encounter
ユリウスはベルブラントに来てから一週間が経つ頃にはすっかり馴染んでおり完成間近の街をひとりで散策するようになっていた。
——見張りもつけないで自由にさせるなんて……と思ったけど街中に人が居て監視されている。でもちょっと甘いなぁ
「まぁそれでも攻め落とせないのならこちらが弱いだけかも」
大通りを歩いていると街に活気が溢れているのがよくわかる。帝都はベルブラントの何倍も大きく広い。その分人も物も集まる。周辺都市への流通網も整備されているから大陸随一といっても差し支えない。そんな大都市出身のユリウスから見てもベルブラントは良い都市だと思える。
この新都市は王都での政変と自治政府の樹立で人の流入が増えている。王都周辺の街はいつ戦場になるかわからない。遥か先にあった国境線がすぐ側に来ているのだから人々はどちらが安全か天秤に掛ける。
「共和国とも近いゼピュロスを選ぶあたり、王国の信用のなさが際立つなぁ。素人でもわかるぐらい戦力も高い。一般兵でもかなりのものだし、何より……そこそこの実力を持つ冒険者が多い」
街の隅から隅までありとあらゆるものに興味を示す。始めはスパイ活動の真似事でおふざけもあったが日を追うごとに自国の発展の為に観察を真面目に続けている。
「ああ、いた! ユリウスさーん!」
名を呼ばれて振り向くとグーテスだった。
「やあグーテス。奇遇だねぇ、こんな所でどうしたんだい?」
——こいつ、いつもピンポイントで探し当ててくるな。探知スキル持ちか?
ここまで走ってきたらしく少し息を整えてから要件を話し始める。
「セレナから……えっと帝国にいる仲間からの連絡で皇帝陛下の妹君がこちらに向かうため出立されたそうです」
「アウローラが……本当に遣わせるなんて。全くあの人は何を考えているのか……。分かったよ、報告してくれてありがとう。一週間ぐらいで着くと思うから準備をお願い」
「か、畏まりました!」
「ふぅ……彼女が来たら僕が帰らなくちゃいけなくなるじゃないか。もう少し居たかったのに……」
小声ではあったが意外と思える言葉をはっきりと聞いてしまい思わず声が漏れた。
「何でもないよ。それよりも君さ、バカ丁寧な言葉遣いは商人の出かい?」
本音を聞かれた恥ずかしさを誤魔化すように話題を変える。
「え、あ……はいっ! 実家が商会をやっていまして」
「ん? 待って、君……たしかグーテス・ウェッターっていったよな? 実家はウェッター商会なのかい?」
「は、はい……そうで……」
言い終わるよりも先に物理的な距離を詰めてくる。
「そういう事は早く言いなよ! 是非この街づくりの中心人物に話を聞きたかったんだ! 会わせてもらえないか?」
かなりの圧で迫ってくるが事情があって無理かもしれないと伝える。街づくりの中心人物といえば兄トルネオのことなのだが、情勢の変化による人の流入が増加し難民とならないよう最優先で手配を進めている。商会の業務に建設と移住の受け入れにと多忙を極めていた。建設も9割まで進み追い込み段階だっただけに人と会って話す余裕など無いだろうと思っていた。
何よりも彼の人生で唯一親友と呼べる人を亡くしたばかりだった。気持ちを紛らわせるには今ぐらい多忙の方が良いが、これ以上はオーバーワークになるとグーテスも心配していたのだった。
「そうかぁ、残念だな。アウローラが来るまでに落ち着いたらで構わないから話を通すだけでもしてもらえるとありがたい」
「わかりました。伝えておきます」
そんな話をしてから10日以上が過ぎるが、アウローラと呼ばれる現皇帝の妹は到着する気配がない。表向きには帝国との国交は途切れたままで街道らしきものは皆無であった。だが裏で取引するために幾つかのルートは整備されていた。人目を避けて最短で王国と帝国を行き来するには最適であり使わない手はない。
「おかしいなぁ。多分レオが護衛についているはずだから危険はないはずだけど……事故か?」
「ユリウスさん、ルートの特定は出来ますか? 動けない状況なら探しに行かないと」
「うーん、予想はつくけど確実じゃない……まさか今から君たちが探しに行くつもりかい?」
グーテスは振り返りテコを見る。同じようにしてシエルとソルフィリアも視線を送るが、どうなのかというよりも出来るのだろうという眼差しで見つめる。
「はいはい、いけば良いんだろ?」
面倒くさそうにはしているが助けるつもりで顕現している。その態度がかわいいと思ったのかシエルは顔がニヤけていた。
予想されるルートをユリウスから聞き出すとシエルはソルフィリアの手を、テコはグーテスの腕を掴んで飛び上がる。
「じゃあ迎えに行ってくる」
テコが飛び立つとシエルも後を追う。
「いや、僕も連れい……てもう見えないや。アイツは何者なんだ?」
ユリウスには天の声の存在自体をまだ明かしてはいない。当然テコの事も詳しくは話していない。ユリウスから見れば騎士の中に一際偉そうな一般人が紛れているようにしかみえない。
たまたま騎士たちの訓練相手をしている姿を見かけた事がある。片手で剣を振り回して遊んでいるようにしかみえず、団長が暗殺されて内部の混乱が収まったところなのに随分と余裕だなと感じた。
「そう言えば葬儀のとき……みんなを泣かせたスピーチをしていたのは……あっちだったのかな?」
面識はなかったが世話になる騎士団の元団長?――カウコーの葬儀に参列した。団員だけではなく沢山の人々に慕われた人格者なのは周りの声や途切れない参列者ですぐにわかる。
その中で最も印象深かったのは手向けの花を手にしたまま棺の前でしばらく立ち止まりカウコーに語りかけていた人物だった。何故かその声は耳に届き、その場にいる全員が聞いていた。
「不思議な体験だった。てっきりシエルってコが話しているのかと思ったが声が全然違うし……とにかく変な感覚だった」
不意に思い出したがその時の記憶が鮮明すぎて恐ろしくなる。
「よく分からないが期待して良いのか? ……いや、もう待つしかないのか」
散策はやめにして大人しく騎士団の詰め所に戻ることにした。




