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14/15

13:葉山ジュニア

 試合が終わり、僕は皆のいるアリーナ席に戻ってきた。


「戻りましたー」


「おう、おかえり純平! 良かったぞ」


 ジュニアの大人の人たちにも褒めて貰えたのでほくほくしながら席を眺めると、人が少ないことに気づく。奏弥や啓介もいない。


「あれ? みんなどうしたんですか?」


「ああ、いま俊太郎の試合をやっててな、みんなその応援に行ってるよ。見た感じ結構ピンチなんだよ、荷物見ておいてやるから純平も応援行ってやりな」


「なるほど! わかりました! 何コートですか?」


「8コートだ!」


 その声を聞くと、僕はすぐに俊太郎の試合の近くの席に向かった。




◆◆◆




 俊太郎の試合の真上のアリーナ席には人だかりが出来ており、須狩ジュニアの皆も来ていた。


「啓介! 俊太郎の試合、どんな感じ?」


 コートをじっと見つめていた啓介はこちらの声で振り向いた。


「純平ですか。試合お疲れ様です。今俊太郎は……1セット目を取られて、2セット目でも8-5で負けていますね。……なかなか苦しいです」


「トーナメント運も悪かった。まさか1回戦で葉山ジュニアと当たるなんてな」


 奏弥がぼやくように言ったその一言に、僕はつい反応してしまう。


「葉山ジュニア? 真澄蓮のいるところじゃないか!」


 すると、僕の発言に、隣で応援していた子がしかめ面でこちらを振り向く。


「みんな真澄蓮、真澄蓮てさ。葉山は真澄蓮のためのジュニアじゃないっての」


 見ると、その子のゼッケンには葉山ジュニアの文字があった。


「ま、そっちも橘早苗のためのジュニアみたいなもんだし、おあいこか」


 その子は続けて、皮肉めいた口調でそう言ってきた。


「あ?」


 奏弥が青筋を立てているのを感じ、僕は焦って場を宥めようと口を開いた。


「ご、ごめん! 僕初心者だし、あんまり考えてない発言だったよ。下で試合やってる子も上手いし、きっと名門ジュニアだと思ったんだ」


 そう言うと、その子はバツが悪そうに頭をかいた。


「……君は悪くないよ。こっちの早とちりだった。下で僕らの相手してる君らのジュニアの子もなかなか上手いしね。……正直、須狩ジュニアが強いのは知ってる」


「お、ツンデレか? 男のツンデレはきょうびウケないぞ」


「奏弥は一旦黙ってろって……!」


 奏弥を押さえつけながら、僕は葉山ジュニアの子が真澄蓮に強い拒否感を示すのに少し違和感を覚えていた。こちらとしてもあまり葉山ジュニアを侮った文脈で真澄蓮の名前を出した訳ではない。普通、同じチームの仲間の名前を出されてあんなに反応するだろうか?


「純平、奏弥。試合を応援しましょう。俊太郎はなかなか波に乗ってきましたよ」


「おお!?」


 僕らの会話をよそに、俊太郎は自分のペースを掴み、追いついてきているようだった。


「がんばれぇ、俊太郎!」








◆◆◆





 14-12、試合は相手のマッチポイント。試合の緊張感がこちらにも伝わってくる。


「1回戦の試合じゃないよ……」


 誰が呟いたか、そんな言葉が聞こえる。


 上から見ていても激しい攻防だった。相手は4年生らしく、俊太郎よりもかなり身長が高い。それでも、俊太郎は必死にくらいつく。


 もう俊太郎のフォームも崩れてきていて、半ば根性で動いているような様子だった。しかし、それは相手も同じだった。双方、いつミスショットをしてもおかしくない状況である。

 そして、ついにその時は来た。


 相手のロブが浅く俊太郎の上に上がる。


(今だ、いけ! 俊太郎)

 心の中で叫ぶ。


 俊太郎が力強く構える。そして……


 放たれたのは、ドロップだった。相手の虚をついたショット。シャトルは相手に1歩も反応させず、地面に落ちる。



「ぃやったぁああ! よぉーし!」

「いいぞぉ、俊太郎!」



 俊太郎の得点。しかし、まだ13-14、1点ビハインドで相手のマッチポイントだ。油断はできない。


「ここ1本、集中ー!」


 奏弥が大きな声で応援する。



 俊太郎がゆっくりと手を前に出してサーブを構える。打つ。


 シャトルは、ネットに阻まれて落ちた。









「最後、サーブミスか……もったいねぇな」


 奏弥が悔しそうに額に手を当てる。


 これがバドミントンの、勝負の世界か。あんなに華麗に決めたドロップも、サーブミスも、おなじ1点。ということを、強く伝えられたような気がした。






「危なかったけど、勝てたな。なかなかいい試合だった」


 葉山ジュニアの子が席を立つ。



「あ」


 少し気になる事があるのを忘れていた。僕も席を立ち、葉山ジュニアの子を追いかける。





「ごめん! ちょっといい?」


「ん?」


 通路をしばらく行ったところで追いつき、声をかける。


「ああ、君か。どうしたの?」


「うん、えぇと。たぶん、僕が聞くべきじゃない話だと思うんだけど」


 僕は気になっていたことを口に出した。


「真澄蓮くんて、葉山ジュニアではどんな感じなの?」




 反応は顕著だった。相手は怒ったような表情をした後、諦めたような顔をした。


「また、あいつか。……真澄蓮は、もう葉山ジュニアのやつじゃない」


「え? どういうこと?」


「あいつはもうほとんど葉山ジュニアの練習に来てない。俺たち、同級生なんて眼中にないんだ。あいつは、中学校の練習に行ってる」



◆◆◆



「聖フラリエ中。あそこ、あいつの父親がコーチやってるから、練習に参加させてもらってるんだ。


……君も1度、あいつと喋ってみれば分かるよ。天才さまは、こっちの事なんて1度も見てないってね」


 相手はそう締めくくると、「じゃあ、また」と足早に去った。



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