臆病者と少女の見た夢Ⅲ
宿を探すにも時間が遅く結局泊めてもらう事になりシエルとベニーは手を取り合って喜んでいた。反対にソルフィリアとクロリスは不安を抱えていた。
「うまっ! 何だこれは……この白米ってヤツは何と食っても美味いぞ! うーまーいーぞぉぉぉぉーっ!」
夕食に手をつける瞬間までは探知スキルを解禁してまでテコは周囲と家人の動向を探っていた。食事にも何かあるのではと疑っていたがおいしそうな誘惑に負けて(本人はあくまでも毒味だと言い張っていた)そのまま懐柔されてしまう。
「(ちょろすぎでは……?)」
だからふたりが抱く不安のタネは状況ではなく簡単に堕ちたシエルとテコだった。
「全く……お二人ともいい加減になさいまし。旅行に来たのではないでしょう?」
「やはり私ひとりの方が……」
ソルフィリアの呟きに慌てたシエルが側に飛んで行き謝罪する。タタミに膝を折って座り上体を折るから所謂土下座になり逆に申し訳なくなる。
「フィリアぁ……ごめん! やる事はやるからぁ……」
上目遣いで謝られて不覚にも可愛いと思ってしまう。
「それはズルい……分かりましたから顔を上げください。折角のお料理ですからいただきましょう。話はその後で」
ソルフィリアの言葉で表情が一気に明るくなる。その笑顔もズルいと思うがひと時の癒しにも感じる。
教会からの書簡を受け取った時から食事も喉をとおらず寝付けないことも多くなった。自国のことや自分たちを良いように利用してきた教会のことなど知らないことが多くて自分が情けなくなる。こんなだからシエルを巻き込んだのだと自分を責める日々だった。そんな自分を責めるどころかシエルは本気で心配してくれた。
世界には自分を想ってくれる人が居た、それだけで十分に救われた。だからシエルのことだけでも必ず守ると決めている。たとえ両親を救えず自分がどうなろうと構わないと覚悟だけはしてきた。
そんなソルフィリアの気持ちを知ってか知らずか、シエルはいつも通りの言動だった。いつも通りが認識できるのは敢えてそう振る舞っているからだろう。シエルを安心させるためにも自分もいつも通りでいようと決めた。
食事の後、お茶を飲みながらイーリオスの国王であるティミドから話を切り出される。
「何故国王である私がこのようなところの住んでいるのか……皆さんも疑問にお思いでしょう。先にも述べたように名ばかりの王であることは事実で我々は教会に生かされているのですから」
神聖国メガリゼアはいくつかの小国が結びついてできた連合国だったが今は教会が実行支配している。その中で唯一残った国がイーリオスであった。
「イーリオスが生かされる理由は神イーリアから授かった聖典にあります」
ソルフィリアもその存在を知らなかったようで初めて聞く単語を復唱して聞き返す。
「知らないのも無理ありません。教会内でも大司教以上でないと存在を聞かされないのですから。聖典にはイーリアの教えが記されており私たちイーリオス王家の血族だけが開くことが出来るのです。遥か昔に教会が回収し保管しているため今ではどの様な内容が記されているのかわかりません。王家は聖典を開くためだけの“鍵”として生かされているのです」
「何故イーリオス王家だけが扱えるのか……そして事実上の持ち主が教会になった経緯を教えていただけますか?」
ソルフィリアは少しでも教会の事を知りたかった。これからを考えての事だが、何故家族と離れてまで辛い思いをしなければならなかったのかを知りたかった。これまでの半生も家族も教会の犠牲になったといっても過言ではないのだからソルフィリアには知る権利がある。
「我らの祖先はイーリア様から直接聖典を授かったからです。混乱していた大地に秩序ある世界を築く為に皆を率いる指導者が必要だった。その指導者に選ばれイーリオスの名と共に聖典を与えられたのが我らの祖先なのです。やがてその教えはイーリア教となり、いつしかイーリア様を崇める教会が建てられて教えを広める役目は教会が担うようになります。王家はイーリアの教えから引き離され最後には政治権力もなくしてしまった」
