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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 入学試験
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入学試験

 午前中の科目は筆記試験だ。

 教室はひな壇のようになっていて、教室全体は扇形をしている。教室を3つに分けるように4人掛けの長机が配置されている。

 受験票に記載された番号が机ごとに二人分、間をあけて貼られている。受験生はそれぞれ自分の番号を確かめながら席についていく。

 シエルも自分の番号が貼られた席についた。

『筆記なんて余裕だろ?』

「うーん……わかんない。論文で将来の夢とか言われらだったら苦戦するかも?」

『そんな作文みたいなテーマで論文とかあるか?』

「あと魔法術式もきつい。お父さんとお母さんに見てもらったら効率化し過ぎてて理解されるのにも時間がかかるって言われた」

『ああ、あれな。もっと省略できるけど、あれぐらいならわかるだろうって思ったんだけどなぁ』

「ウソ⁉ もっと省略できるの? もしかして陣自体を変えて術式を組めば……」

『お! いい線だ』

「やっぱり! 構築自体が面倒だなって思ってたんだよ。……あれをこうすれば……」

 などと言っている間に試験官が入ってきた。いよいよ始まる。

「それでは受験生の皆さん、試験を開始する前に……」

 注意事項やら不正の発覚は即不合格だとか説明が事務的にされていく。その間もシエルは俺との会話に出た術式を考えているようだった。

「それでは、始め!」

 いつの間にか配られた答案用紙と問題用紙には見向きもしていない。

『おーい、シエルさん。試験始まっちゃいましたよー』

「え、やばっ!」

 夢中になり過ぎて試験に落ちたらどうするのかという心配は無用だった。あっという間に解き終わって回答用紙の裏面に先ほどの術式を書き始めた。

 試験は複数科目を一気に解いていく。科目は国語、数学、歴史、宗教、魔法学、戦術理論、生物学、薬草学、鉱物学の9つから5つを選んで各80点以上で合格となる。

 得意科目から解くなど裁量とペース配分も試験の一つなのだろう。

 各科目は初級程度だからそう難しくはない。平民の学校でも行われる科目が多いから身分による有利不利はないだろう。

 午後からの実技が駄目だったとしても筆記試験合格の証はもらえるから科目次第では商人ギルドや官庁への職に就ける可能性がある。もしかすれば平民の受験生の中には筆記だけの合格を狙った者も多いかもしれない。

 平民と接する機会が少ないだけに、こういうところで変な気持ち悪さを感じてしまう。根底には身分格差による明確な不平等とお互いの差別意識がある。

 シエルが学校生活でそういう現実に直面する機会があればいい勉強になると思ったのは、俺だけじゃなく両親も同じだった。

 娘が傷つく姿は見たくないのが親心だろうけど、それを受け止める覚悟があるところにシエルの親があの二人で良かったと思える。

——でもまあ、シエルに差別意識がないから、世間の固定概念ごとぶっ壊すような気がしないでもないなぁ。

 校舎に入る前に出会った如何にも平民な少年にかける言葉でもそうだ。

——すべてを超えていくこの娘に【超越者】とかのわけわからん称号が付かないか気を付けておかなければ

 などと俺の勝手な決意表明など知らずにシエルは魔法陣を書き終え満足げな表情で終了時間まで熟睡していた。



 昼食をはさんで午後からは実技の試験に入るのだが、

「お母さんが持たせてくれたお弁当どこで食べようかなぁ……」

『確か教室以外なら食堂と中庭が開放されているんじゃなかったか?』

「そうなんだけどね……」

 どちらにするか迷っている。因みに教室で食べる選択肢はないようだ。

「うん、決めた!」

 悩んだ末に選んだのは中庭の方だった。

 校舎に囲まれた広々とした空間の中央には校舎ほどの高さの大きな木が植えられていて昼寝に向いていそうな木陰を敷いてくれている。花壇は幾何学的に配置されていて循環系魔法陣を形成している。一見ランダムに配置されているベンチも規則性を持っている。

——これに気付く受験生いるかな?

