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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 聖女審判
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臆病者と少女の見た夢Ⅴ

 ソルフィリアの表情で察したのかティミドが言葉を投げかける。安心させようしているのか声色は少しベニーに話しかけるそれと似ていた。

「事情もよく知らないで勝手を言ってしまい申し訳ない。私も考えてはおりますから先程の話は忘れてください」

 何の話か分からずシエルとベニーは二人の顔を交互に見る。シエルはテコに目を合わせるとなるほどという顔をしていた。

「最後に一つだけ。王家は……いえ、貴方はこの状況を変えたいと……変えようとは思わなかったのですか?」

 膝に置いた手は誰にも見えていないが強く握られている。イーリオスの王と聞いて思うことはあったが飲みこんできた。

 幼少のころから我慢を強いられてきているから彼女にとってそれは当たり前のことだった。最近は自由奔放な友人や同僚、グーテスのように我慢しても適度に吐き出している様を見ているからソルフィリア自身も少しずつ真似をして心を軽くする術を身につけようとしていた。

 それでも長い年月で染みついた性格ともいえる行動がすぐに変わるはずもなく、だからこれは積もり積もった感情が溢れ出した結果の言葉だった。ほとんど八つ当たりに近いことはソルフィリア自身もわかっているし答えを聞いたとしても何かが変わるわけではないことも理解していた。それでも聞かずにはいられなかった。


——なぜ誰も助けようとしてくれなかったの?


 子供の頃から心の奥底に閉じ込めていた感情が教会と対峙することで少しずつ解放され始めている。たくさんの人が苦しめられているのを知っているのに何も出来なかった無力な自分や周囲の大人に対する憤りが今の原動力だった。だから普段は言う事がない責めるような言葉が口をついて出てしまった。

「修道院がどれほど非道いところか……知らないわけではありません。教会内部の腐敗も民衆に悪事を働かせていることも。私には止めるだけの力があったかもしれない……後悔は絶えません。だが……私にはそれを行動に移す勇気がなく、そのまま年老いてしまった。息子夫婦は勇敢にも立ち向かったが私は手を貸すことが出来ずに失ってしまった。多くを失ってしまったことへの責任も取れず……私は王失格だ」

「おじいさま……」

 ティミドが見せる苦悶の表情にベニーが泣きそうになるのを堪えている。ソルフィリアは今言うべき言葉ではなかったと後悔する。

——私はなんてバカなことを……

「王として何も出来なかったが、せめて孫だけでも助けたい。私は……なんと愚かで身勝手な王なのだろうか……」

 項垂れるティミドの背中にベニーが顔を埋める。その背中の影に隠れて姿は見えなくなった。

「おじいさまが悪いわけではありません! 動かずにいたことが良い結果に繋がったと夢の中でお父様とお母様がおっしゃっていました。一緒にいられないのは寂しいけど……これでみんなが救われるはずだと! お父様とお母様の死は決して無駄にならないとも……」

 ティミドは振り返ってベニーを抱きしめる。肩を振るわせながらありがとうの言葉を繰り返していた。

 ソルフィリアはその光景に耐えられずに部屋を出ようと立ち上がる。

「逃げるなっ!」

 テコの声に驚いてその場で立ちすくむ。何も考えられなくなり狭かった視界が急に広がり、今度は出口が広大な荒野の先にあるかのように遠くに感じられた。 

「お前にしか二人の苦しみはわかってあげられないだろう?」

 クロリスがソルフィリアを座らせるとそのまま優しく肩を抱いていた。ティミドとベニーも落ち着きを取り戻したようで前に向き直っていた。

「彼女の言葉は過去の私に必要だった。いや、誰かに背中を押されなければ動けないなんて……私はどこまでも弱く臆病な人間なのだろう」

「ごめんなさい……傷つけてしまって。そんなつもりでは……」

「気にしないでください、フィリアお姉様! 誰も悪くなんてないのです」

 少し目を腫らしていたが笑顔を向けるこの少女の強さに一同は感心すると同時にこの国の現状がそれを強いているのではと思うと教会の行いは許せなかった。


「それにしてもお前が見た夢っていうのは何だ?」

 ベニーの話した夢の事は多少気になるが祖父を思っての言葉なのではとも思う。だがテコだけは何か引っ掛かるようで興味を示している。

「わたし……時々変な夢を見るのです。普段見る夢と違って意識がはっきりとしていて、まるで現実世界のように振る舞えるのです」

「明晰夢ってやつか?」

「その夢の中で1度だけ両親に会えました。顔は覚えていないはずなのにお父様とお母様だとすぐにわかりました。お父様はおじいさまによく似ていますが口元に黒子があって、お母様はわたしと同じ少し緑がかった髪色で嬉しかったです。オルナトム家の女子は皆そうなのだと教えてくださいました。お父様もこの髪色が好きでお母様に惹かれたのですよ」

