Divide Ⅲ
シエルたちが王を連れて帰還するとグーテス、ソルフィリアはすでに戻ってきていた。
「おかえりなさい。ご無事で何よりです」
「ただいま。うん、大丈夫。ふたりも大丈夫だった?」
「はい、僕たちは大丈夫……というか、戦ってすらいません」
「そうなんだ」
周りを見渡すと騎士たちが慌ただしく物資を運んでいる。
「ベルブラントでの戦闘はかなり激しかったそうです。主にヘルマさんが暴れた所為……だとか」
いつもなら苦笑いでも浮かべながらなのに表情は冴えないままだ。流石にシエルもイルヴィアも何かあったのだとわかる。
「セレナは?」
彼女に何かあったのだろう事はわかっている。戦闘にはならなかったというのであれば怪我をしたわけではないと思いつつも不安が募る。だがソルフィリアもグーテスも理解ができないといった困惑の表情を浮かべている。
「セレナは……帝国に行ってしまいました」
ソルフィリアとグーテスはその時のことを思い出しながら説明を始める。
帝国との国境付近は過去に戦闘が幾度となく行われて荒野と化した地域がいくつもある。戦闘になりそうなポイントはテコが予めマーキングしていてすぐに転移できるようにしている。帝国軍がいると思われる場所に程近い地点まで三人はテコの転移で連れてきてもらっていた。
「じゃあな。お前らも気をつけろよ」
「わかっているわ。無理はせず足止めが任務だもの」
「こっちが片付いたら迎えに来るけど、ここのポイントは自動で戻れるようにして目印をおくから危なくなったらここまで逃げろよ」
テコを見送ると三人は帝国軍が展開していると思われる場所へと向かう。相手の規模は不明であるが王国内に侵入させないようにできれば良い、それがファウオーからの指示だった。
「にしても……軍勢らしきものは全く見えないわね」
「王国に攻めてくるなら数千……もしかすると万単位……」
しかし国境付近を高所から見渡しても軍勢などは一向に見られず情報はデマだったのか、それとも想定外の場所に潜んでいるのかと方々を探索する。
「広い国境沿いをちまちま探しても埒が明かないわね」
セレナはグラウリを呼び出すと赤い小竜は空を駆け上がりものすごいスピードで飛び立った。
「なるほど、グラちゃんに空から探してもらう……確かに効率が良いです」
「グラウリをグラちゃん呼びはフィリアだけよ」
空からの探索に加えてグーテスも自身の天の声トムテを呼び出すと大地の振動を聞き始める。
「付近に大きな振動はなし。移動せずに待機しているのかもしれませんが」
しばらくの間、移動しながら索敵を続けているとセレナがそれらしき影を見つける。
「どこですか?」
「割とすぐ近くに。でも……5人だけ?」
聞き間違いなのかと聞き返すが返答は同じだった。
「5人だけよ。馬に乗った騎士風の人が合わせて5人。並んで……多分国境線ギリギリのところに留まっているわ。とにかく行ってみましょう」
広い荒野に遮蔽物はなく、身を隠している場所からはかなり遠い。グラウリと視界を共有しているセレナには見えているが、他の二人には人影すら確認できない距離にある。
「どうします? 敢えて姿を見せて向かいますか?」
「伏兵がいて僕たちが三人だとわかった途端に出てくるかも……」
セレナは隠れていた場所から出て歩き出す。
「グラウリがいることがバレたわ。ひとりが撃ち落とそうとしたのを別の一人が制止してこっちに来いと手招きしてる。あの一番偉そうな奴が大将ね」
3人は周囲を警戒しつつ彼らの元へと向かう。グーテスの心配をよそに隠れられそうな場所はなく近づくほどに本当に5人だけの部隊なのだと思わされる。
視認できる距離に近づいても相手は微動だにしない。
屈強そうな戦士と魔法師、線の細い騎士風の人物と軍師らしき小柄な青年に囲まれて守られていた男は、セレナたちをみると囲みから出て馬を前にだす。
「遠くから俺たちをみていたのはお前たちか?」
「そうよ。あんたたちが帝国の《《軍勢》》なの?」
男は声に出して大笑いを始める。グーテスとソルフィリアは視認できる以前から警戒体制であるが、セレナは剣も抜かずにいる。
「俺はシデレニオ帝国皇帝アレクサンドリア・ウーヌス・シデレニオ。後に控えるは俺の腹心にして帝国の《《軍勢》》だ」
「ワシは確かに一騎当千。見た目の人数に騙されずに軍勢と呼ぶか、このオナゴは」
ゼノンは巨体を揺らしながら笑う。
「で、あんたたち何しにきたの? まさか観光に来たわけじゃないでしょう?」
少し挑発的な物言いに魔法師のアンテミウスが食ってかかる。
「娘、陛下に対して無礼だぞ! 口を慎め」
「良いじゃねぇかアンテミウス。相手もどこぞのお姫様かもしれんではないか」
「ゼノン! あなたはもう少し礼儀というものをですね……」
アレックスが手を伸ばして止める。
「構わん。戦場では無礼講だ」
戦場という言葉にグーテスは武器を握る手が強くなったがセレナは相変わらず戦闘体制を取らない。
——マナの動きもない。なんでそんなに落ち着いて……?
