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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 聖女審判
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Invitation

 アスペリオは自分自身に落胆し深いため息をつく。

 彼が神の化身と信じて疑わないシエル・パラディスともう一人の聖女候補がいるとされるゼピュロス地区。そこへ書簡を届けるようにイーリア教会の枢機卿から命じられて王国へと向かっている道中の事だった。王国内では顔が知られているアスペリオは潜入することは難しくどうやって書簡を届けるのか思案していた。

「行商人の信徒に届けさせます。騎士様は王国までの護衛をお願いします。獣人が大勢で神聖国に逃れてきているとの噂。この国に来ても大して変わらないと思うのですが、その場で殺されるよりはマシだと考えたのでしょう」

 それもそうかと思う。獣人の事では無く自分が直接届けることなど無理なのだと。騎士団領内に入った途端に捕まって裏切り者として殺されるかもしれない。一目会えるなら死んでも良いと思うが教会の為にも書簡は確実に届ける必要があり、余計な騒ぎを起こす可能性がある自分は不適格なのだと。

 冷静になって初めてもう一度会いたいと思って行動しようとしたことが無性に恥ずかしくなり護衛そっちのけで自己嫌悪に陥っていた。

「神の化身……という方がしっくりくるのだろう。しかし私には神そのものにしか思えない! 神アイリスが降臨された……この奇跡を目の当たりにして……」

 道中の警護は部下が行うので問題はない。ただ彼をよく知らない行商人たちの目には自問自答を繰り返す変人に映ったことだろう。


 王国のエウロス騎士団団長だった彼は誰にでも親切な優しい騎士として人気が高かった。敬虔なイーリア教徒であることは知れ渡っていたが、一部の過激な信徒とは違ってイーリアの教えに従い摂生と秩序を重んじ親愛の情を持って隣人と接する模範的な人物として評されていた。

 人柄だけでは無く実力も相当なものである。王国東側は魔獣の生息数が少ない地域ではあるが稀に凶暴な魔獣が人里に降りてきて町や村を襲うことがある。

 ある時、訪れた町で魔獣の襲来を受けて逃げ惑う町人を避難させ、残ったアスペリオはたった一人で魔獣を討伐してしまう。

 その時の功績が教会や騎士団に評価されてその名が知れ渡ることになる。

 だが東側は過激なテロ組織が多く存在し、そのほとんどが身分制度や王国貴族に不満をもつイーリア教徒で構成されていた。イーリア教徒でもあるアスペリオにテロ組織の壊滅や解体の命令が下されたが結果を出せず、いつしかエウロス騎士団は役立たずのレッテルを貼られてしまう。中にはテロ組織は次々に生まれるから“いたちごっこ”だと彼を庇う声もあるが、犠牲はいつも一般市民であるから不満の声が常に上回る。

「私にテロを止められるわけがない。組織の大半は教会の指示で動いているのだから」

 教会の上層部と繋がりがあるアスペリオをはじめとした騎士団員だけが知る秘密だった。他に手段はないのかと訴えても買える言葉はいつも同じだった。

『貧困や差別の苦しみに救いを求める時、手を差し伸べられるのは我らイーリア教だけなのだ。王国の政治腐敗を正すための布石だから今は耐えよ。私利私欲で民衆を食い物にする証拠を掴むまでは』

 現国王のエクシムが貴族と各国との裏取引を暴くよりも前に教会側は調査を進めていたがなかなか証拠を掴むことができずにいた。潜入が見つかって起きた戦闘をテロ事件と扱われることが多く、その実態を知るものは少ない。

 秩序と相反する行為に葛藤がなかった訳ではないが、いずれ来るイーリア教が示す平和のための聖戦なのだと自分に言い聞かせて日々を過ごしていた。

 やがてボレアース騎士団団長のカイからクーデターの話を聞かされる。既に不正は暴かれた貴族は追放されたというのに何故だというのが率直な感想だった。手を組まないのなら大人しくしておけ。そうすれば教会もお前も悪いようにはしない、と半ば脅しのように言われる。

「この機に乗じてエウロスも蜂起する! 無用な殺戮は我らがイーリアの名の下、断固阻止する‼︎」

 勇んで出撃した騎士団は王都を目前にしてゆく手を阻まれ騎士団を引き連れて神聖国へと亡命することになる。


 深淵の蒼と黒の瞳を持ち、夜空色の髪を靡かせた悪魔と

 どこまでも透き通る空色の瞳と聖なる光のような髪の神によって



「では我々はここで」

「ああ、必ず神……いや、聖女候補たちに届けるように」

「承知しました」

 行商人の信徒は王国へと向かって馬車を進めていく。王国東側にはまだ商人しか知らない秘密のルートがある。そこから侵入してあとは王国に留まる隠密に託してゼピュロスまで届ける。

