Invitation Ⅲ
招待状に書かれている日時は今から約一ヶ月と普通であれば考える暇もなく直ぐに出発しなくては間に合わない。判断を鈍らせて取り敢えず出向かせる——教会にはそういう意図があったのだろうがテコの転移魔法は誤算だった。向こうはそれを知る由もないのだがゼピュロスとしては対策を考える時間が十分に取れるため行くか行かないかの結論は保留する事になった。
「それで昨日からお二人はケンカを?」
アウローラに昼食を誘われたグーテスは眉をハの字にしてサンドイッチにかぶりついていた。先に頭を上下に振って返事だけし、口の中の甘くて酸っぱいシャキシャキした食感を楽しむ余裕もないまま飲み下す。
「そうなんですよ。教会からの招待にシエルは「行く」、フィリアは「行かせない」でずっと言い合いになっていて……」
「お話を聞く限りフィリアさんご自身は行かれるおつもりで、論点はシエルさんが行くか行かないか……という事ですよね?」
二口目は既に味わったので返事に余裕がある。
「驚く事に別の方向にも発展していって……何と言うか……子供のケンカみたいな感じになっていまして。まだ時間はあるみたいですけど……大丈夫かなって」
アウローラの従者であるディアナがお茶のおかわりを淹れながら自分もいつもと様子が違うふたりを見かけて面白かったと笑っていた。
「普段は理知的に話されているのに……とても意外でした。良い意味で普通の女の子でした」
グーテスは慣れてしまってふたりが普通だと思っているのでディアナの感想はよく分からない。ただ少し感情的になっている、そこだけは認める部分ではあった。
「あんなに仲が良さそうなのに……仲が良いほどケンカすると聞いた事はありますが、私も兄とはケンカをした記憶がほとんどなくて」
「僕もですよ。兄さんと姉さんは早くから仕事を手伝っていましたから僕なんかより大人でケンカにならなかったですね」
家族や友人とのケンカに慣れておらず、どうやって仲裁に入ればいいのか迷った挙句アウローラに相談する事にしたが、彼女もそういった経験がなく二人で溜め息をついている。
「放っておいたらその内仲直りしますよ」
ディアナの無責任な言葉にもう一度溜め息をつきそうになるが、時間が解決してくれることもあるかと暫く見守る事にした。
グーテスが他人の行動ほど儘ならないものは無いと思い知るのにそれから3日も掛からなかった。
ふたりの同じやり取りが連日朝昼夜と顔を合わせる度に繰り広げられる。
「わたしも行く!」
「シエルは残ってください! これは私の問題です。私一人が行きます!」
「わたしにも招待状が来たんだからわたしの問題でもあるの!」
「ダメです! シエルはここに残ってください!」
大きな溜め息と共に肩を落とすグーテスの側には心配そうに見つめるアウローラと笑いを堪えきれていないディアナがいる。
「くっ……ぷぷっ……まるで……遊びに連れて行くか、どうかの……くくっ……親子のやり取り、じゃないですかっ!」
普段はクールを装っているがツボに入ったらしく言い切ると我慢できなくなったのか笑いが止まらなくなってアウローラに怒られている。その光景も緊張感がなく微笑ましいよりも虚無感が大きい。もう溜め息も出なくなっていた。
「どうすればいいんだろう……」
肩を叩かれて振り返ると騒ぎを聞いて駆けつけたルクソリアが微笑みを浮かべて佇んでいる。
「アオハルやなあ……」
なにを意味のわからない事を言っているのかと思ったが今はツッコむ気力はない。
「ふたりのケンカを止める方法、何かありませんか?」
グーテスに聞かれることは想定していたが何もないのが本音だった。
「あんたとこのリーダーは何て言うてた?」
「セレナですか? 一応、相談してみましたが……」
ケンカが始まったその日に事の経緯とふたりの現状を説明し仲直りできる方法を相談していた。
『なるほどねぇ……それ放っといていいわよ。ていうか、あたしが先にシエルとケンカしてみたかったのに先を越されちゃった。フィリア以外だったら許さなかったけど、まあいいわ』
「と言われまして。あと——」
『心配しなくても大丈夫よ。きっと——』
