残りの家事と外の掃除は他の者に任せておりますので」
「ああ、いつも苦労をかけてすまない」
「勿体なきお言葉……お客様の前での失態…………この責任はし……」
「ベニーはまだ眠っておる。起きたら腹を空かせているかも知れぬから、アルフラウ、何か用意しておいてやってくれぬか?」
「……畏まりました」
アルフラウと呼ばれた執事は一礼すると近くに居た侍女に軽食の準備を指示して外の見回りへと飛び出していく。アルフラウにライニと呼ばれていた侍女は侵入者を連れていつの間にか姿を消していた。
ふたりとも若くアルフラウは20代半ば、ライニはシエルたちよりも少し上ぐらいに見える。他の侍女たちもそうなのだがよく見ると皆暗めの髪色で顔立ちは少しこの大陸の人とは違った雰囲気を持っていて、どことなく神秘的なのだ。
ライニが通り過ぎた後、目を丸くして見つめていたテコがこちらに向き直ると驚いた顔が崩れていない。
「さっきのあの子ってさぁ……アウローラの従者に似てないか?」
「はい、今初めてお会いして私も驚きましたが……瓜二つといっても」
「俺は見た目とか分からないけど、魂の色がすごく近い」
この場に留まるのも何だからと元いた部屋へと戻るとシエルの膝の上でベニーはまだぐっすりと眠っている。
「あの子……ライニには双子の姉がおります。彼らは代々イーリオス王家を陰ながら支えてくれている一族で……一族といっても血の繋がりはなく戦災などで身寄りをなくして拾い集められた子たちなのです。その中でも戦闘に特化した能力を持ち合わせた集団、それが彼ら『雨』。そしてライニの姉は幼い頃に他国へ遣わされたまま音信不通だったのですが……」
テコたちはディアナについて説明する。とはいえ出会ってから日も浅く、たまに主人を困らせるようなトンチキな発言とそれとは反対に気の利く一面や忠誠心というよりも家族のような気持ちで仕えていることを話す。
「ありがとうございます。十分です。あとでライニにも聞かせてあげましょう」
家族といった事が余程気に入ったのかティミドの目尻は下がったままだった。
「で、家政騎士って……なに?」
テコの質問には大した意味はないと軽く答える。家事と護衛を兼務するための便宜上の呼び名であるらしい。教会の加護があるから護衛はあまり必要ないから家事をメインにやってもらう、彼らを囲い続けるための方便がいつの間にか本当になっている。
「先程のように襲われる事もあります。その時だけ彼らは王家の騎士なのです」
「なるほどなぁ……ってなんねぇけどっ! とにかく身の回りのことと護衛を兼務とか優秀なのはわかった。あれだけナチュラルにマナを使いこなすならな。上手く隠しているから俺まで騙されたよ」
ごく普通の執事だと思っていたがどうやら違ったらしい。見抜けないでいたソルフィリアは驚きを通り越して焦りはじめている。
「あの二人が特別優秀なだけです。他のものは家事がメインの仕事なのですから」
そう言われても俄かに信じがたく、侍女たちは目を合わせるたびに意味ありげな笑みを見せてくる。ティミドも変な茶目っけを見せることがあり今だけは信用ならなかった。
騒ぎに飛び出していったテコたちが部屋へ戻り、元の席につくとシエルの膝の上で眠っていたベニーがうなされて身を捩りだす。
「うう……、うう……」
額に汗が滲み苦しそうに顔を歪ませている。
「ベニーちゃん⁉︎ どうしたの、起きて! 起きて‼︎」
ベニーの身体をゆすって起こそうとするが起きる気配がなく益々苦しそうな表情になり息も荒くなっていく。
「ど、どうしよう、テコっ⁉︎」
助けを求められたテコも何をどうすれば良いのか思いつかず躊躇しているとクロリスが静かに駆け寄り横に座る。額に手を当ててしばらくするとベニーは目を覚まし勢いよく身体を起こす。しばらく呆然と一点を見つめているかと思えば何かを探すように周りを見渡し側にいるシエルを見つけると泣いて抱き着いた。
