Invitation Ⅶ
教会についての調査会議が終わるとシエルは自室へと戻る。いつものようにベッドへダイブしたいがまだ寝る時間でもないし夕飯も食べていない。まだやる事があったから椅子が二つ並んだ机に向かう。椅子に腰掛けるともう片方の椅子にはテコが座る。
テコの椅子はベルブラントの子供たちに作ってもらったものだ。デザインをオーダーしたこだわりの品で左の肘掛けがなく背もたれの意匠も凝っている。それが何を表しているのかオーダーした本人もよく分かっていないがとにかくお気に入りの椅子なのだ。何より見た目にばかり気を取られて座り心地はあまり気にしていなかったから子供たちが気を利かせて丁度良い反発具合と柔らかさの素材を選んでくれていて感動のあまり椅子に座ったまま生活しようとしてシエルに止められた。
「いやぁ、マジで良い……最高っ!」
「はいはい、本当にお気に入りだね」
物に固執する事がないテコが嬉しそうに片方しかない肘掛けを撫でている姿をみるとシエルも何だか嬉しい気持ちになった。
「本当にみんなのこと好きだよねぇ?」
照れ隠しに本を広げて作業を始めようとするが小声で「まぁな」と呟くから少しの間悶えていた。
「いいから始めるぞ! ほら、アーカイブを可視化したからお前も見てくれ」
淡い光を放つ本からページが数枚飛び出すと同じく淡く光ながら空中を漂う。不思議な事にどの角度から見ても正面を向いていて、テコの角度からも同じだという。
「不思議……いつもこんな感じで見えてるの?」
テコが首を横に振ると本も浮いていたページも一枚の紙に貼り付けたように並ぶが逆さまだったり文字が鏡写しになっていたりと読めるような配列になっていない。内容も順序も不規則だから何処から読めば良いのか分からなくなる。本好きなシエルも流石に読みたいとは思えず渋い顔をしている。
「この形になったのは最近で前はもっと酷かったんだぞ。文字だけならまだ良い方で、何ていうか……こう……」
一生懸命に両手を使って表そうとしてくれているが、シエルはテコがおぞましいモノを生み出そうとしているような気がして急いで両手を掴んで目いっぱい首を振って止めさせた。
「いいから始めよう」
「わかったよぉ。じゃあ検索項目は教会と聖女……それと今日初めて聞いた“教皇”に“生贄”だな」
「イケニエ?」
会議には無かった単語を含めることに一瞬疑問に思うが単語の意味がわかると何となく考えていることを察することができた。
「本当にそんな事あるのかなぁ?」
「分からない。でも俺はフィリアがいた修道院で教皇の元に連れて行かれた子の事が引っ掛かる。後の事をフィリアも知らないようだし要職に就いているなら出世したってわかるだろ? 魔力だけならフィリアだって何かあったかも知れない。上手く誤魔化していたかも知れないけど持っていたスキルとかかも知れないしな」
話しながらも始めと同じく本やページの形で情報が並んでいく。
「とにかく情報を集めることからやっていこう。奴らの狙いを探るのはそれからだ」
次々と並んでいく四角形の淡い光を手に取って読んでは有用な情報とそうでない物に仕分けしていく。ふたりで黙々と作業をしていると気がついた時には深夜になっていた。
「はあ……お腹空いたぁ……」
「お、もうこんな時間か。結局大した情報は見つからずじまいか」
「何というか……何も分からないのに怖い感じだけはわかる。それにすごく変!」
いくつかのページを引き寄せて並べる。予め手に取りやすいところに置いてあるから話したかったのだろう。空腹なのだから食事をしながらでも話はできるはずだが、それをしないのはそれだけ大事な事だと考えたからだろう。
「大昔は他にも宗教があったけど今は無くなっているのね。どれも教えや救いのようなモノを謳っていて明確な考え? みたいなのがあるの。だけどイーリア教だけは何もない。信者はいったい何を信じているのかが分からないし、何がしたいのかもわからないんだよねぇ」
「うん、それは俺も感じていた。フィリアも親がイーリア教徒だから自分もみたいな感じだし。昼間にクロリスが言っていたスキルによる集団催眠とか……あまり考えたくはないけど洗脳的な何かだったらかなり厄介だぞ。実行者をどうにかした後にパニックが起きそうだ」
「何かあったらぶっ潰すーとか考えてるでしょ? ダメだよ、そんな力押しばっかりは。フィリアを助けるなら禍根を残さないようにしなくちゃ」
釘を刺されなくとも分かってはいる。そんな事をすればきっと事態はもっと複雑になるかも知れないからだ。
「話が逸れちゃったけど、わたし思ったの」
集めたページを重ね合わせて本のように見開きをつくり、ぱらぱらとめくっていく。見える内容を読んでいくと神話や叙事詩が集められている。話に一貫性がなくバラバラだが時系列だけは順を追っている。
「イーリア教って色々なお話を繋ぎ合わせた物語のことじゃないのかなって」
突飛な発想ではある。しかしそうであるならば宗教の形を取る意味がないのではないかと思う。
「イーリア様ってスゴい! を軸に色々なお話を繋いで作っている……そんな風に感じるの。それと一緒に身分階級とかを作って一部の人が得をするようにした……それがイーリア教じゃないのかなって」
相変わらず雑な説明ではあるがテコにはシエルが言う意味を理解できる。
「誰かが適当に作った話を元に人を集めて儲けようとしたり権力を手に入れようとした……いや手に入っちまったんだ。それを教会内で長い間受け継いでいて今に至る。今回の聖女云々も教会が得をするためのモノってことか」
仮説ではあるが教会の成り立ちが見えれば目的も分かるかもしれない。
ひと段落したところでシエルのお腹が限界を告げる鐘を鳴らすので今日はここまでとなった。
翌日は朝から元ネタになった神話や伝承を探すが思った以上に困難だった。それでも少しずつアーカイブからはイーリア教に関するページが排出され始める。
神アイリスは混沌の魔王に敗れたが神イーリアはそれを滅ぼした
混沌の世界に秩序をもたらし救ったのが神イーリアであり
平和を維持するため人々に階級を設けてそれを守らせた
「時を経て様々な人物の手が加わっているかもしれないけど、これがひとりの作家によるもので本にして発行していれば世界的ヒット間違いなしのベストセラーだっただろうな。実際に多くの人に受け入れられているんだし。……俺は別に読みたいとは思わないけど」
作られた物語で教会が利益を得ている可能性を見出せたが聖女に関することは何一つ見つからなかった。
作り物の宗教だとすれば聖女も作られた話なのかも知れない。では何のためにシエルとソルフィリアを担ぎ上げるのか、依然として目的が分からないまま出発の日を迎える。




