05:フットワーク
「ロビングの素振り、フォアハンド」
「はいっ」
「……よし、次バックハンド」
「っはいっ!」
僕は今日も須狩ジュニアの練習に来ていた。佐竹さんの前で、前回の練習からずっと続けていたロビングの素振りを披露する。
「いいねぇ〜、純平くん。お世辞抜きで、すごい上手だよ」
「ありがとうございます!」
「これなら想定より早いけど、フットワークの練習に入れるかな」
「フットワークというのは、バドミントンで一番重要なものと言っても過言じゃないんだよぉ。なんといっても羽に追いつかなきゃ打てないからねぇ」
佐竹さんはそう言いながら、なにやらシャトルをコートの真ん中に置いている。
「よし、純平くん。コートの真ん中にあるシャトルを、前の右左、真ん中の右左、後ろの右左の6ヶ所に置いて、また真ん中に戻すまでのタイムアタックをしよう。純平くん、50m走のタイムは?」
「7.5秒です」
「おぉ、小五で7秒台か! はやいねぇ! じゃあ、自分が一番早いと思う方法で、シャトル置きやってごらん」
◆◆◆
僕はコートの真ん中に立った。足元にはシャトルが6つ並んでいる。
「よーし、いくよぉ! よーい、スタート!」
僕はすぐに足元のシャトル一つを引っ掴んでコートの右前にダッシュした。シャトルを置いたら、背中を返して真ん中にダッシュで戻る。
「はっ、はっ、はっ」
ようやく六ヶ所に置いた頃には、もう僕の息は切れていた。
「よーし、置いたやつを真ん中に戻せ〜!」
「うげぇ……!」
「ぜー、ぜー、ぜー」
ようやく終わった。僕は膝に手を着いて必死に息を整える。
「よし、タイムは〜、……1分32秒! ……じゃあ次、俊太郎やってみようか」
「おっしゃー! おれがフットワーク教えてやるから、みとけよ! じゅんぺー」
「はいはい、もうスタートするぞぉ。よーい、スタート!」
佐竹さんがスタートの指示を出すと、俊太郎はいつもの生意気な顔を瞬時に真剣な表情に切り替え、体勢を落としてトトトンと子気味良いリズムで足を運ぶと、体勢を落としたままシャトルを置いた。しかも、僕が置いたシャトルは大体が倒れていたのに対し、俊太郎の置いたシャトルはぴしりと立っている。
そのまま俊太郎はバックステップで真ん中に戻り、次の場所へとシャトルを運ぶ。素人目に見ても、綺麗なフットワークだった。
「よぉ〜し、いいね俊太郎。タイム、55秒」
「よっしゃぁー! みたか、じゅんぺー!」
「小三に、スピードで負けた……」
「あはは、フットワーク覚えたらすぐ1分切れるようになるよぉ。よし、まずは前のフットワークからやろう」
佐竹さんがシャトルを片付けようとする。僕は俊太郎のフットワークを見ていて気になったところを尋ねてみた。
「佐竹さん。あの、俊太郎が真ん中に戻ったあと軽くジャンプしていたんですけど、あれってなにか意味があるんですか」
佐竹さんはシャトルを集める手を暫し止めたあと、こちらを驚いたように見つめた。
「……純平くん、よく見ていたねぇ……。いいね、センスがあるよ」
そのまま佐竹さんはさっさとシャトルを纏めると、コートに僕を手招きした。なんだか、明らかに火がついたような様子で、こちらにも伝播して気持ちが入った。ラケットをぐっと握り直した。
「純平くんが言っていたのは、リアクションステップって言われる技術だね。これをすることで、相手の球への反応が早くなる。例えば、右に行きたいとする」
佐竹さんはラケットで右を指し示すと、軽くジャンプをし、トトンと着地したと思えば既に一歩右に進んでいた。
「純平くん、今僕がどっちの足から着地したか、見てた?」
「左足、です」
「正解! 行きたい方向と逆の足から着地すると、体の軸が反対側に倒れるから、自然と行きたい方向に足が出るだろ? よし、やってみよう〜」
僕も試しに軽くジャンプし、右に行くと意識しつつ左足から着地してみた。なるほど、聞くのとやってみるのは全然違う。こういうことかぁ。確かに体の軸が右側に崩れた感じがして、一歩目が出しやすい。
「うんうん。純平くんは右利きだから、フットワークでは右に行く時も左に行く時も、基本的に一歩目は右足を出すことになると思う。だから着地は〜?「左足から!」よろしい! これを踏まえて、フットワーク、やってみようかぁ〜」
◆◆◆
「ほっほっ……、こうですか?」
僕は今佐竹さんに教わった前のフットワークを、ゆっくりながら確かめるように一歩ずつやってみた。
「うん、いいね! よし、そのままロビングの素振りを続けて〜」
僕がフットワークの最後のポーズ、ネット前で右足を大きく前に出した状態になった所でそう言われた時に、今のポーズが今までやってきたロビングの素振りのポーズと同じことに気づかされた。
「えっと、円を描くように〜」
フォン! と僕のラケットがロビングの素振りに合わせて風切り音を立てる。
「よしよし! じゃあ、次はもっとなめらかにフットワークから素振りを繋げてみよう」
「はい!」
そうは言ったものの、足と手の連動は想像より難しかった。慣れないリズムに手間取りつつ、何度か挑戦していると。
トトトッ フォンッ
「おっ」
自分でも滑らかにフットワークからロビングの振りが出来たように感じた。
「今の良かったよぉ〜! もう純平くんもバドミントンプレーヤーだねぇ」
にっこりと笑って佐竹さんはそう言った。自分でも、バドミントンというスポーツに少しずつ近づいている感じがして、存外嬉しかった。
◆◆◆
その後、前の左右と後ろの左右、そして真ん中の左右のフットワークを一通り軽く教えてもらったところで、僕の今日の練習は終わった。ポールの片付けを手伝おうとしていると、1コートだけネットがまだ残っていることに気づいた。
そのコートでは、勇人さんと早苗さんが試合をしていた。
パァン。大きくクリアが上げられると、勇人さんが小六の男子の体躯からは考えられないような鋭いスマッシュをコートの隅に放つ。それを早苗さんは事も無げに対角のネット前にふわりと落とす。それに勇人さんは飛びつくが、間に合わず。羽はぽとりとコートに落ちた。
「ゲーム! うん、悪くない試合展開だったね」
審判の佐竹さんがゲームセットを告げると、周りで見ていた子達が直ぐにネットを撤収した。勇人さんと早苗さんは佐竹さんにアドバイスを聞きに行っている。
僕は、とても興奮していた。2人のレベルがあそこまで高いとは知らず、追いつけるか不安に思った部分もある。でも、1つ1つのプレーは、オーバーヘッドの素振り、ロビングの素振り、そして、前後左右のフットワークで説明できるじゃないか。
もちろんまだよく分からないショットやプレーもあった。しかし、初めて体験に来た時にぼけーっと眺めていた試合よりも、ずっと多くが頭に入ってきた気がした。僕はバドミントンが分かってきたな。自惚れとは知りながらも、そう思えた。
「おい! じゅんぺー! さなえ見てニヤニヤしてないで、早く片付けろよ!」
後ろから俊太郎の声がしたので一瞬びくりとして
「う、うるさいぞ! いま行くよ!」
と投げやりに返事をして器具庫に走った。