「怖い夢でも見た?」
優しく声を掛けながらベニーの頭を撫でてあげる。
「クロリスさん、ありがとう」
「どういたしまして。昔……ヴィアも夢にうなされて苦しそうにしたまま目を覚まさない事がありましたから」
「あいつが、か?」
「本当にごく稀に……ですが。その時の夢は覚えていないらしいのですが、何度も同じ……悲しくて怖い夢、と言っていました」
落ち着きを取り戻したベニーがシエルの胸から顔を離すと今度はシエルの顔を見上げまま大きな目をぱちぱちと瞬かせる。
「お姉、さま?」
「うん、私だよ」
はっと何かに気が付いたようにベニーはシエルの膝の上から降りて袖で涙を拭いてから両手をついて頭を下げる。
「申し訳ございません! どさくさに抱き着いて、あまつさえお洋服をわたしの涙と鼻水で汚してしまうなんてぇ‼」
何事かと心配した侍女が部屋に入ってきたが状況を読めずにあたふたしている。
「一緒にお風呂も入ったし、一緒に寝たし抱き着くぐらい何時でもいいんだよ? それよりベニーちゃん、お腹空いてない?」
もう一度ベニーの頭を撫でていると横から子猫のアルクスが入って来てベニーに顔をこすりつけたり頬を舐めたりしている。
「アルクス……」
名前を呼ばれた子猫はにゃあと一鳴きするとベニーのお腹もそれに答えるようにぐるぐると鳴る。
これを見ていたかのようにタイミングよくアルフラウが軽食を作って運んできた。
「おお! それは昨夜の『白米』ってやつか⁉」
いの一番に反応したテコに全員分用意しているとアルフラウが伝えるとテコが大喜びして皆を笑わせていた。
「お姉さま……わたしすごく怖くて悲しくて、辛い夢を見ていた……気がします。でも、今みたいな楽しい事もあったような気がします…………いつもは覚えているのに変だなぁ」
「心配しないで。忘れたっていいよ。私たちが覚えているから」
「え?」
「さぁベニーちゃん、顔を洗っておいで」
「あ……はいっ!」
ベニーが部屋を出るとその場にとどまっていたアルフラウが報告したいと話掛けてきた。
「先程の侵入者ですが枢機卿からの命ではないようです。お客様の情報を得て確かめに来ただけだと。腕に覚えはあったようなのですが侵入の手口など素人同然で金で雇われただけのただのチンピラです」
「誰に雇われ、目的は何と?」
「雇い主はこの街の領主アスゴールド氏、目的は恐らくお客様の動向を探りに来たのでしょう」
「ここの領主が何で? つーか国王がいるのに領主が居るのか?」
「私は名ばかりで国政には関わっておりません。土地を治めて民の暮らしを保証する役割は必要ですから」
「街中に監視の目を張り巡らせている様子。恐れながら、明日の審判に向けて何か策を弄する可能性がございます。本日はこちらで過ごされた方が良いかと具申いたします」
尤もな意見でソルフィリアはその意見に賛成するように頷いている。下手に動いてティミドやベニーたちを危険に巻き込みたくない思いもあったからだ。
そこにベニーが戻ってくるとテコが目の前に出された“おにぎり”を一口で頬張りあっという間に飲み下す。
「ふわぁ……テコ様、あんな大きなおにぎりを一口で」
「よし! ベニーこれ食べたら昼から街を案内してくれ!」
話の流れに逆らうように街へ繰り出す。自分たちだけならまだしもベニーを連れて行くのは危険だとソルフィリアが反対することは目に見えていたのでライニも一緒にと言い出す。
「どうせ教会の事を調べたってあんまり意味がない。アイツらがやっていることは私利私欲のために滅茶苦茶をするってことだけはわかった。だったらこっちもやりたい事やってやろうぜ!」
元気の良い掛け声で答えたのはシエルとベニー、子猫のアルクス。ソルフィリアとクロリスは例の如く頭を抱えて準備を整える他なかった。




