臆病者と少女の見た夢Ⅱ
テコたちは連れて来られた勢いそのままに屋敷に入ると靴を脱ぐように言われ素直に従う。執事が子猫を屋敷に上げるのは良くないというと少女は猫を抱きかかえたまま許可をもらうから問題ないとそのまま奥へと進もうとすると年老いた男性が顔を覗かせる。
「おじいさま! この方たちはベニーとこの子猫を助けてくださったのです。是非お礼がしたいのでご招待したの」
「そうなのかい? ではおもてなしの準備をしなくては。ではベニー、お客様をご案内しなさい」
「はい、おじいさま!」
「それとその子猫は野良猫かい?」
「……はい、おじいさま。あの……ベニーはこの子を飼いたいのです。お許しを……いただけますか?」
背の高い老紳士は膝を折ってベニーと子猫を見ながら考え込んでいる。
「生き物を飼うという事はそれだけ責任が伴う。よく相談する必要があるが……まずは誰かこの子猫が怪我や病気になっていないか診てやってもらえるだろうか?」
「畏まりました。ベニー様、この子をお預かりしますね」
執事の一人が手慣れた様子で子猫を受け取り連れて行く。ベニーも「お願いします」と丁寧な口調で子猫を預ける。子猫はベニーと離れたくないと鳴きながら抵抗するがあっさりと連れていかれる。
手慣れた扱いに感心していたテコたちだったが今度は自分たちがベニーに手を引かれて連れていかれる。
案内された部屋は調度品など何から何まで見たことがない不思議なものに溢れていた。唯一見慣れたものといえば中央に置かれたローテーブルぐらいだった。座るように勧められてテーブルの下を見ると空洞になっていて中に足を入れると椅子に座ったようになる。
「え、床に座っているのに椅子みたいになる! 面白いねぇ」
「床も板ではなく不思議な素材ですが……藁を編み込んだような……」
「これはタタミと言います。大昔に海を渡ったずっと先の大陸から伝わったそうです。このお屋敷も大陸からの伝わった技術で作られたとおじいさまから教わりました」
しっかりとした口調で説明する少女は四人が席に着くとタタミに膝を折って座りあらたまる。
「先ほどは助けていただきありがとうございます。わたしはベニー……イーリオス王の孫でございます」
ソルフィリアが王家の紋章に気が付いてから薄々はそうであろうと思っていた。当然おじいさまと呼んでいた老紳士が王である事も間違いはない。
だが気になる点はある。不思議な作りの屋敷に住んでいることはさておき、それでも一国の王が住むにはやや質素すぎるともいえる。実行支配が教会であるとはいえ巨大な神聖国の正当な王家である事に変わりはないはずだ。
もう一つの気がかりは偶然とはいえ神聖国の中枢にいる人物と接触してしまった事だった。
——マズいな……このまま拘束される可能性だってあるぞ。穏便に済ますにはどうする? いっそう王様とこの子を人質に……って俺は何を⁈
「大丈夫だと思うよ」
テコの考えを読んでいたかのようにシエルが袖を引いて囁く。
「あのおじいさん……すごく優しそうだったし」
「いや、おまえなぁ…………う~ん、わかったよ」
時々シエルの人を見る目に驚かせられる事がある。直感なのか何かは分からないが善人と悪人の見分けがついている。生まれた時から命を狙われてきているから悪意に敏感なのかもしれない。
そうこうしているうちに老紳士が部屋に入ってきて座ると反対の入口が開いてお茶の用意をした執事が入ってきた。子猫を連れて行った人とは違ったからベニーは話しかけようとして思いとどまる。それを見ていたシエルが珍しく話しかける。
「あの子猫が心配? 猫、好きなの?」
瞳が輝いたかと思うと2度3度と頷き早口で次々と言葉が飛び出してくる。
「はい! 犬の方が好きだったのですがあの子のモフモフの毛並みやまんまるのクリクリとしたお目々が可愛らしくてですね、それにすぐに撫でさせてくれてゴロゴロと喉を鳴らすのも可愛くて良い音だなと。それにですね、すごく懐いてくれていて前から友達だったみたいに戯れてきてもうずっと遊んでいられると言いますか最早出会いは必然であの子が野良で生まれてきたのは私のためだったのではと思ってしまうのはおこがましいかも知れませんが私がここに居る理由なのかもと確信がもてたのです! ですから何としてもあの子を飼い……はっ⁉︎ すみません、すみません! 私ったらつい……」
ベニーは両手で顔を隠して小柄なのに更に小さくなってしまう。自分よりも思っている事をしっかり話せる年下の女の子に圧倒されて挫けそうなシエルだったが、勢い余って話し過ぎたという顔をするのが可愛らしく年相応に感じる。
「孫がお世話になったと聞きました、皆さんありがとう。大したおもてなしは出来ませんがゆっくり寛いでください」
ゆっくりとした落ち着いた口調の老紳士は見た目どおりの優しそうな声で話しかけてくる。「お構いなく」といつもの愛想でクロリスが返す間にふたりの給仕係がお茶とお菓子を並べていく。
「さあ、お口に合うかはわかりませんがお召し上がりください」
差し出されたお茶は緑色でお菓子は真っ黒に煤けた四角いレンガのようだった。
「ええ……これ食えるのか?」
失礼な物言いにクロリスとソルフィリアは焦っていたが上品な笑い声の老紳士はその反応が見たかったと言わんばかりの笑顔を見せる。隣に座り直したベニーも同じ反応だ。
「申し訳ない。これはちょっとした悪戯のようなものでしてお許しいただきたい。茶も菓子も遥か東方からの伝聞で作られたものでして、緑茶とヨウカンと言います。緑茶は少し渋みが強いですがヨウカンの方は甘くて栄養素も豊富です。保存期間も長いので行軍時の携行食にもできます」
最後の一言で少しだけ息が詰まるような空気が流れる。ソルフィリアが反応し気取られない程度にクロリスも同じ反応をする。テコだけは敢えて分かりやすく発するものだから二人のそれはかき消される。
「気を悪くしたら申し訳ない。……私の勘ではあなた方は異国の騎士様ではないでしょうか?」
「だったらどうする?」
「そうですか……そうであっても今は孫を助けてくださった恩人。もし今晩の宿にお困りであれば我が家に泊まっていかれてはどうでしょうか?」
更にテコは警戒心を強くするが全く空気を読めずに歓喜の声を上げたのはシエルとベニーだった。
「えっ、いいんですか⁉ やったー! ベニーちゃん、今日はいっぱいお話しできるね」
「はいっ! ……えっと、お名前を……伺ってもよろしいでしょうか?」
全員が目を丸くしたまま固まってしまい漸くベニー以外の全員が名乗っていない事に気が付く。
「はっはっは、これは失敬! 私はイーリオス王ティミド・イーリオス。神聖国においてお飾りの王様とは私の事なのです」
「初めまして、シエル・パラディスです。聖女審判のためにやってきました」
「(バカ! そんな事言ったら……)」
小声でテコに怒られるシエルをしばらく見つめると老紳士は真顔になって声を潜める。
「尚更泊まっていかれる方がよろしい。外では教会の関係者が貴方たちを探しているかもしれん。明後日の審判まではここで大人しくされていた方が面倒ごとは少ないでしょう。……審判などとは名ばかりの不当な裁判なのですから、それまでにどんな言いがかりをつけられるか……」
何となく教会側ではない気がする。テコだけは警戒を解いていないが、心のどこかで信頼できる何かを探していた。




