入学試験Ⅱ
昼食を終えて午後からは実技試験と適正検査がある。
学科試験の右の席か左の席かで分けられる。左側の席にいたシエルは適正検査からで、他の受験生共々講堂に集められた。
講堂はかなり広い。校舎の容積を遥かに超える広さで、魔術による空間拡張が施されている。騎士になりたいわけでもない貴族や平民も多数受験しに来るわけだから普通の広さでは間に合わないからだろう。
ここ数年は他の騎士学校に落ちた学生が受けにくることが多いらしい。救済措置として受験日を最後にして、やる気と才能がある者を少しでも掬い上げるためだとか。その所為でゼピュロス騎士学校は「落ちこぼれの集まり」だの「掃き溜め」だのと悪口を言われているそうだ。
——ほんと、差別が好きな奴多いな。掃き溜めに宝石混じってんの気がついて悔しがれ。
四隅に椅子と机が3つずつ並べられている。間には衝立で仕切られていて隣を覗き見ることはできない。それぞれの机の前には試験官が座っており、背後にも一人立っていた。
好きな場所に並ぶよう指示され、ぞろぞろと別れて3人ずつの列が壁際にきれいに並んだ。
——こういう事がすぐに出来る奴は騎士の素質があるのかな?
そこまでは流石に考えすぎかと思ったが、12人の試験官が放つ視線が飛び交う様子をみるに間違いではなかったようだ。
——シエルは気がついてもできないだろうな。もっと協調性について教育するべきだった……
今更後悔しても仕方がない。こうなればトコトン自由に振る舞ってソロでの力をアピールする方が良いに決まっている。
「どんな事するのかな?」
『ちょっと見に行ってみようぜ』
「うん!」
シエルは順番待ちの列を離れて検査中の机を覗き込む。試験官に注意されるかと思ったが淡々と検査を進めていく。余程でない限りは無視して検査を進めていかないと追いつかないらしい。
検査内容はというと、紙の左側に属性シンボルが縦に書かれている。基本の火・風・水・土の4属性。光と闇はないが下の方に少し空白があるので元々あったのか、それとも……。
検査方法は単純にシンボルをタップするだけで、しばらくすると右に向かって棒線が伸びていく。受験生によって長さや太さが違うのは適応力や強さを表しているのだろう。これで大凡だが個人が内包する魔力総量は測れる。
これだけならすぐに済みそうなものだが、何やら質問をされるみたいだった。流石に面接ぽい雰囲気で、試験管からは覗き見禁止的な視線を送ってくるから列に並び直した。少し周りの空気がひりついた感じになり私語がなくなった。皆黙って並ぶだけの退屈な時間でもシエルは周りをキョロキョロと見回してはニヤついている。
『何がそんなに嬉しいんだよ?』
「だって人が沢山いるところなんて街以外に見たことないし。それに歳の近い子もあんまりいなかったから」
協調性と同じく懸念事項の一つだ。家族や屋敷の使用人以外の人間と接する機会が圧倒的に少なかった。その中でも子供は極端に少ない。
それもこれも6歳の時に父親に剣術指南を受けている最中に勝てなくて悔しさのあまり癇癪を起こしたシエルが魔法をぶっ放して屋敷を半壊させた。この件で周りに被害が及ばないように郊外の何もない平原みたいな所に引っ越したことで人と接する機会がより減った。
普段から感情の爆発などないシエルと大人気ない父親との“ほのぼのエピソード”だと俺は思っているのだけれども、当の本人たちは母からこっ酷く怒られて使用人達からも大笑いされて恥ずかしかったらしく、この話は父娘にとってはタブーになっている。まぁ父親は何かある度に内外からこの件をチクチクされているらしい。
12歳の洗礼式の時に至っては護衛役に抜擢され同い年の子共たちからはドン引きされていた。そんなこんなで歳の近い子供との接点はあまりなく、平たく言えば友達がいない“ぼっち”だ。
『友達いっぱいできるといいな』
「……うーん、いっぱいは要らないかな。手の届く範囲にいるぐらいがちょうど良くって。一生仲良くできる人がいれば十分だよ」
『量より質か?』
「そんな感じかな? どうやって友達になるのかわかんないけど……」
こればかりは本で学習というわけにはいかず実践あるのみ。試験会場までの道すがら具合が悪そうな少年に躊躇うことなく声をかけるぐらいだからコミュニケーション能力は高いはず。……多分だけど。
随分長い時間待って、ようやく順番が回ってきた。と言っても最後だが。
