04:本入会
体験練習を終えた帰り、母親の車の後部座席に座って窓枠に体を寄りかからせながら、純平は今日の練習のことを思い返していた。
美しい素振り、ラケットが羽を打つ快音、するどいスマッシュ。それらは純平の網膜に焼き付いて離れなかった。
あれらを体得できたら、どんなにいいだろう。
『本気でバドミントンを続けてみる気はないか?』
佐竹さんの言葉への返答は、純平の中ではとっくに決まっていた。
◆◆◆
「ということで、この前体験に来てくれた羽田純平君が本入会してくれましたぁ〜! これからよろしくねぇ」
「よろしくお願いします!」
「じゅんぺー! さなえ目的かー!」
「ちっ、ちがうわ!」
こうして、俊太郎に野次られながらも純平は須狩ジュニアバドミントンクラブの一員としての生活をスタートさせた。早苗は純平と俊太郎の掛け合いを無視してコートを眺めていた。
◆◆◆
「ダッシュ5本〜!」
佐竹さんがよく通る声で号令を出した。
準備体操が終わり、純平達は体育館の端から端までをダッシュするメニューをこなしていた。
「や、純平くん。よろしくね。僕、6年の勇人」
ダッシュの列に並んでいる所で、僕は隣に並んでいた男の子に声を掛けられた。
「よろしくお願いします」
「君、早苗ちゃんのこと好きなの?」
げほっ。思わぬ所からの口撃に僕は思わず噎せてしまった。
「そ、そんなんじゃないですよ!」焦って返す。興奮して顔は紅潮していた。
「ふーん。ま、それならいいけど。早苗ちゃんの事は諦めた方がいいよ。彼女そういうの興味無いし」
それに……と勇人さんは続けた。
「そんな動機でバドミントン続けてもどうせ長続きしないしね〜」
じゃ、お先に〜。と言って勇人さんはスタートした。気づけば僕らの番が既に来ていたようだった。負けじと純平も走り出した。
僕は何だか無性に腹が立っていた。そんな邪な思いでバドミントンを始めたんじゃない。この綺麗なスポーツを心底やりたいと思えたから、始めたんだ。
野球少年だったこともあり、純平は足には多少自信があった。そして、純平は負けず嫌いだった。
「うぉぉぉぉお!!」
すぐに勇人さんを捉えると、そのまま抜きにかかった。
「おぉ!? ……やるねぇ!」
勇人さんも負けじとスピードを上げる。僕ら2人は、他の人をぶっちぎって倒れ込むようにゴールした。
「ぜぇ、ぜぇ、ぼくの、勝ちです、」
「いやぁ、ぼくが、さきに、着いたかな」
息も絶え絶えに2人で言い争っていると、呆れた様な顔で早苗が近づいてきた。
「もうそろそろ次のダッシュですよ」
「「ぁ」」
このあとめちゃくちゃダッシュした。
◆◆◆
「よし、それじゃあ、体験練習のときを思い出して、オーバーヘッドの素振りからやってみようかぁ」
体育館の端で、純平は素振りの練習を始めていた。
指示を出した佐竹は、純平の振りを見て瞠目した。
(前回よりも、更に洗練されている……!)
「純平くん、前回から素振りは続けていたのかい?」
「はい、毎日家の中で、タオルを振ってました。野球をやっていた頃そうやっていただけなんですけど」
佐竹は暫く黙ると、こちらを眺めていた早苗に声をかけた。
「早苗ちゃん〜、純平くんの振り、どう思う?」
「……私の振りを鏡で見ているようで気持ちわるいです」
「き、きもちわるい……!?」
視界の隅でショックをうけている純平をよそに、佐竹は少し思案して。
「よし、純平くん。オーバーヘッドストロークは合格だ! 今日は、ロビングの素振りをやってみよう」
◆◆◆
「ロビングは球を下から打ち上げる振りだ。さ、円を描くように下からすくい上げて〜」
ロビングの素振りは純平にとってオーバーヘッドストロークほど簡単なものではなかった。オーバーヘッドストロークは野球をやっていた純平にとってあまり新しい動きでは無かったが、片足を前に出して手でラケットを下からすくい上げるような動きは、全く未知のものだった。
純平は佐竹の素振りを食い入るように見ているが、どうにも手首の動きが分からない。首を傾げる純平を見て、佐竹はある事に思い至った。
「あ、僕純平くんにラケットの持ち方教えてなかったや〜」
◆◆◆
「ごめんねぇ〜、オーバーヘッドの素振りがあまりに上手いから忘れてたよ、純平くん、初心者中の初心者だったね」
「は、はいぃ」
最初のステップを教わっていなかったことに若干げんなりしていると、佐竹さんは僕に右手を差し出してきた。
「純平くん、はい、握手」
「え、ええ?」
僕が反射的にその手を握ると、佐竹さんは「そのまま手の形を変えないで」と言って手を離し、代わりにラケットを握らせた。
「これが基本の握り方、イースタングリップ。面を立てるように持つんだ」
「そして、手首を立てて、手首を体の内側と外側に旋回させる。これを、回内・回外というんだ。これが、バドミントンに於いてすご〜く大事な動きなんだよぉ」
そのまま佐竹さんは「見ててねぇ」と言うと、コートに向き直り、近くに落ちていたシャトルを軽く放りあげて、そのまま手首の回内運動だけで打ち抜いた。
ドバァン! と、轟音と共に打たれたシャトルは物凄いスピードで飛んで行って、地面に2、3度バウンドした。
「ね、バドミントンは手首のスポーツなんだよぉ。家でタオルで素振りする時も、手首の向きを想像しながらやってみてねぇ」
僕はこくこくと頷きながら、佐竹さんにビンタされたら首ごと持っていかれそうだなぁなどと思うのだった。