 周りを見回すと数十人の受験生らしき少年少女がいた。

 同郷や従者と一緒に昼食をとる者、午前中の筆記試験が上手くいかなかったのかうな垂れている者もいる。ベンチや花壇のブロックに腰掛けたり、芝生に寝転がったりと様々だ。

「ああ、ダメだ……」

 中庭へ出る渡り廊下でがっかりした表情でつぶやき、入る直前で足を止めた。シエルはちゃんと気がついたようで安心したが答え合わせのために聞いてみた。

『気が付いたのか?』

「ここに入ったらマナが吸われちゃう」

 近くにいて中庭へ行こうとした数人がシエルのつぶやきが聞こえギョッとした表情でこちらをみている。

「元からこうなのかな?なんでこんな事しているんだろう?」

 今日は魔術に関することに興味を惹かれすぎている。試験はおろか昼食のことまで忘れるほどに。腕組みして猫の手を口に当て、小首を傾げて意味不明な難問に思考を巡らせている。

 このままでは答えが出る前に昼食を取る時間がなくなりそうだったので助け舟を出すことにした。

『植えている花をよく見てみろ。色と並びで中央の樹に魔力を貯蔵している。多分だけど普段はベンチの位置と花を変えて少しずつマナを集めているんだろう』

「何で?」

『例えばあの樹に術式を組んで逆転させれば強力な結界を発動できる。発動権限があれば暴走した魔力をここに集めて吸収もできる。一種のセキュリティ機能だな。今日これに気が付かないでここに居たら午後の試験はヤバいかもな』

「ああ、なるほど納得!」

 疑問に対する答えが余程腑に落ちたのか、お腹が盛大になり出した。

『さっさと食べないと次が始まるぞ』

「食堂のメニューも気になっていたからちょうど良かった。行こう、行こう!」

 場所は既に確認済みだったようで早足で向かっていく。

 周りの人間には先ほどのやり取りはシエルの独り言にしか聞こえない。突如、不穏な言葉を吐いて疑問を口にし、勝手に得心して意気揚々と食堂へ向かう姿は入学前にして“変な奴”認定を受けることになってしまった。

 本人は気にしないだろうし、天の声と会話しているとわかれば変な誤解もされないだろう


 同年代の友達がおらず、接する人間が家族と使用人、あとは俺だけというのは今更になって良くなかったと思う。マイペースで人目を気にしないのは利点も欠点もある。

 元々の意志の強さもあって周りの意見に左右されずに己が道を突き進めるのは利点だろう。逆に集団生活で協調性がないと判断された場合、無用な軋轢を生み、それが障害になるようなことが起きるかもしれない。

——パーティじゃないとできないこともあったし……

 個の力で大抵は吹き飛ばす強さを持ってはいるが、

——シエル自身がそれを良しとしない場合に、心と力にどう影響するのか……?

 それは成長する過程で必要なことかもしれないと思ってはいても心配になる。

 シエルは俺の「天の声」としての導きを信頼してくれている。俺はその信頼に応えたいと思う。少しでも多くの幸せを手にできるように、と。

 だからこそ不安にもなるし、こうしておけばと思うこともある。

——俺のしていることは、本当にシエルのためになっているのか?

 ここまで何度も葛藤してきた。加速した思考を並列展開して有り余る膨大な時間を割いてきた。それでも、これで間違いないと思えたことはない。

 シエルの生みの母親を守れなかった負い目もある。自分の未熟さを感じるし、初めからもっと真面目にやっていればとの後悔もある。

——前世では俺、絶対にこんなこと思わなかっただろうなぁ

 記憶がないから分からないが、なんとなくわかる。これが魂に刻まれた記憶という奴なのだろう。


 ぐるぐると廻る答えのない問いから抜け出す時は決まってこれだった。

「おお、見たことない美味しそうなメニューがいっぱいある! デザートまで豊富とか、ここは天国なのかな?」

『いや普通の学食だよ。メニュー表だけで美味しそうとかいうなよ』

「だって字面がすでに美味しいでしょ?」

『相変わらず訳がわからん理論を……』

 天真爛漫でいつも自然体な彼女の振る舞いや笑い声がいつも俺を勇気付けてくれる。

「大丈夫だよ。ここならきっと上手くやっていけると思う」

 まるで俺の考えを読んでいるかのように呟くことがある。

「だってこんなに美味しそうな食堂があるんだから!」

 俺の勘違いだったのか?

 最近は違う意味で将来が不安になることが増えてきた。




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