encounter Ⅷ
国外で生活するということは政治的な人質か難民になる以外はあまり例がない。交流のための大使としての任があってもやはり不安は拭えない。ましてや危険な旅路を経験しおいそれと帰る事は叶わないと身に染みている。
もしかすると帝国の地は2度と踏めないかもしれないが兄の為にも泣き言を言わずにやり遂げようと覚悟を決めてきた。そんな思いなど知るはずもないゼピュロスの人たちは驚くほどに優しく親切だった。本当に今まで敵対していた国の人なのか、本で読んだ歴史や聞いていた事実は全て嘘だったのではと疑ってしまう。
「あっという間に懐柔されて、お嬢様は意外とちょろいですね」
ディアナのいうとおりだと思う。生活に慣れるには時間がかかる、いやずっと馴染めないままいるかもしれないとさえ思っていた。
「あれ? みんなでお出かけ?」
空に吹く風のような瞳を持ち蒼みがかかった長い黒髪を靡かせてふわりと空から舞い降りてきたのはイルヴィアだった。遅れてクロリスも現れる。
「天女様と女神様……?」
物語に出てくる登場人物を想像した時の姿そのままの人物が目の前に舞い降りてきてアウローラは目を見開いたまま夢でも見ているのかと自分の頬をつねりそうになる。
「あ、君が帝国から来たって人だね。私はイルヴィア、よろしくね」
「初めまして、クロリスと申します。お見知りおきを」
惚けていたところをディアナに後ろから背を突かれて我に帰り慌てて自己紹介する。
「お前らこんなところで何していたんだ?」
「何じゃないよまったく……やっとオストシュトラからの難民の受け入れが終わったんだよ。王国の……いやボレアースのスパイが入り込まないよう一人ずつチェックするの大変だったんだから」
王国のクーデター発生時に最初に戦禍にまみれたのは北部のオストシュトラだった。ボレアースのクーデターを察知したルゥが住民を避難させるよう領主のフルーメンに進言し住民の大半が取るものとらず西へと向かった。
ボレアースの追撃はシエルとイルヴィアが一掃し防いだがオストシュトラは王国が陥落し閉鎖してしまう。それでも多くの住民は捕らわれる事もなく救助に向かったエヴァン隊によって保護される。その後ベルブラントへはテコがまとめて転移させていた。
「それで……ルゥ先輩の所在は?」
ルゥは残された住民と虐殺の恐れがある獣人族を助けるためにオストシュトラに残り行方不明になっていた。通信魔道具で連絡を取ってみたが応答はなくシエルたちは彼の安否を気遣っていた。
「消息不明のままだね。でも噂では東へ向かったらしいよ。東は獣人族を虐げている地域もあるからそれを助ける為に仲間と一緒に向うと言ってたって何人かの住人から聞いたんだ」
まったく情報がなかっただけに希望が持てる話だった。
「やっぱりルゥ先輩はすごいや……僕も負けていられない」
すっかり置いてけぼりのアウローラとディアナにかつての騎士学校の先輩で仲間であるルゥのことを説明することになったが、誰が話しても長くなりそうだったのでクロリスが簡潔に説明する。
「離れていても絆で結ばれる仲間がいる……物語のようなことは実際に起きるのですね…………少し、羨ましいです」
程なくしてルゥの噂は大陸に広まっていく。獣人族を助けるためにわずかな手勢で王国に立ち向かう英雄がいると。
東の事はノトスに聞いた方が早いから聞いておくと言い残すとそのまま手を振って砦の外へと向かおうとする。アウローラに街を案内するから一緒にどうかと誘ってみたが「あたしはどうせ一人でどっか行っちゃうから」と断られ砦の外へと飛び立った。
「一仕事終わって早速サボってんじゃん……」
アウローラに待たせたことを詫びるがとてもいいものが見られたと何故か感謝された。
「どこからいくの?」
「予定を立てておきました。まずは——」
身分的には国賓扱いなのだが、肩肘張らずに接してくれるのはアウローラにとっても気持ちが楽になる。役目を忘れたわけではないが旅とはこういうものなのだろうと少し楽しくなっていた。
「うっし! じゃあ早速行ってみるか!」
テコを中心に足元に魔法陣が現れると一瞬で景色が変わる。声に出して驚く前にソルフィリアがテコに抗議を始める。
「転移しては途中の景色を楽しめません。それに予定も早く終わってしまいます!」
「移動は別にいいじゃねーか……その分一箇所を長く堪能できるだろ?」
「まあまあまあ、微調整していくって事で」
シエルの仲裁に渋い顔をしながらも承諾し目的地へ歩き出す。
「アウローラ? どうかしましたか?」
着いて来ないゲストをグーテスが不思議そうな目で見ていたが、アウローラの顔を見て転移などという常識はずれな行動が自分たちの当たり前になっていたことを再認識し慌ててフォローに入る。
「すみません……これはテコさんにしか出来ない芸当でして」
「おい、グーテス! 俺のスキルを大道芸みたいに言うんじゃない!」
「マークしているところ限定とはいえ滅茶苦茶ですよ」
「うん、一瞬で景色が変わるのは新鮮で楽しい」
ディアナの適応力はいつも通りかと思ったアウローラだったが何回も繰り返すうちに慣れてしまい新鮮味が薄れてしまった事を悔やむ程度に馴染んでいる自分に驚いた。
ベルブラントの各所を周り最後にやってきたのはグーテスの実家だった。
「親父も今は一緒なんだから実家も当然だろう」
「それはそうかもしれないけれど……」
兄トルネオが経営するウェッター商会とは別に商業ギルドの近くに新居を構えた。父親とグーテスの姉も一緒に住むことになったからだった。
「あっ、グー兄が彼女連れてきたぁ!」
ディーレが揶揄うとアウローラが顔を真っ赤にする。即座にシドがディーレの頭を掴み泣き声と共に謝罪の言葉が流れ、フォローするようにアーラも一緒に頭を下げる。
「もう……ディーレったら。本当にすみません」
賑やかな大家族を見るのはアウローラにとって初めてであり新鮮な光景だった。ディアナはいつもそばにいてくれるのだが兄のアレックスをはじめ家族との会話など生まれてからほとんど記憶にない。一日中本を読み漁り物語の中の家族しか知らなかった。
「今日はみんなで料理したんだ。たくさん食べてね」
一番年下のミィが手を引いてアウローラをエスコートする。席に座ると広いテーブルには沢山の料理が並び皆の顔が見える。グーテスの父親と姉の姿は見えなかったが途中から冒険者ギルドのマスターであるネーネが合流する。ネーネは赤の他人といえばそうなのだが、この中で血のつながりがあるのはグーテスとトルネオだけだ。
「血なんて繋がっていなくてもみんな家族……みたいなものですから。こうやってみんなで食べる料理は最高なんで、ぜひアウローラにもって僕が提案したんです」
ソルフィリアもこの案を軸に予定を組んだのだと満足そうに語る。
「大勢で会話をしながらの食事がこんなにも良いものなのかと、私……感動しました。どこにでもある光景なのかもしれませんが、人との出会いがなければこのようには……この場に呼んでいただきありがとうございます!」
賑やかな食卓は豪華ではないが温かくアウローラとの距離を縮めた。同時に不安や緊張がほぐれたこともあり公務も滞りなく進めていく。
帝国とゼピュロスの関係性が良くなったことはアウローラの功績が大きいが、もう一人貢献したのはいうまでもなくセレナだった。