 見送ったアスペリオたちはそのまま別の任務に取り掛かる。亡命してきた獣人の対処についてだった。

「対処とは具体的に何をするのでしょうか」

 会いたい気持ちをまだ引きずっていたが神が招待に応じてくれればと思い直したアスペリオは団員の何気ない質問に快く答える。だがその質問には笑顔で答えられる内容ではなかった。

「追い返すんだ。その場で不法入国として処刑なのだが私は気が進まない。神聖国でも獣人の身分は低い。それは知っての通り獣人のルーツが悪魔であるからだ」

「えっと……姿が醜悪である悪魔がヒトに憧れ、模して作られたのが獣人族……ヒトになれなかった獣が魔獣……でしたっけ」

 若い団員が記憶を辿りながら答えるとその通りだと笑顔を見せる。

「寛容なる神イーリアは獣人の信徒も認めている。だが身分の違いで苦しい思いをさせることを神も望んではいまい」

 若い団員はなるほどと相槌を打ったかと思うと唸りはじめて再び疑問を口に出す。

「なんでイーリア教にも王国のような身分制度があるんです? みんな平等ではダメだったのでしょうか?」

 この世界にある宗教は唯一といって良いため比較はできないが、平等を謳わないは何故なのかと誰もが一度は疑問に思うことだった。

「秩序を保つため」

 アスペリオは何度もこの疑問に答えてきたのだろう、澱みなくその疑問の答えに解説を行う。

「摂生と秩序、隣人との親愛……これがイーリア教を表すにはぴったりな言葉だろう。3つの言葉のうち最も大事なのはこの『秩序』だ。皆がより良く暮らしていくために導くものと導かれるものに分かれる。団長と団員のような関係だ。騎士団の全員が団長だったら収集がつかないだろう?」

「確かに! みんな好き勝手に動いてバラバラになっちゃいますもんね」

「世界も同じことだ。皆が好き勝手に生きては世界が崩壊する。それが神イーリアの教えであり、神話にある混沌の魔王による世界の崩壊と堕落だ」

「大昔は大陸の南側の海には大地があって、混沌の魔王が消しとばして海になったっていうアレですよね」

 話を聞いていた別の団員が口を挟む。いつの間にか大勢がアスペリオの周り集まっていた。退屈な移動の暇つぶしというよりも司教の高説を賜るぐらいに姿勢を正して聞く者が多く、いかにも秩序を重んじる宗教の信徒といったところだろうか。エウロス騎士団以外の団員も混じる部隊であったが熱心な信徒がいるだけでアスペリオは満足だった。

「秩序で守られた世界を魔王は理由もなく破壊し混沌の闇へと貶めた。それを嘆き悲しんだイーリア様は魔王の存在を消しもう一度秩序ある世界を取り戻そうとした。だが魔王が残した混沌は消えず残った」

「それが魔族と獣人族?」

「そうだ。魔族は遥か南の大陸へ追いやったがその眷属と言われる獣人族はこの大陸に残った。慈悲深いイーリア様は獣人族に罪はないとお許しになられたが、その所為で世界に完全な秩序はなくなってしまったのだ」

「だから獣人族の地位は低い?」

「そうだ。これも全て秩序ある世界を保つため。だが私はイーリア様に倣い獣人たちの命をいたずらに奪いたくはない。よって彼らを傷つけることなく国外への追放を任務とする!」

 団員の返事を聞くと間をおいて但しと付け加える。

「捕まった獣人たちを逃がしている『銀狼旅団』と呼ばれる者たちを見つけた捕らえよ。同族を死地へ送るなど許してはおけないからな」

 憂いでも哀れみでもなく信念として考えを口にしたアスペリオに全ての団員が賛同した。

 アスペリオは人を惹きつける天才でもあった。本人は意図している訳ではないから普段の振る舞いで自然とそうなる。

 そのカリスマ性に惹きつけられた者たちはその能力を何倍にも引き上げ彼を大いに助ける。アスペリオ部隊の働きで神聖国に逃れてきた獣人は全て王国に引き上げていく。誰も傷つけることはなかったが、誰も助かることはなかった。


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