encounter Ⅵ
しんと静まりかえった観衆は霧散したエーテルが完全に消えるのを待っていた。決着がどうなったのかを確かめようとするが結界があった場所はまだそこに存在しているかのように誰も近づけさせない。
徐々に晴れていく中でユリウスが目を凝らした後で叫ぶ。
「見ろ……あいつは倒れている。でも……膝をついてはいるがレオは無事だ……。ははは……レオの勝ちだっ‼︎」
ユリウスが両手をあげて勝鬨をあげるとわっと歓声があがる。
「グーテスさん……レオ……」
大の字になっているグーテスを心配してシエルたちは駆け寄っていくとアウローラもそれについて行く。
ユリウスも意気揚々とレオの隣りまでくると肩に手を置いて珍しく労いの言葉をかける。
「かなり苦戦したけど勝ちは勝ちだからね。よくやったよ、おつかれ! これでアレックスにも良い報こ……」
レオの手元が視界に入り、見たものをはじめは認識出来なかったがその意味を理解すると言葉を失ってしまう。
「この勝負……私の負けだ」
レオの握る光剣グラディウスは輝きを失い刃は落ちボロボロで今にも折れそうな状態の無惨な姿に変わっていた。
「いったい何が……?」
目一杯まで光のマナを集めて自身の力も加えた一撃をグーテスに叩き込む瞬間、周りを囲む結界がエーテルによって岩石に変化した。
四方だけでなく蓋をするように天井を覆っていたため岩石のドームが完成し一瞬で光を通さない暗闇の空間に変化した。
「信じられない事に中は闇の魔力に満たされていた。相殺されるようにグラディウスの魔力は弱まっていった。だが、倒せる力は残っている……はずだった」
普段から無表情で感情をあまり表に出す事がないレオの顔からは悔しさが滲んでいた。
「あいつの防御を砕く音は聞こえていた……現にあいつは倒れているじゃないか⁉︎」
指差した先のグーテスは身体を起こして立ち上がっていた。対してレオは同じ体勢で動けずにいた。
「グラディウスにかなり力を持って行かれたうえに……防がれた時の衝撃が跳ね返されたみたいに全身にダメージが……」
「防がれた……? 一撃で数千人を葬れるあの一撃をか……?」
その絶大な威力を知っているだけにたったひとりに止められた事は信じがたい事実だが、放った本人と朽ちかけの剣を見ると否定する方が難しく思える。
「お前そんな技使って周りが巻き込まれること考えなかったのか?」
レオとユリウスの前にはテコたちが揃っている。その中にはアウローラもいる。
「レオ、大丈夫ですか?」
安心させるために立ちあがろうとするが足に力が入らない。全身が硬直したように動かせなかった。
「返された衝撃はグラディウスがほとんど肩代わりしているが、ダメージは深刻だろう。意識を保っているだけでも大したものだ」
オリハは話をしながらグラディウスの欠片を丁寧に拾い集めている。
「しかしグーテス……お前何をした?」
オリハだけではなく何が起きたのかを知りたいと思う者は多い。あれこれ推測して議論している騎士の中には直接本人に聞きたいと願う者も少なくなかったから一斉に注目が集まる。
「えーと……外側を岩にして光を遮断すれば一時的に威力は弱まるかもと思ったのと、試合中ずっと闇のマナが増え続けていたから集めておいたのです」
レオは僅かだが驚いた表情を見せる。
「障壁は何枚重ねてもダメだと思ったので一点に集中させて集めておいた闇のマナを重ねてみました」
「マナの盾に属性を付与したのか?」
オリハの質問には手にしていた杖を見せて答える。
「このカドゥケウスのお陰です。マナを操作できても属性ごとの操作なんて今までやった事もなかったのですが土壇場で力を貸してくれました」
この言葉にはオリハも嬉しそうに笑い、想定していない挙動に興味が移りそうになるがグーテスの話は続く。
「幸運が重なってもあの攻撃には耐えられないと思ったので……賭けでしたが【魔力素子反転】を試してみたんです」
「それは君のスキルなのか? 攻撃が私に返ってきたのはそのスキルの効果という事か?」
