World affairs Ⅵ
「実にくだらん。世界を取り締まる憲兵だとでも思っているのか?」
テネブリスの新国王エクシムは手にしていたシレゴー共和国からの書簡をテーブルに放り投げて吐き捨てた。
「言わせておけ。今は利害が一致したのだから良いだろう。利用価値は十分にあるし……どうせ滅ぶ」
宰相となったトリニアスはエクシムとふたりの時だけ友人の顔に戻る。その方がお互いに気が楽だったし仕事が捗る事も分かっていた。
「まるでお前が未来視で見たような口ぶりだな」
「……素直に信じているだけだ」
トリニアスが表情を崩さずに答えるから揶揄ったエクシムの表情が崩れてしまい、そうかとだけ返す。
二つに分断された王国は北と東、王都がある中央だけになってしまったが、その分だけ新しい政策を広めるスピードはあがった。
貴族中心の身分制度を廃して無能な諸侯を国政から追い出した。治めていた領地は統合されて中央集権型に移行、代わりに有能な者を多数登用し複数人で管理させた。
「課題はまだ多いがかなり落ちつきを取り戻した。貴族連中を排除して平民からの支持が上がっている。食糧問題も東と共和国からの輸入でなんとかできるだろう」
さっき迄とはうって変わってエクシムの表情は厳しいものに変わる。
「計画どおりに進めれば問題ないだろう。それよりも忌々しい獣人の逆賊どもはどうなった?」
「ボレアースが追っているが手に余っているな。奴ら大規模な戦闘でしか役に立ちそうにない」
「泳がせている東大陸の奴らを利用できないか?」
「無理だろう……出来たとしてもあまり気は進まないな。奴らは何を考えているのか分からないうえに不気味な力を使うという」
「魔法やスキルとは違うというチカラのことか? 俺の鑑定で暴けないだろうか……」
「できるかも知れないが危険だな。余程のことがない限りは会わせたくないし、そうなる前に対策を考える。とにかく今はこちらで対処するしかないな」
すこし話が逸れてしまう事はよくある事でその場合は互いに間を空けて会話に戻る。
「獣人解放軍などと言われているらしいが、だだの小隊なのだろう? たった10名足らずをどうして捕まえられない?」
エクシムの指摘はもっともではあるが相手は並の戦士よりも素早く少人数であるが故に探し出すことは容易ではなかった。エクシムがそれを理解したうえで野放しに出来ないと敢えて言っている事も分かっている。
獣人は悪魔の手先であり、いずれ大きな災いを呼ぶ元凶になる。
エクシムの未来視で見えた回避するべき道のひとつだった。
「奴らのリーダーはルゥ・アインザムとかいったか。王位奪取のための先兵にして
まとめて葬ってやるために獣人部隊を編成させたが、これが仇になるとは……」
獣人はボレアース騎士団に入ることが出来ないと言われるほど人種に偏りがあった。ある時を境に獣人の採用が増えて行き、騎士学校で首席のルゥも希望どおり入団を果たした。だがこれもすべてクーデター発生時に多くの獣人が王国の近衛騎士団と戦うように仕向けて本体の盾となるためのものであり、むしろ犠牲となるように図られたものだった。それをルゥは事前に察知して騎士団に反旗を翻し計画の半分を潰す事に成功、そのまま姿を消す。
「国民の多くが困惑している。階級による差別は無くなったが人種による差別は無くならないのかと」
世界には多くの種族が存在している。その中で敵対する事なく共存してきたのは間違いなく人間族と獣人族である。利害の一致だけではなく言語コミュニケーションがしやすく文化的な嗜好に共通点が多い事に加えて倫理観なども似ていることが理由であろう。
だが友好的に接することもあれば利用し虐げようとする者も現れるし土地によって歴史的な背景から様々な考えも生まれる。
王国の東部は宗教的な身分制度で獣人は下に見ており、北部では魔物と同じ扱いであった。西や南の地域では獣人族の国があって古くから交流が盛んな地域もある。獣人国が侵略に遭い多くの難民が出た際には受け入れをしたこともある。
「何も宗教的な意味合いで排除している訳ではないことはお前もわかっているだろう」
「勿論だ。だからといって魔族の眷属であるから排除するなど誰が信じる? 魔族の存在など神話の世界の話だぞ」
エクシムの王国を強くし大陸を統べる野望に賛同しついてきているが、唯一獣人の排斥だけは彼らしくないと思っている。学生時代に出会って国政ついて幾度となく議論を繰り広げてきたが、今までそのような話などしたことがなかった。クーデターなどと過激なことをせずともエクシムなら次代の王として即位し、いずれ大陸を制覇できるだろうとも考えていただけに暴力的な一面に戸惑いはあった。
「何故そこまで獣人にこだわる?」
