入学試験Ⅳ
適性検査を終えたシエルが向かった先はお手洗いだった。
「ふう……」
『最後の方に少し落ち着きがなかったのはトイレを我慢していたからなのか?』
晴れやかな表情で実技試験が行われる広場へ、足取りも軽快に進んでいく。
「いや~、我慢できないわけじゃなかったけど時間に遅れるとやだなぁって」
トラウマが蘇って精神的に不安定になりかけているのかと心配したのにこの娘ときたら。15年も見てきたが未だに心の内は図りかねるところがある。
天の声といえども考えている事すべてが分かるわけではない。
取り憑いた悪霊のように思われるかもしれないが、言わば守護霊的な存在だ。心の中に存在するわけではなく、側に寄り添うような感じ。感覚の共有はスキルで出来ない事もないが、あくまでもスキルでしかない。お互いに見る者や考えは違うからできるだけ会話して相互理解を深めようとしている。
それが幼かったシエルの、俺への願いだったから。
しかし前世の俺にも天の声がいたのかは覚えてはいないが、こうやって話をする感覚は初めてな気がする。
校舎を出るとだだっ広いグラウンドの真ん中に円形の“舞台”のようなオブジェクトが設置されている。周りを囲むように受験生たちが集まっており、そのすぐ後ろには剣や槍、弓矢や盾といった武具が並べられていた。
試験官の一人が舞台へ上がり試験の説明を始める。試験官は皆、騎士学校の教員でありゼピュロス騎士団の団員らしい。指導専門というわけでは無さそうで、どの教員もそこそこの実力者である気がする。
気がするのは他人の能力を正確に測る術がないからだ。相手の能力とかスキルが分かるスキルを作ろうとしたが出来なかった。禁忌に触れているのか、概念自体がないのか上手くいかなかった。属性の検査はできるのに何故だ? あの検査用紙を解析させてもらえないだろうか。
「それでは後半の実技試験を始めます。順番にあの魔蓄石に得意属性の魔法や打撃を与えてください」
そういうと舞台から少し離れた場所に設置された人ひとり分ぐらいの大きさの石を指し示した。
「魔力適性のない方はこちらに並んで申告をしてください。」
今度は逆側に立つ二人の試験官を指し示した。
指示されるとぞろぞろと人が動き始めた。シエルも今回は早めに列へと向かい、ちょうど中間ぐらいで待つことになった。
「得意な属性なら風で良いよね?」
『そうだな。あとはあの石にどう送るかだな』
長い行列は試験官の誘導で折り返され蛇行している。列が進むとちょうど他の受験者が実施している様子が見えるポイントがある。俺たちがそのポイントに辿り着いたときに歓声が上がった。
「スゲー!3属性を使えるやつなんて初めて見た」
「2属性は結構いるけど、3属性とは」
順番を待つ受験生が口々に驚きの声を上げている。適正検査では仕切りに遮られていて他の受験生の持つ属性や強さを見ることが出来なかったから皆いちいち驚きや感想を口にしている。
『そんなに他人の能力に興味あるのかねぇ?』
俺が呆れて言うと間髪入れずに一番興味ありげだと笑われた。ひとしきり笑い終えるとシエルは疑問を口にした。
「使える属性って2つとか3つぐらいなの?」
『見ている限りじゃ1つの奴の方が多いな。これから訓練して力をつけていくわけだし、今はそれでもいいだろう』
「わたしも初めは一つからだったかなぁ?」
『いいや、俺が覚えている限りおまえは、全属性持っていなかった』
目も口も開けたままウソでしょという表情のまま固まってしまった。
『生まれてすぐだからそんなモノじゃないのか? そのあとは全属性すべて使えるようになったし』
他の子がどうなのかは本当に知らない。シエルはあの事件の際に無理矢理に“経験値”を使わせてスキルを覚えさせた。どうもその時に魔法属性が付いたのだと思う。あの後は俺も落ち込んでいたからあまり覚えていないのが正直なところだ。
列は進みもう一度観覧できるポイントへ戻ってきた時、ひとりの少女が魔石の前へと進み出ていた。少し紫がかった長い髪を束ね凛とした表情はどことなくシエルに通じるものがある。構えた瞬間に令嬢から剣士の顔になり、その雰囲気の変化は周りも感じ取れていたようだった。
「あの娘……」
シエルの空色の瞳がキラキラと輝きを増す。
「我が意思は魔力の炎となり、風を纏い光の槍となり敵を穿て! ファイアーランス!」
左右の腕から放たれる火と風の魔法が重なりあい眩い光を纏った炎の矢が魔石に向けて放たれた。
凄まじい轟音と共に炎の槍は魔石に直撃した。だがその魔力は魔石に吸収されてしまい消えた。ああ、という周囲のため息が漏れるなか少女は拳を握りしめていた。
「今の結構すごかった……」
『属性の相性を理解して上手くブレンド出来ていたな。でも見た目よりも威力は低いな』