「強い攻撃を受け止めた時、普段は大地に威力逃しているのですが流石に僕の身体が壊れそうだったので。以前から考えていた属性攻撃を跳ね返すスキルを……」
「お前スキルを創ったのかっ⁉」
流石のテコもこの話には驚き食い気味で尋ねる。
「いやいや、トムテと一緒に模索していた感じです。魔法を反射できるならマナ由来の攻撃もできるかなって」
笑って話すグーテスにソルフィリアが強い口調で嗜める。
「笑い事ではありません! 上手くいったから良いものの一歩間違えれば大怪我ではすまなかったのですよ⁉︎」
「ご、ごめん……」
グーテスの言葉にはテコも驚いていた。事象そのものではなくスキルに対してのものだった。
「【魔力素子反転】なんてスキル俺は知らないぞ?」
「確かアーカイブに載っているかどうかも探すの止めっちゃったんだよね?」
「まあ探すのが面倒ってのは否定しないけど、もう少し分析と検索できるようにしておくかぁ」
もう一人、驚愕で言葉を失っていた人物がいる。ユリウスだ。
グーテスの解説を聞いてしばらくは理解が追いついていなかったが漸く落ち着いて考えを整理できるようになるとグーテスに質問を投げかける。
「隣の彼女がいうとおり死んでいたかもしれないのに何故そんな賭けにでたんだ?」
「咄嗟だったので何も考えてはいませんでしたよ。周りに張った結界も破られそうで焦りましたが。あ! 【魔力素子反転】はあの時にも試して上手くいったのでちょっとだけ出来る自信はありました」
「ちょっと待って……僕たちを守っていた結界は他の誰かのモノじゃないの⁈」
「……えっと、……僕が始めから……なので岩石に変質もできました」
これにはレオも思わず口をはさむ。
「君はずっと結界を張って観衆を守りながら戦っていたというのか?」
「え……あっ⁉ いや、決して手を抜いていたとかではなくいつもの癖と言いますか、訓練や模擬戦をやるときは大体こうで……」
慌てるグーテスに助け舟を出したのはファウオーだった。
「彼には模擬戦の時に周りに被害が出ないよう結界を張ってもらうことが多いのです。いつの間にか観衆が詰めかけていたので無意識に……だろ?」
「……はい、そうです……」
それを聞くとユリウスは大きなため息を吐いて両手を挙げ降参のポーズをとる。
「はいはい勝負も賭けも……全部僕たちの負けだよ。で僕たちは謝罪すればいいの?」
「だったら……あたしたちと同盟を結んで!」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「この声は……セレナ⁉」
声の出どころはシエルが手に持つ通信魔道具からだった。
「ついさっき連絡が入って事情を説明したところだよ」
「通信用の魔道具だって⁈」
「なんだ、ユリウスおまえ知らないのか?」
「アレック……皇帝陛下!」
「お兄様⁉」
魔道具からは男性の声も聞こえてくる。
「レオ、よくアウローラを守り切ってくれた。礼を言うぞ」
「……」
突然の帝国皇帝からの声に騎士団一同も困惑する。
「勝負に負けたのであれば相応の対価が必要であろう。であれば帝国はゼピュロス・ノトス自治政府と同盟を結ぼう。アウローラ貴国で、セレナにはわが国で文化交流大使として滞在してもらいたいのだがどうだろうか」
対価と言いつつも互いにメリットもデメリットもある申し出である。肉親を差し出している点でいえば帝国側の誠意は感じられる。それでも持ち帰って回答したいところではあるがファウオーは即断即決で答える。
「わかりました。その申し出お受けいたしましょう」
「⁈ ファウオー……お前……」
「良いだろフラム。今は他国と争っている場合ではない。いい関係が築けられるならばその方が良い。陛下、正式な書面をかわすための使者をお送りします」
「話が早くて助かる、ファウオー団長。レオの傷が癒えたら帰国させてくれ。その時に一緒に来てもらっても構わん」
こうして帝国との国交が樹立。互いの文化や技術も交じり合っていくことになる。