「それではこの紙に書かれたシンボルを順番にタッチしていってください。軽く触れるだけで十分です。」
「はーい」
と言って上から順番にシンボルに触れていく。シンボルは特性を表す色に着色されていて測定によって伸びていく線もその色になっている。最初に見たのと比べると濃淡も個人差があるようだ。
シエルの測定結果は、
——まあ、予測はしていたけどね……
各属性が表示できる範囲いっぱいに色濃く塗りつぶされている。思ったとおり下の余白には光と闇の属性が隠されていて適性を持っていれば表れる仕組みになっているようだ。
シエルは闇の属性を一番苦手としている。反対に逆位相の光属性が得意だから仕方ないことだが、今回は闇も塗りつぶされていた。この検査用紙にレベル設定がされているならば、想定範囲を超えているということだろう。
結果を見た試験官が驚いた表情で後ろに控える試験管に誰かを呼んで来るように指示をした。暫くするとどこからともなく別の試験官がやってきて少し離れた場所で話し始めた。そりゃあカラフルに塗りつぶされた検査結果で驚くのも無理はない。最後だから他の受験者に見られて騒がれることもない。隣の席の二人も自分達の検査に集中しているから影響はなさそうだ。
やがて試験官が戻ってきて続きを行うと言って準備を始めた。その背後には先ほど駆けつけた試験官がついて見守っている。少し異様な雰囲気になりつつあったが、検査を受けている当の本人は何故か嬉しそうに待ち構えていた。
「お待たせしてすみません。担当を代わりますので」
そう言って新しく加わった試験管が席についた。
「はじめまして。2年次の魔法騎士科教員のフラム・シュヴェアートだ」
「あ、……は、はじめまして。シエル・パラディスです」
「パラディス……。君だったか。先に言っておくと、君に対しては上からの命令で公平に採点はできない。かなり早い段階で加護を受けて魔法を使えると聞いている。……属性検査の結果も納得だ」
——もしかして親父さんの七光で高待遇でお迎えか?シエルはそんなこと望まんぞ。帰ったら戦争が始まっちゃうよ?
「かなり厳しめの採点基準になると思ってくれ。筆記試験後に伝えるのも不公平かもしれないが、もともと伝える予定もなかったからこれで許してくれ」
「……なんで?」
「君の父上からの通達だ。悪く思わないでくれ」
「お父さん最高すぎ!」
「!?」
試験管が驚くのも無理はないと思う。難易度が上がって目をキラキラさせて喜ぶとかマ……、いや変な教育はしてない。断じてない。……しらんけど。
「ショックを受けて落ち込むかと思ったが安心したよ」
「全然大丈夫です!」
嬉しそうに笑顔を向ける受験生に調子が狂わないかと心配したが杞憂だった。流石は騎士学校の教員……というよりも個人のステータスが高い。
担当が代わったのはきっと何かの試験があるのだろう。そう思った矢先にフラムは口を開いた。
「では適性検査の続きを行う。今からする質問に答えてほしい。これは適性検査であってどのように答えようと君の人格を否定するものではない。当校の理念に逆らう答えであったとしても構わない。単純に君の資質を図り、入学できた場合の指導に役立てるためだ」
難しく考えるは必要ないとか、今思ったことを素直に話してほしいとか長々と前置きが続く。慎重に言葉を選んでいる風にも思えないから心理作戦でもなさそうだった。シエルはそんな事など気にもせず真剣に話を聞いている。
ようやく説明が終わり本題に入る。
「では質問だが……」
試験管も受験生も居住まいを正し、真剣勝負さながらに目を合わせる。
「ある平民が家族を騎士に殺された。殺された者は罪人で、騎士は捕らえることができず止む無く殺してしまった。罪人とはいえ家族を殺された平民は怒り、仇を取るためにその騎士を殺しにきた。だがそれを阻止するために仲間の騎士が平民の前に立ちはだかる。そして、そこに君は居合わせた」
そこで試験管は目を閉じて少し息を入れる。ほんの僅かではあったが間のとり方が戦闘のそれだった。そしてどの選択肢を選ぶのかを問うてきた。
「次から選べ」
①民を助ければ騎士は死ぬ
②騎士を助ければ民が死ぬ
③何もしなければ相打ちで両方とも死ぬ
④両方を助けるには二人の攻撃を受けて君が死ぬ
「今君が持つスキルは考慮しない。何も持っていない状態だと思ってくれ。あと君以外、誰が死んでも君に責任はない」