正確な解説をしたつもりだったのだが、シエルはお気に召さなかったようで、
「あんなにはっきりと炎の槍を出せたのはすごいよ。めっちゃ頑張ったはずだから」
炎の属性は形状を維持することが難しい。火の玉ぐらいなら魔力を核にすればいくらでもできるし、魔力量が多ければ火炎放射もできる。他の属性と異なり炎は現象であってマテリアル要素がないのだ。だから剣や矢に纏わせたり他の物質に引火させたりが基本だ。つまり、さっきの令嬢がやって見せた炎の槍は魔力を触媒にして“具現化”させている。これはかなり高度な魔力操作技術が必要で相当なセンスと訓練が必要だろう。それを知っているからこそシエルはあの令嬢を称えたいと思っていて、それを俺にも強制してきているわけだ。
『はいはい、すごいとは思っていますよ。でも俺はシエルのすごさを毎日見て知っているから、あれ位じゃ驚きがないのだよ』
「もう……」
そう言って片方の頬を膨らませている。ふくれっ面も可愛いからしばらく眺めていたかったが先に言うことがある。
『シエルはあの魔石、壊せるか?』
すぐに真顔になり考え出したが、左程時間は掛からなかった。
「多分壊せるけど……壊したら蓄えた魔力はどうなるの?」
『恐らくだけど、破片には魔力は残るはずだ。結晶をつなぐのも魔力だからかなりの量が霧散する。ただ相当蓄えているみたいだから、そこそこの爆発は起きるだろう』
「ええ……こわ」
『というわけで、壊さない限界ギリギリの威力で注ぎ込んじゃってください』
ぶつけてハイお終いでも構わないが、折角の試験なのだから有効利用? させてもらおう。
「うん、わかった。風で良いよね?」
『ああ、それでいい。物理的な破壊ではなく、魔力を込めた風をキャパいっぱいまで、限界を見極めて放て』
ようやくシエルの番が回ってきた。ゆっくりと決められた位置へと歩き出す。さすがに緊張はしているようだが気負いはない。
「では、はじめ!」
試験官の合図を聞き、深呼吸で息を整える。近くで見る魔石はとんでもない大きさだった。見たこともない巨大な魔石に狙いを定めるように右手を向け、神経を集中させる。
周りは他の受験生の話し声や物音で溢れている。何もなければ気にはならないだろう。だがより集中すればするほど雑音は耳に入ってくるものだ。より深く鋭い集中力を必要とする魔法の行使には妨げになるはずだ。
――だがシエルの集中力は桁が違う。
すべての話し声と雑音が消える刹那を合図に、空のように青く輝くマナを帯びた風が放たれる。風を受けた魔石は赤、青、緑、黄の光が明と暗を行き来してプリズムのように光をその内に躍らせ始めた。
凄まじい突風が絶えず魔石を吹き付ける。魔力を吸収し続ける魔石は微動だにしないが、シエルと魔石との間の流れる異様な気流が徐々に周りにも影響を及ぼし始める。さすがに1分も間、魔力を注ぎ続ける光景に周りの視線も吸い寄せられる。
そよ風を当て続けていないことは一目瞭然で、これほどの魔力をいつまで放ち続けられるのかと驚嘆と期待、僅かな疑心が見守る中、その時は来た。
魔石にヒビが入った瞬間をシエルは見逃さず風を止めた。
「そ、そこまで!」
制止した試験官はすぐに魔石を取り換えるように指示をだし運営はやや慌てふためいていた。一部始終を見ていた受験生はあっけにとられ静まり返っていたが、やがて今のは何だとざわつき始めだした。
『魔石の側で見守った試験官も限界に気づいていたけど、シエルの方が早かったな。うん、上々だ。さすがはシエル、よく頑張りました』
そういうと嬉しそうにほほ笑む。自分でも納得の出来だったのだろう。上機嫌で魔石に背を向けて舞台の方へと歩き出したその時、後ろの方でゴロゴロと何かが崩れ落ちる音が聞こえた。同時にあちらこちらから悲鳴や驚きの声が聞こえる。まさかとは思うが振り返って確かめる必要がありそうだ。
『シエル……、せーので振りかえってみようか……?』
「やだやだやだ……」
今にも泣きそうな声で全力拒否された。
『わかった。あそこまでダッシュしてから一緒に見よう』
そういうと舞台の方へ走り出し、陰に隠れるように様子をうかがった。
想像はしていたが見るも無残な光景だった。真っ二つになった魔石の上半分が地面に転がり落ちて砕けていた。
『……割れても普通の何倍もの大きさなんだ。タダで魔力を蓄えさせてやったんだから、まあ大丈夫だろう』
と強がっては見たものの、内心はシエルと同じぐらい震えていた。
「……弁償? 怒られる? やだよう……」
結局お咎めはなかった。理由は後で聞いたのだが、過去にも魔石を壊した生徒が居たらしい。その時も風の魔法で壊されたので学校側はまたかと頭を抱えると同時に魔石の風属性に対する耐性を本気で調べることになったそうだ。
トラブルはあったが、実技試験の第一科目が終了した。




