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14:裏技と裏話

 葉山ジュニアの子との会話を終えて、少しもやもやしながら須狩ジュニアの座席に戻ると、俊太郎が帰ってきていた。


 俊太郎は椅子に深く座り、頭にタオルを掛けて俯いていた。


 いつも明るくはしゃぐ俊太郎からは想像できない姿だ。


 そっと俊太郎の隣に座った。俊太郎の奥には奏弥が座っている。


「……13点の時のドロップ、凄かったよ。上で見てた僕も騙されたし、いいショットだった」


 俊太郎に声をかけた。数拍置いて、タオルの奥から涙ぐんで鼻にかかったような声で俊太郎が答えた。


「……でも、負けたら意味無い。しかも、サーブミスだし」


 すると、隣で聞いていた奏弥が声を上げた。


「ああ、そうだな。俺ならあそこでサーブミスはしない。まだまだだな、おまえ」



 俊太郎はタオルを引き剥がして立ち上がった。


「はあー? 奏弥もこのまえサーブミスしてたじゃんか! それにこのまえもおれ奏弥から1セットとったし!」


「いや、負けたら意味無いんだろ? 俺が卒業するまでに俺に勝てるようになるといいな、無理だろうけど」


「いや、よゆうだし!」



 依然涙声ではあるが、俊太郎の表情は明るく、いつもの様になってきていた。奏弥の発言はこれを見越してのものだったのかな。さすが、長い付き合いだけあるなぁ。奏弥には敵わない。


 僕は、須狩ジュニアの絆を見たような気がして嬉しくなった。








 しばらくして、啓介がラケットバッグを背負って立ち上がった。


「お、啓介試合?」


「いえ、まだしばらくあるんですけど、少しストレッチをしてからいこうと思って」


 啓介の発言に少し引っかかるところがあった。


「あれ? メインアリーナ内はストレッチとかランニングとか禁止じゃなかった?」


 僕の言葉を聞いた啓介は表情を変えず


「ええ、そうですね。でも、裏技があるんですよ。純平も来ますか?」


と言い、ニヤリと笑った。


「裏技……!? 行く!」




◆◆◆




 僕と啓介はメインアリーナの出口まで来ていた。


「あれ、こっち出口だよ」


「いや、出口からは出ません。こっちの階段を降ります」



 啓介がメガネを直しながら壁際を指し示した。見ると、そこには地下に降りる階段があった。



「ええ、こんな階段あったんだ。これ、どこに行くの?」


「メインアリーナじゃない所です」


「いや、そりゃそうだろうけどさあ」


 しかし、僕がそう言うと啓介は振り向いて笑いながら言った。


「まだ意味がわかってないみたいですね。行ったら分かりますよ」







 階段の下には長い通路が続いていた。リノリウムの床にバドミントンのシューズでキュッキュと1歩ずつ音を立てながら2人で歩く。


「見えました、目的地です」


 啓介が指さしたのは、サブアリーナと書かれたプレートだった。


「サブアリーナ?」


「ええ、サブアリーナです。純平、ストレッチしちゃいけないのはどこでした?」


「メインアリーナ……あ!」


 僕が気づくと啓介は先を継いで言った。


「はい。つまりサブアリーナはメインアリーナじゃないからストレッチしていいんです。しかも、メインアリーナの試合呼び出しのアナウンスはサブアリーナにも流れるから遅れることは無いですしね」



 なんだか屁理屈のような理論に僕は苦笑いした。

「啓介ってもっとルールに厳しいタイプかと思ってたよ」


 すると啓介は逆に自信をもったような様子で


「僕は規則に盲目的に従うのは愚かだと思ってますから」


と言った。


「啓介は難しい言葉を使うなぁ。そういえばこのまえ、ゲームの裏技も教えてくれたっけ」


 張り切って規則の穴を見つける様子は僕のイメージと違ったけれど妙に啓介らしくて、笑ってしまった。



◆◆◆



 2人でストレッチをしながら、啓介に気になっていたことを尋ねる。


「啓介は、真澄蓮くんと話したことある?」


 啓介は何でもないことのように答えた。


「ああ、ありますよ」


「そっかぁ。……あるの!?」


 僕が急に振り向くと、啓介は面食らったような表情をして、続けた。


「まあ1回だけですけど、昔葉山ジュニアと須狩ジュニアで合同練習をしたんですよ。早苗さんのお姉さんがまだ須狩ジュニアにいた頃ですね」


「早苗さんのお姉さん? 聞いたことある気がするけどあんまり詳しく知らないかも」


 すると啓介は、あ、と口に手を当てたあと、しばらく逡巡して口を開いた。


「あんまりこの話題は須狩ジュニアじゃ出さないんですけど、純平は知っておいた方がいいですね。」






「早苗さんのお姉さん、橘楓花さん。今は6年生です」


「小6? じゃあまだジュニアにいるんじゃないの?」


 思った疑問を口に出す。


「はい。ただ、楓花さんはお父さんの転勤に伴って隣県に移ったので今はいないんです。楓花さんが小学4年生のときにこのABC大会で全国優勝した後、いなくなりました」


「えぇ、全国優勝?!」


 思わず立ち上がってしまった。そんなに凄い人がお姉さんだったなんて。

 早苗さんの目を思い出した。何か遠い目標を見ているような目。いつも驕らずに真剣なのは、高すぎる目標を達成している人が身近に居たからなのかな。



「楓花さんは本当に強かったですからね。なぜか小学4年生以降はどの大会にも出ていないみたいですが。ただ、噂では最近聖フラリエ中の練習に来ているらしいです」


 また、その名前を聞いた。聖フラリエ中学。全国でも有数の強豪校らしい。早苗さんもそこに行くのかな。


「なんで隣県から聖フラリエ中まで来てるんだろう」


「さぁ……。名門校だからというくらいですかね」


 2人でストレッチをしながら話していると、サブアリーナの通路にアナウンスが響いた。


『試合番号、BA-21からBA-30の子は、選手待機所まで来てください』


「あれ、啓介何番?」


「僕は……23番です!」


「おぉ! 急げー!」


 急いで立ち上がり、啓介はむんずとラケットバッグを掴む。僕と啓介はサブアリーナからメインアリーナに通じる道を並んで走っていった。

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