セレナの答えを聞いたルクソリアは流石によく分かっているなと感心すると同時に納得した面持ちでディアナたちの方を見る。
「確かにセレナの言うとおりやな。そう心配せんでもええて。こんなんで仲違いするような間柄でも無いやろ?」
不安そうなグーテスの肩をもう一度叩いくとそれを合図にシエルとソルフィリアの声が大きくなる。
「やだやだ、やーだ!」
「ダメです! 連れていきません。貴女はここに残ってください!」
「いやだ!」
「私たちの両方がいなくなれば誰がベルブラントを守るのですか⁉︎」
「うっ……それは……。でも一緒に行きたいの! フィリアと一緒がいいのっ!」
駄々をこねるシエルと説得しようとするソルフィリア。この構図が延々と繰り返されている。
「まるで子供と親のやり取りじゃないですか……店先でよく見る光景ですよ……」
「そういう事なんよ。ケンカやのうて、親と子供でようやっとるヤツってこと」
完全に納得した訳ではなかったがセレナの言うとおりになりそうな気がしてきた。
「それでも二人だけで決めても良い事……ではないんよなぁ。もう一回、ちゃんと話するで。グーテス、あんたも来るんやで」
言い合いを続ける二人はルクソリアに声をかけられると大人しく連れられて行く。グーテスも後を追うとしたがアウローラに引き止められた。
「あ、あの……私もご一緒させていただいてよろしいでしょうか? 差し出がましいと思うのですが、グ……お二人の力になれる事があるかも知れませんし……」
「わかりました。団長に聞いてみますね」
「では参りましょう」
ディアナが先陣を切って進んで行くが察したアウローラが釘を刺す。
「ディアナは部屋の外で待っていてっ!」
「ええっ⁉︎ 折角、親子コントの続きが見られると思ったのに……」
悔しがる従者と代わりに頭を下げるアウローラの姿に、これもまたヤンチャな子供と苦労が絶えない親のようだと思うと笑いが込み上げてきた。
会議室ではファウオーとフラムが先に待っている。グーテスがアウローラの同席を認めてもらうため話をしている間、シエルとソルフィリアも席に着いて待っていたが先程と打って変わって黙ったまま目も合わせずにいた。
同席の許可を得ていないアウローラは入口で待っているとグーテスが戻ってきて頭を下げる。
「すみません、やはり込み入った話になるので今回はご遠慮いただきたいと……」
「いっ、いえ……私の方こそ無理を言って申し訳ありません」
互いに頭を下げあっている隙にディアナがシエルたちの間に立っていた。
「上手く本音が言えない駄々っ子とどうせ言っても分からないと諦めている親……細かすぎる喜劇がもう少し見られると思っていたのですがここ迄のようですね。楽しませていただき……ああっ!」
顔を真っ赤にしたアウローラに引っ張られて部屋を出て行く。
「あの子、ほんまに面白いな……」
顔は笑っていなかったが呆れを通り越して感心したといったところだろう。
扉が閉まるとファウオーの咳払いが聞こえる。
「さて、二人が数日言い争っている事は知っている。件の教会からの招待についてだが、騎士団としてはやはり二人とも行かせるわけにいかない。だがソルフィリアの両親の事もある。ソルフィリア、君はどうしたい? 君の意見を尊重しよう」
先程までとは違って落ち着て感情を表に出すことなくゆっくりといつもの口調で話し始める。
「先日もお伝えした通り両親については何も思っておりません。ですから私たち二人共行ってはならないという命令ならば受け入れます。ですがその場合、教会がどのような対応をするかは分かりません。招待状とは別に私に教会へ潜入する許可をいただけませんでしょう」
「向こうの出方を探ってくる、ということか?」
「はい。招待には応じられない事を伝える使者として私を送り出していただきたいのです」
「相変わらず無茶な作戦考えよるなぁ」
ファウオーもフラムも判断しかねた様子で考え込んでいた。もう一押しとばかりにソルフィリアが言葉を発する前にシエルが叫んだ。
「絶対にダメっ!! フィリアをひとりで行かせたらもう帰ってこない!」
突拍子もない言葉に全員が驚くが、一番驚いていたのはソルフィリアだった。