ティミドは茶を一口含んだあとため息のように大きく息を吐いて話を続ける。
「各地の伝承のとおりに聖典を開くことが出来るイーリオス家は神と接触した生きた証拠であり、本当に神はいるのだという存在証明にされてしまった……」
「されてしまったというのは……本当は違うという事なのですか?」
「真実はわかりません。実際に王家の血を引く者だけが聖典を開くことが出来る。だがその聖典が神から授かった証拠はどこにも無いのですから特殊なスキルを使って作ったものかもしれません。証明するにはそれこそ神の奇跡が刻まれてでもいない事には……」
あくまでも王家に伝わる伝聞であり利用されている事実以外の真偽は不明である。
「ところでさあ、この奇妙な家も別大陸からの伝聞なのか? 今は交流が途絶えているって聞いたけど」
少し重くなった空気を一息つくかのようにテコが話題を変える。イーリオスに来た時から四人は不思議な建物に目を奪われていたし、食べ物だけではなく室内の装飾品も見たことがない珍しいものばかりだった。
「はい。 この様式を教会は嫌っているのですが王家の体裁を保つために比較的自由は認められていますのでイーリオスだけは取り壊されずに残っています。新たに建築することはできませんが」
「なんだか落ち着けて良いなぁ……飯も上手かったし。良かったらレシピを教えてくれないか?」
「レシピはなく口伝ですので……」
「なんだ残念だな。時間があるときに教えてもらいに来ようぜ」
テコの言葉にベニーが喜色満面で反応する。
「また来ていただけるのですか?」
「そうだな、今回の件が片付いたら他の仲間も連れてくるよ」
きらきらとした目でシエルたちの顔を順番に見ていくから皆思わず頷いてしまう。明後日の審判では何が起こるか分からない。場合によっては敵国同士になりかねないのだが、この約束でそうならないようにそれぞれが願いを掛けるように頷いた。
「あ、あの……実は次があるとは思っていませんでしたので今晩は……シエルお姉さまたちと一緒に寝たいと思っていたのですが……駄目ですか?」
二つ返事で「良いよ」と言いかけてシエルは他のふたりの顔を見る。何も言わなかったがベニーと同じような目で見つめてくるからソルフィリアもクロリスも笑いを堪えて頷く。
「ありがとう! ベニーちゃんいっぱい一緒に居られるね」
「はい! ありがとうございます!!」
「これ、ベニー。我が儘を言ってはならん。皆さんは長旅でお疲れなのだよ?」
「ああ、お気遣いありがとうございます。でもここまでは一瞬だったので全然長旅じゃなかったので。それにベニーちゃんと居ると妹が出来たみたいで……。ああ、わたし一人っ子でお母さんは子供が出来ない体質だから引き取られてきて兄弟がいなかったからつい……」
色々と言わない方が良い情報が混ざっていたがティミドもあまり深くは触れずに、シエルたちが良いのであればベニーも同じ部屋で寝ることを許可した。
その流れでテコはどうするのか聞きたそうな顔を執事がしていたがティミドもどう切り出せば良いのか小声で話合っている。
「(いやまぁ、俺には聞こえているんだけどね)」
見た目で男性か女性か分かりづらいというのは騎士団内でも散々言われている。シエルと似ているから女性に間違われることが多く、入団後しばらくは理不尽にキレる男たちと口論が絶えず、妙に警戒する女性陣とのやりとりに辟易していた。だからといって慣れているわけではないがテコにしてみればまたかという思いだった。
「ああ、俺の事は気にしなくても良いよ。俺はテコ……シエルの天の声だ」
そう言うと姿を消しティミドたちを驚かせる。シエルの隣に再び姿を現してから自分がどういう存在かを説明する。
「何と……教会が聖女とする根拠のひとつかもしれません。教会は既知の魔法やスキル以外の奇蹟を求めていますから」
テコも完全にティミドを信用したわけではなかったがこちらが一つ手の内を見せれば一つ明らかにする。何となく互いに教会から身を守ろうとしている様には感じ始めていた。




