臆病者と少女の見た夢Ⅵ
夜も遅くなりベニーが3人を寝室へ案内する。少し広めの客間には直に寝具が敷いてある。
「こちらも海を超えてやって来た文化なのです!」
「え、すごーい! 思ったよりもふかふかだぁ」
ごろごろと転がっていくシエルの後を追ってベニーも転がっていく。お行儀が悪いとクロリスに笑われながら叱られ部屋の真ん中に集まるように4人が座る。ベニーの正面に座ったソルフィリアが真面目な表情で見つめるから驚いて背筋が伸びる。
「ベニーさん、さっきは本当にごめんなさい。あなたのお祖父様に酷い事を言ってしまって私……」
言い終わるよりも前にベニーの膝がソルフィリアの膝に引っ付き両手を握られる。ひまわりの様にぱっと咲く笑顔で照らされソルフィリアは言葉の続きを失いさっきとは違う顔でじっと見つめる格好になってしまう。
「フィリアお姉様! わたしもおじいさまも大丈夫です!」
急に立ち上がったかと思えば歌劇役者ばりの大きな身振りで精一杯の低い声をならす。
「民の苦しみを受け止めてこそ王! ……えっと……どれほど重い苦しみもきっと乗越えられよう。悲しみに友があり、……な、悩みに? ……あれ、なんだっけ?」
照れ笑いしてしまい微笑ましい姿に威厳も何もなくってしまったが小さき王は手を差し伸べて問う。
「フィリアお姉様、あなたの光は、今、何処にありますか?」
咄嗟に脳裏に浮かんだのはシエル、グーテス、セレナ、ルゥの顔だった。それ以外にもベルブラントの子どもたちやトルネオ、ネーネ、騎士団の仲間たちの顔だった。
ベニーの顔をじっと見つめたまま頬を涙がつたっていく。ソルフィリア自身は泣いた事に気が付いていないみたいに平然としていたが周りが慌ててしまっていた。特にベニーは考えとは裏腹に泣かせてしまったと逆に泣きそうになっている。
「違うの……ベニーさん、ありがとう。私……あなたも、あなたのお祖父様も助けてあげられる様に頑張りますね」
頬をつたう涙に気がついて拭いながら笑いかけると今度はベニーが狼狽える。
「あわわわわ……ごっ、ごめんなさい! 本当にわたしは大丈夫で……誰かが悲しい方が悲しくて笑っていてほしくて——」
「うん、ありがとう」
ベニーの手を取って座らせるとシエルが側によってきてふたりの頭を撫で始める。
「ふたりとも良い子だね、よしよし」
ソルフィリアは照れくさそうに黙ってしまうが撫でられている間は猫のようにじっとしている。ベニーはそのままシエルに抱きついて離れる様子をみせなくなる。
「おお、どうしよう……嬉しいけど動けないや」
ふへへと変な笑い声を発しながらも嬉しそうにしているとクロリスが側に座る。
「夜も遅いので少しだけですが特別なパーティーをしましょう」
クロリスが三人の前に差し出したのは昼間出されたのとは違うシエルたちにも馴染みのある焼き菓子だった。
歓声を上げるシエルとベニー。ソルフィリアも目を輝かせている。
クロリスがポットに入れたお茶をカップに注いでいるとベニーの不安そうな視線に気づく。
「ティミド様には許可をいただいていますからご安心ください」
「しかし、このお菓子はいったい何処から……? イーリオスでは見かけた事が……」
「ああ、なるほど! この為にテコに行ってもらったんだ」
屋根上ではテコがぶつぶつ文句を言いながら同じ焼き菓子を貪っていた。
「クロリスのやつ……俺を使いっ走りにしやがって…………うめぇなコレ」
テコが持ちかけられた提案に文句を言いながらも承諾しすぐに行動に移したことは容易に想像できた。
クロリスが上手く言いくるめたというよりもテコはテコで何かしてやれないかと考えていたのだろう。ソルフィリアが落ち込んでシエルとベニーが狼狽えていた姿と密かに困っていたテコの姿が被り、クロリスはひとり思い出して笑いを堪えていた。
「クロリスさん、ありがとうございます。ずっと側にいてくれたから……」
「いいのですよ。偶にはお淑やかな女性のお世話をするのも良いものです」
「あはは、ヴィア先輩今頃たくさんくしゃみしてるかもぉ」
「噂をされるとくしゃみが出るという迷信ですね! お姉様も東大陸の逸話をご存知なのですか⁉︎」
「昔、本で読んだの。外国の言葉だったからすぐに読めなくて大変だったけど」
「なっ、なんと⁉︎ あの難しい言語を習得されたのですか?」
「そう言えば騎士学校時代は言語学も学んでいましたよね?」
「うん。多分……ベニーちゃんのいう東大陸の言葉だと思うけど、全部理解したわけじゃないから解読に使えるかなって」
「独学ですとーっ⁉︎」
「うふふ、話が盛り上がって来ちゃいましたね。明日はちゃんと起きられますか?」
真剣に心配していないクロリスをよそに夜更けまで話は続いた。
「で? みんな仲良くお寝坊さんです、かっ⁉︎」
腕組み仁王立ちのテコの前にはシエル、ソルフィリア、ベニーが正座して並んでいる。ベニーはまだ眠いのか目は半分しか開いていない。寝坊などした事がないシエルは新鮮な感覚にニヤニヤと嬉しそうに笑っている。反対にソルフィリアはショックだったのか酷く落ち込んでいた。
「ったく……寝坊ひとつでこんなに性格が出るのか?」
三者三様の態度に呆れて怒る気はなくしていたがシエルの腹時計が盛大に鳴り響いてお説教は終わりを告げる。
朝食前にソルフィリアはティミドに改めて謝罪するが反対に謝られてしまう。
「貴女の意見は正しい。それが原動力になることもあるのだから謝る必要はありませんよ。私の方こそ申し訳なかった。お詫びにもならないかもしれないが、私が知る全ての情報をお教えします。それが明日行われる審判に役立つのであれば尚更だ」
対価を求めるつもりはないと言い切る。これは何もして来なかった臆病な王の贖罪なのだ。そして許されるつもりもなく、残りの生をかけて今できる事をしたいのだとソルフィリアに告げる。
聴くつもりはなくてもテコには聞こえてしまう。意識していたからなのだがティミドのソルフィリアに対する誠意は裏で教会とつながっているのではという疑念を払拭するのには十分だった。
「だから大丈夫って言ったでしょ?」
テコは表情を読まれて気恥ずかしくなったのか口を尖らせてそっぽを向いた。
食事が終わると執事が子猫を連れてくる。ベニーが連れ帰ってきた子猫だった。
「足を引っ張られて痛めていましたが回復魔法で治してもらいました。他に悪いところはないそうです」
ベニーは駆け寄って受け取ると子猫も助けてもらった事が分かるのか頬に頭をすり寄せてくる。
「おじいさま、本当にこの子を飼ってもよろしいのですか?」
「しっかり面倒をみてあげるのだよ」
この日の午前中はアルクスと名付けられた子猫と共に穏やかに過ぎていった。