いざという時に守れるよう目の前の5人以外に周囲にも探知の網を張り巡らせ続けている。
「グーテスいいわよ、警戒しなくて。この人……戦う気がないもの」
「よくわかっているな」
「余裕で勝てるって思っているのでしょうけど、あたしたちが3人で来たことでただじゃ済まないってわかったのかしら?」
アレックスは返事をせずに笑っていたが、後にいる青年はため息をついている。
「陛下ぁ……もう帰りましょう? 義理は果たせたし、そこそこ面白かったでしょう?」
「我らは貴国の王族に借りを作ってしまってな。それを返すために国境線での軍事展開を要請されたのだ。あわよくばこちらを攻め滅ぼす気でいたのだろうが……5人だけで興を削いでやろうと思ってな」
「はは……確かにしてやったりね。いい気味だわ」
「奴にとっては拾えれば幸運ぐらいの考えなのだろうが甘いな。チャンスであれば全力で取りにいく気でなければ大陸制覇など夢のまた夢」
「大陸制覇? はぁ……なんで男ってそんなバカなこと考えるの?」
振り返って視線を合わせるセレナに不意を突かれてグーテスは警戒を解いてしまう。
「ぼ、僕がそんなこといつ、い、言いましたぁ?」
セレナとしては素朴な疑問としてこの中での少年代表として聞いたつもりだった。
「ああ……何か、ごめんなさい……」
「人の夢を笑うことはないだろう……ん? ……貴様、名は?」
セレナもそういえばと言われて名乗っていなかったことに気付く。
「ごめんなさい、あたしはセレナ・エリオット。ゼピュロス騎士団プロトルード部隊隊長よ」
「セレナ……か。セレナよ、一部隊長がたった2人を連れてここに来たのはなぜだ?」
「決まっているじゃない。帝国の《《軍勢》》を足止めしに来たの。余裕かと思っていたけど互角のようね」
この言葉にゼノンとアンテミウスが反応する。
「ほう……単純な人数差でも劣るが互角というか」
「聞き捨てなりませんね……私たちを前にして何を根拠に?」
グーテスが再び警戒を強める前に炎の弾丸がゼノンとアンテミウスをかすめて飛んでいく。セレナに両手の人差し指を向けられて二人は絶句する。
「面白いことができるのだなセレナ! 不意打ちとはいえ油断したなお前たち! 今死んでいたぞ」
大喜びのアレックスだが当人たちはバツが悪そうにしている。
「しかしこれだけの人材がいるにも関わらずあの男はわけの分からぬことをする。少しはデキる奴かと思っていたが……とんだ痴れ者のようだ。……セレナよ、帝国に来ないか? この国は遠くない将来滅ぼされる……いや自滅するだろう。あとは我が帝国をはじめとする周辺国が領土の取り合いを始める。そうなる前に一緒に王国を獲らないか?」
突然の誘いにアンテミウスだけではなく帝国軍師のユリウスまでも慌て始め、ゼノンは笑い出す。グーテスとソルフィリアも互いに顔を見合わせ唖然としていた。
「面白いわね」
セレナの声にその場の全員の視線が集まる。
「色々聞きたいこともあるし、帝国がどんなところか興味が湧いたわ」
振り返ってグーテスとソルフィリアに告げる。
「ちょっと行って情報を集めてくるわ」
「行ってくるわって……セレナひとりで行くつもりですか?」
「大変な時だから申し訳ないけど……何か行かなくちゃいけない気がするの。みんなのことお願いね」
ふたりを背に進もうとすると腕を掴まれて止められる。行こうとするセレナの手を掴んだのはグーテスで、そのまま言葉が出ずに視線を合わせるだけで精一杯だった。
「心配しないで。グラウリもいるし連絡も取れるから」
何がなんでも行かせたくはなかったが、きっとセレナはこの手を振り払ってでも行くだろう。弾丸のように真っ直ぐに突き進む時のセレナの目には迷いがなく、シエルに会うために騎士団に乗り込んだ2年前と同じ強さを感じて手を離してしまう。
「後ろのふたりは連れてこないのか?」
「ふたりはあたし以上の戦力だから今のゼピュロスには欠かせないの。だからあたしひとりで行くわ」
アレックスは自分の馬にセレナを乗せると振り返りグーテスに声をかける。
「心配するな、取って食いはせん。身の安全も待遇も保証する。国賓として扱おう。セレナが帝国にいる間はテネブリスに干渉しないことも約束しよう」
「口約束で何を信じろと⁉︎」
「確かに……外交でも商売でも口約束ほど信用できないものはないからな。ではこうしよう、我が妹を人質にゼピュロスに預ける。ただし王国にはくれてやるなよ。そうすればどうなるかぐらいはわかるだろう?」
「それも保証には……」
杖を握りしめたままグーテスが食い下がる。
「ならばユリウス、お前がこの者たちについて行け」
「はぁ⁉︎ 本気でおっしゃっています?」
「アウローラを寄越すまでの辛抱だ。それまで留学だと思い知見を増やしてこい」
「……嘘でしょう?はぁ……わかりました……」
「貴様の名は?」
「グーテス・ウェッター……」
「我が妹は貴様を頼りに向かわせよう。面倒見てやってくれ」
ゼピュロス騎士団本部の一室でユリウスは本を読んでいる。
「やあ、君が噂の<雷神>かぁ。僕はユリウス。以後お見知り置きを」
「あ、はい……初めまして、シエルです。よろしくお願いします」
ユリウスの処遇は保留のまま先に王と宰相との話し合いに臨み。ゼピュロス・ノトス自治区が樹立する。
「国を二分して王子と敵対するか……現状維持にはいいかもしれないけど。今は帝国と争っている暇はない。できればこのまま友好的な関係で居たい。手段としては賭けみたいなモノだしこの状況を予測なんてしていなかっただろうけど、結果としては上々だよね。あのセレナってコに感謝しなよ」
ユリウスは約1ヶ月の間ゼピュロスの賓客として扱われて過ごす。その間にベルブラントや王国内にもない技術などを目の当たりにする。帰国後は皇帝アレクサンドリアにゼピュロスとは国交を結ぶべきとして進言し同盟を結ぶことになる。




