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03:成長

「はぁ〜、すごいよ、純平くん」


 佐竹は感服したように漏らした。純平のフォームは体験初日にして、数年目の経験者と見紛う程であった。


(この子は、とてつもなく目が良いんだな)

 佐竹は、純平の成長スピードの理由を見抜いていた。純平は、相手の動きをくまなく見取って、それを自分のものにしていた。


(だからこそ、だな)


 佐竹は、この時期のフォームの固定が後に与える影響の大きさを知っていた。


(責任重大だなぁ……。むしろ、ここまで真似する能力が高いのなら、トッププロたちのフォームを真似させるのもいいかもしれない)

 佐竹はそう考えると、手に持った端末でプロのバドミントンの試合の動画を流し、純平に見せた。


「純平くん、これが世界トッププロのフォームだよ。どう思う?」

 佐竹がそう尋ねると、純平は端末画面をしばし食い入るように見つめた後に、

「かっこいい、と思います。でも、今は、早苗さんのフォームを真似したいです。すごく、綺麗に思えたので」

と答えた。


 佐竹はその答えにはっとさせられた。

(そうだ、何を焦りすぎていたんだ、佐竹。筋力がない小学生にプロの振りを真似させても意味が無い。むしろ、基本に忠実な振りを覚えさせるのが先決じゃないか)

 気が急いていた自分を戒め、佐竹はその後も純平のフォームにアドバイスを続けた。

 佐竹武蔵、41歳。不惑を超えても、教育者としてはまだまだ成長段階であった。




◆◆◆




 橘早苗には気になることがあった。それは、今日初めて体験に来た年上の男子のことである。


 コーチに呼ばれて素振りを軽く見せたら、信じられないほどの集中力で見つめられたことは、普段男子に全く興味を示さない早苗にとっても少し気にかかっていた。


(なんなんだろう、あのひとは……)


 自分の練習に集中しつつも、早苗は視界の端にいる初心者の純平を意識してしまっていた。

 しかし、ちらちらと純平の様子を見る度に、その素振りの完成度がぐんぐんと上がっていることに気がついた。


(……なに、あれ)


 才能があると言われてきた早苗でさえ、あそこまで早くフォームが完成した記憶はない。彼女は純平の方を見つめながら、自分の理解の範疇を超えた事象に考えをめぐらせていた。






「早苗、声出ししろ〜」

「は、はい」



「……へ〜」

 自分の番が近くなっても意識を他のものに移し、羽出しの大人に注意される早苗を見て、俊太郎は面白いものを見てやったというような顔をしていた。




◆◆◆




「ここまで来たら、もうショットの練習に混ぜて貰ってもいいねぇ」

佐竹さんはそういうと、コートを指さした。


「今みんなが打っている、高く奥までのショットは、クリア と呼ぶんだよぉ」

「クリア……」

「今やった振りは覚えただろ? よし、行ってこい! ハセさん、この子にもノック出しよろしくね〜」

「わわっ」


そう言って佐竹さんは僕をコートの方に押し出した。ハセさんと呼ばれた男の人の前には5人ほどが並び、10本ずつクリアを打って交代していた。


「じゅんぺー、おれの後ろにならべ!」

「うん」


 俊太郎くんに呼ばれたので素直に列に入ると、俊太郎くんは笑いながら、

「おれのやり方みてな!」

と言ってコートに入っていった。



(うぉ、すごいなあ、小学三年生なのにあんなに飛ぶのか)


 俊太郎くんは、振りこそ早苗さんに比べたら大振りだけれど、シャトルをコートの奥までしっかり飛ばせていた。

 俊太郎くんのノックを静かに見ていると、ハセさんが大きな声で

「おぉ〜い! カウントぉ!」

と叫んだ。後ろで早苗さんが

「ノックの数を数えるんです」

と教えてくれたので、慌てて、「ご、ごー、ろーく、しーち、……」とカウントしながら、ノックを見ていた。



「お、お願いします!」

「よォ〜し、いくぞ!」


 ハセさんはそう言うと、高くシャトルを打ち上げた。

(こんなに高かったのか……)

 そう思いながらも、僕はさっきまでやっていた素振りを思い出していた。


(半身を引いて……肩は下げず……)


「お」

ハセさんが驚きの声を漏らした。周りの子供たちも、思いのほか様になっている純平のフォームを驚きとともに見ていた。



(シャトルは見える。よし、ここだ!)



 ぶぉん! 僕は大きくラケットを振った。

 1拍後に、僕の後ろにぽとりとシャトルが落ちた。


(しゃ、シャトルは見えるのにタイミングと距離感が分からん!!!)


「じゅんぺー、だせーぞ!」

「う、うるさいぞ!」






「なーな」ぶぉん! ……ぽとっ

「はーち」ぶぉん! ……ぽとっ

「きゅーう」ぶぉん! ……ぽとっ


(だ、ダメダメだ……全然当たらない……)


 微調整しているつもりではいるものの、面白いほどにラケットにシャトルが当たらなかった。


(あと1球……)


 僕は静かに深呼吸して、シャトルを見つめた。


(落下点を見極めて、入れば良いのか……? ……なんだ、フライのキャッチみたいなものじゃないか)


 何かを掴んだ気がした。



 ぱぁん!



 気持ち良い破裂音が体育館に響いた。


「やった、当たった!」


「あー、いいショットだったが……ライン超えてるからアウトだな!」




◆◆◆




「じゅ、10本中9本空振りで1本アウト……」


 僕は意気消沈していた。


「僕、才能無いかもなぁ……」

「純平くん、素晴らしかったよぉ〜」


 後ろから、低く響く声が聞こえてきた。

「佐竹さん」

「最初はみんな、当てるだけに意識を集中してしまうんだよ。だから、フォームはぐちゃぐちゃになってしまう。純平くんは、素振りのまましっかりと振れていた。これって、すごいことなんだよぉ〜」


「あ、ありがとうございます」


そのまま佐竹さんは真剣な顔になって続けた。


「純平くん、君は本当にバドミントンの才能がある。本気でバドミントンを続けてみる気は無いか?」

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