Invitation Ⅴ
会議室を出ると少し離れた場所でアウローラが待っていた。ファウオーたちの後から出てきたグーテスたちの顔をみて近寄ってくるが、それよりも早く彼女たちの横を騎士が駆け抜けていく。
「ルクソリアさん! 街で積荷が崩れて怪我人が出たとの報告が!」
「なんやてぇ⁉︎ フィリア、悪いけど急いで行ってもらえる?」
「わかりました!」
「僕も行きます!」
走り出したソルフィリアの後をグーテスが追いかける。シエルも後に続こうとしたが袖を引っ張られて立ち止まる。振り返るとアウローラだった。目を合わせた瞬間にごめんなさいと謝りながら袖から手を離す。
「あ、あの……どうでしたか?」
「うん、大丈夫だよ。一緒に行く事になったから」
その答えには複雑な表情であった。「一緒に」という事は仲直りできたのかも知れないが、共に危険に身を置く事になるのかも知れない、そういう思いからだった。
「アウローラがいろいろ教えてくれたおかげ。ありがとう」
「いいえ、私は教会やイーリア教の事について知っている事をお話ししただけで……」
恐縮するアウローラの手を取ってから再度礼を述べる。
「知っているのと知らないのでは違ったと思う。フィリアはまだ何かを隠していると思うし一緒にいれば話してくれるかもだし」
「出立されるまで私ももう少し調べておきます!」
「うん、よろしくね」
アウローラと別れて現場に向かおうとしたが場所を把握していない事に気がつき、取り敢えずはルクソリアを探す事にする。
『なあ……』
「なに?」
砦内を駆け回るがテコが頭の中で呼びかけてきてそれに応じるからルクソリアの名を呼ぶことができない。探しづらいと思いつつも今は我慢した方が良いだろうと思える声のトーンだった。
『フィリアのこと心配なら助っ人を呼ぼうか?』
珍しく弱気な感じがする。いつもなら「任せておけ」と胸を叩くところだろう。そんなテコが誰かに助けを借りようとしている。
それも仕方がないことだと思うから茶化す事も心配するような事もない。
知る程にイーリア教会は不気味で妖しい雰囲気を持っている。自分たちだけならまだしもフィリアも彼女の両親の命も掛かっているのだから慎重にならざるを得ない。
——犠牲が出ればシエルはもっと傷つく
シエルは自分に危害を加えようとしたとはいえ同じ学校に通う級友に手をかけた。彼らは心を失い操られ自らの命を贄に周囲もろとも吹き飛ばそうとした。
仕方がなかったのだが、シエルの心はそれで済まなかった。傷ついて悲しむ姿を想像することはできても側で苦しむ姿を知っているのはテコだけだった。
「助けてくれる人が多いのは良いけど、当てはあるの?」
『……まあ、一応な。応じてくれるかは……わかんねぇ』
思いあたる人物は余程の事がない限り断られないと思っていたが、それは自分の勝手な想像でしかないのかと思う。それとは別にどっちになるか分からない人物の方が思い当たらなかった。
「え、誰だろう? 思いつかないなあ……ネーネさん、とか?」
『違うけど……あの姐さん目端きくからアリといえばアリだな。断られたら頼んでみるか』
これ以上は聞いても答えてくれそうになかったからルクソリアを探す方に意識を傾けた。
数日後、ソルフィリアとシエルの前にはクロリスがいつもの愛想の良い笑顔で手を振っている。
「クロリスさんお久しぶりー! ヴィア先輩も帰ってきてるんでしょ?」
「お久しぶりですねシエルさん。残念ながらヴィアはまだノトスでお仕事中です」
クロリスはイルヴィアの天の声でテコと同じく人型で具現化している。元々は天の声事業部なる世界で天の声の採用と斡旋を行い、天の声という存在の正体と魂の強さに間する調査を行なっていた。
「最近出番が少ないと思ったらこんなところで出すんですね」
「お前はいったい何の話をしている?」
「クロリスさん、まさか……?」