 それを聞いたティミドは驚いている。ベニーの両親は彼女が物心つく前に亡くなっており、教会への反逆で肖像画などは全て焼き払われていたから特徴など知るはずがなかった。だが外見など誰かに聞いて知ったのかもしれなかったが母方の家名は教えていないのに口にした事と両親の馴れ初めに通じることなどティミドぐらいしか知らないし話をした事もない。

「それを知って知るということは本当に夢で両親にあったのか」

「テコ様は信じてくださらないのですか⁉︎」

 頬を膨らませて怒ったふりをするベニーはすっかり元気を取り戻している。そうすることでティミドもソルフィリアも心が軽くなることを知っている。

「両親に会ったことは信じているよ。たまにしぶとく残っているやつが居るらしいからな。そこじゃなくて未来を予言したような言葉だ。そんなのすぐに信じられるわけねぇだろ? だって未来なんて物理的に存在し得ないんだから」

 テコは全てを否定しているのではなく信じたうえでの話をしている。何がそんなに気になるのかシエルが尋ねる。

「予知だとか未来視なんてのは過去の事象から導き出したいくつもの可能性のうちの一つを指しているに過ぎないんだよ。予知スキルだって100%はないんだぜ。僅かな一瞬を予見するのにも数%ははずれる。だってただの推測でしかないからな」

「じゃあベニーちゃんのご両親の言葉も推測?」

 皆が思う疑問をシエルが口にすると意外にもテコは首を横に振り否定する。

「正直わからねえ。さっきも言ったけど幾つかの可能性の一つを見せているのが予知や予見だけど……」

 テコは腕組みして少し考え込む。ううんと唸りながら難しい顔で身体を右側に傾けてしばらくして元の位置に戻ると口を開く。

「これは俺の予想だけど……一つの結果に向けて幾つもの可能性からも辿り着けるように仕向けていったの……かも? 例えば今日の迷路みたいな道を俺たちは別々の道を進んだのにベニーがいるところに繋がっていた。初めからそこに通じるように道を整備していたから、あとはタイミングの問題だけだった……的な?」

「そっかぁ……ベニーちゃんの両親が犠牲になったのは悲しいけど何か繋げる為だった、って事だよね?」

「ああ、その道を選ぶ必要があったかは置いといて、予知の方法を応用……いや過去を知っていなきゃこんな事思いつきもしないだろう。爺さん、王家には過去を知ることができるスキルでも継承しているんじゃないか?」

 ティミドの驚きは息子夫婦がした事に対してかスキルの存在に気付かれたからか分からないが核心をついたことは明らかだった。

「過去に起きたことを紐解いて現在に照らし合わせて、望む未来へつなぐ……。そのようなことは本当に可能なのでしょうか?」

 膨大な情報を整理したとしても同じように事が運ぶものではない。クロリスも思わず疑問を口にするほどの荒唐無稽な計画だった。

「俺でも無理だから普通は出来ないだろう。自分を犠牲にしているあたり何か強制力を働かせないと……それも何かあるのかもしれないけど」 

 ティミドは何もかも隠さずに話すことを決めた。ベニーがシエルたちを連れて来た時点でそうなる予感はあったから特別覚悟する必要もないし今はベニーのためであればどんなこともするつもりだったから王家の秘密も簡単に話せる。

「神イーリアは一度世界が滅びかけたのはご自身の軽率な行動の所為だと。そして世界を正しく導くために選んだニンゲンに同じ過ちを繰り返させないために力をお与えになられた。それが代々伝わるスキル【黒歴史ファミリア・レコーズ】なのです。息子は……ベニーの父親は子供の頃からこのスキルで王家の歴史を調べていましたから……まさに生涯をかけてこの国の未来を変えようとしていたのかもしれません」

 これが運命の導きだというのであれば奇跡だと思わざるを得ない。いったいどの様な確信があって実行したのだろうかと思うと恐ろしくもあり異様な感覚に襲われる。

 テコだけはこれがいつから仕組まれてどこまでの影響しているのかと思ってしまう。天の声への転生もシエルとの出会いも仕組まれているのではと疑ってしまいクロリスを見やる。視線に気づいたクロリスの表情は困惑していてこちらの考えを察して首を振っていた。流石に考え過ぎかと思い、今は考えないことにした。


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