トリニアスの問いに目を瞑って考えるエクシムの答えを黙って待っていたがドアをノックする音に遮られてしまう。
「失礼します。カイ騎士団長がお目見えになられました」
「すぐに行く。……さっきの話はまた後でだ」
また邪魔が入ったとトリニアスはため息をついたが頷いてエクシムと共にカイが待つ別室へ向かった。
「よう、久しぶりだなぁ王様」
やや小ぢんまりとした応接室には2人の騎士が座って待っていた。ひとりはボレアース騎士団団長のカイ・エキウス。そしてもう一人は足をテーブルに投げ出したままエクシムに挨拶した中年の騎士。
「相変わらず無礼な奴だな。息災か、ジル」
ジルと呼ばれた男——かつて宰相官邸を襲撃した主犯であり、15年間の逃亡の末にシエルとの邂逅で捕まり死刑になった死霊使いの男がそこにいた。
「まあな、2年もの間寒いところで縮こまっていた割には元気だぜ。仲間の回収は叶わなかったが代わりに軍団を手に入れたからな」
「その軍団とやらを使う機会はもうじきだ。それまでは大人しくしておけよ」
「それは〈雷神〉に復讐する機会をくれるってことで良いんだよな?」
「機会があれば、だな。だが勝てる算段はあるのか?」
〈雷神〉と聞いてトリニアスの表情が変わる。かつて家族を悲しみに陥れた元凶として今も恨み続けている。その時は死んだと知らされ時間が経てば忘れるだろうと思っていた。しかし生きている事が分かり、今現在も元宰相の父カエラムとノトス騎士団副団長の弟デシテリアとも敵対する事になったのもシエルの所為だと思っている。逆恨みだと自分でも分かっている。それでもその存在が全ての元凶として説明でき、自分たちが理想とする王国の障害となっている事実が怒りの炎を消す事を許さなかった。
「とっておきの策がある。あの小娘の為にも俺が決着をつけないとな」
詳細は聞いても話さないだろうと思ったが凡その予想はつく。
「まだ時間はある。くれぐれも露見しないよう大人しくしておけよ。お前は死んだ事になっているのだからな」
トリニアスが釘を刺すと無言で手を振って分かっていると答える。若き王と若き宰相のふたりの年齢を合わせたぐらいの年月を生きた騎士はどこか人を下に見ているような振る舞いをする事がある。若いふたりもジルを“冒険者くずれ”と馬鹿にしているのでお互い様だと思うと同時に不要になればいつでも消せるとお互いに考えていた。
「獣人どもはどうする? 俺たちは掃除屋ではなく戦争屋だ。雑魚とひとりずつ遊ぶのに向かない」
カイの発言にトリニアスが反論しようとしたがエクシムが片手を上げて制止する。
「確かに一人ずつを相手にはしていられないだろう。だが東に逃れた獣人の掃討は別だ。生け捕りにしてまとめて処刑しろ。情報を流しておびき寄せてから討て」
打って変わってカイは嬉しそうにしている。
「本当に良いのか? 大量虐殺で悪評が広まるぞ」
隣で聞いていたジルはカイとは同じ穴のムジナと思いつつも趣味嗜好は系統が違うと顔をしかめる。
「既に奴等は国家反逆罪で手配している身だ。施設を襲撃し獣人を多数逃した。やっていることはテロ行為なのだ。それで無くともいずれ奴らは魔族と共謀してこの国を……いや、世界を破滅に導く。懸賞金を掛けてもかまわん、必ず始末しろ」
「承知した。それで教会に動きはないのか?」
カイは元々獣人を匿っているとの理由で攻め入る腹積もりであったが予想外にルゥ達の動きに翻弄されて進められずにいた。それだけに好機は逃すまいと神聖国の動向に気を配っていたが拍子抜けするほど動きがない。それはトリニアスも同じで前王時代にはしつこく謁見や訪問の打診をしてきていたのが政変後にはぴたりと止まった。
考えられる理由としてエウロス騎士団団長のアスペリオが騎士団員を引き連れて亡命したことが考えられる。一人二人では無く騎士団丸ごとであるため関係性をどうもっていくのか難しくなったのだろう。元々は友好的に接しようとしていただけに下手に刺激もできず、一度受け入れた者を差し出す事は国内の支持も失いかねない。
「微妙な立ち位置に身動きが取れないのだろう。敢えて放置していたエウロスだったが、失った事で返って教会を黙らせる結果に繋がった。東の信者達も大人しくなりテロを起こす者も居なくなった。……とは言っても警戒は怠るなよ」
王国の政変後に身分制度が撤廃されて不満に思っていた民衆の大半は満足し自分たちの声が届いたのだと勘違いした。残りの半分はより管理が厳しくなり今は獣人の排斥が行われているが、いずれはイーリア教徒の弾圧が始まるとの見方をしている。そうなる前に王国を見限り神聖国や南に身を隠す事を選んだ。
それと同時に教会に対する不信も高まっている。これについては裏でノトス騎士団のデシテリアとイルヴィアの活躍があった事を教会側はもちろん王国の中枢にいるものは誰も知らない。