「はい! 神聖国へお供させていただいます」
二人とも意外な助っ人に驚きの声が同時に出る。
「でもどうして? ヴィア先輩は一緒じゃないの?」
「ヴィアは忙しいですからね。行きたがっていましたけどデシテリア様にご協力いただきました」
あれやこれやと理由をつけてはあっさりと説き伏せられている姿が容易に想像できる。しっかり者のお兄さんと甘えたがりの妹——ゼピュロス、ノトスの両騎士団内では大多数がこの印象を持っている。
「ヴィアとの繋がりはあるので状況は把握できますし、あの子の求めに応じて呼び戻されることだってあるかもしれません」
「逆に先輩を呼び出したりはできる?」
「ヴィアは生身の人間ですから流石に無理ですねぇ。でも何かあればきっと飛んで来てくれますよ」
シエルは余程イルヴィアに会いたかったのか口を尖らせていたが呼べば直ぐに来てくれると聞いて花が咲いたように表情が明るくなる。それを見てソルフィリアはくすくすと笑っていた。
「大した事はできませんが女手が必要な時もあると思いますからお手伝いいたしますね」
よろしくお願いしますとお辞儀をする二人にテコが首を傾げている。
「女手? 俺たちに性別の概念なんて…………痛いっ‼︎ 何すんだよぉクロリスぅ!」
二の腕を強くつねられて振り解こうとするがクロリスの指は離れる事なく更に力が増していく。
「生物的な、男女ではなく、魂の在り方、ですから‼︎」
「分かった分かった分かった、分かったからっ‼︎」
解放してもらえると直ぐにシエルの後ろに隠れてしまう。ケンカに負けた飼い犬が主人の陰に隠れてしまうような姿にソルフィリアは思わず吹き出してしまう。
「あまり気負われていないようで安心しました」
「はい。シエルと一緒に行く事になって開き直りというか、何が起きても任せられる安心感はあります。教会が何を企んでいるのか分かりませんが……シエルとなら大丈夫だと思っています」
「……そうですか。私もお役に立てるよう精一杯努めさせていただきますね」
テコを宥め終えたシエルがふと疑問を口にする。
「でもクロリスさん、出発はまだまだ先だよ? 合流するのは早いんじゃないかなぁ? 持って行くモノもそんなにないし……」
シエルの言葉にクロリスの表情はみるみる険しくなっていく。その視線はシエルにではなく陰に隠れているテコにだった。
「やっぱり! 今日お伺いして正解でした。念のために見せていただいた招待状にはちゃんとドレスコードがありましたよね? お二人はドレスをお持ちですか?」
シエルとソルフィリアは顔を見合わせてそれぞれ別の表情になる。シエルは何の事だといい、それを見たソルフィリアは呆れ顔だ。
「内容は審判ということですが教会は聖女候補として正式にお二人を招待しているわけですし、各地の司教も集まる正式な会合のようなものだそうです」
「ああ……アウローラがそんな事言ってたような言ってなかったような……」
教会の企みとソルフィリアだけを行かせないようにと必死で招待状の細かい内容を見ていなかった。
「という訳で今からドレスの採寸に行きますよー‼︎」
二人の手を引いてクロリスは街の方へと進んでいく。3人の背中を追いかけながらテコはクロリスに感謝する。
——こういうのは俺だけじゃダメな事もあるからな。ほんと引き受けてくれて助かった
「そうですよ、感謝してください!」
Uターンしてきたクロリスが目の前にいた。
「だから心を読むな!」
「読んでいるのではなく貴方様はご自身が思っているよりも分かりやすいのです」
見透かされているようで悔しかったが自分では分からない一面を教えられたようで何だかむず痒い。
「ところで何処に行けば仕立て屋さんはあるのでしょう?」
「本当にお前に頼んで良かったか心配になってきたぞ……」
神聖国訪問まで約二週間。クロリスの助力で準備は進んでいく。




