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13/15

12:初公式戦

 開会式が終わり、僕達は体育館から流れ出ていく。


『それでは、試合を順次コールしていきますので、選手の皆さんは準備してください』


 来た。いよいよだ。体育館の端に置いておいた自分のラケットとタオルを入れたナップサックの紐を掴みながら、僕は会場のコールに耳を凝らした。



『-須狩ジュニア、羽田純平くん。中野バドミントンクラブ、林翔太くん。第2コートに入ってください』






◆◆◆






「いよいよだねぇ、初試合」


 コールを聞いた佐竹は、純平の肩に手を置いた。


「さ、第2コートだ。いこうかぁ!」


 そう声をかけるも、返事がない。肩に置いた手から、純平がガチガチに緊張していることが伝わってくる。さて、どうしたものか。佐竹は、長年の経験から、先ず体を動かすことが大事だと考えた。


「よし! 純平、相手より先にコートに入るぞぉ! コートまでダッシュだ!」


「うぇっ……ええ!?」


 佐竹は純平の背中をバシッと叩くと、コートに向けて駆け出した。純平も、遅れないように必死について行った。




◆◆◆



「お! 純平が呼ばれたみたいですね。どこだろう」


「あ、出てきた。……なんであんなに全力疾走してんだ」



◆◆◆




「はぁ……はぁ……なんでダッシュしたんですか」


 息も絶え絶えに、純平がコート脇に荷物を置きながら尋ねる。


「ん? いい準備運動になっただろ〜?」


 それに対し、佐竹はなんでもないように答えると


「いいか、純平。相手は、しょーじき言って啓介よりも弱い。啓介とあそこまで戦えたお前なら、いけるよ」


と言った。


 実は佐竹は相手選手のことなど全く知らなかった。しかし、この言葉で純平の心が幾分か上向きになったのも事実だった。




◆◆◆




「お願いします」


 お辞儀をしてコートに入る。コートの後ろには佐竹さんが座っている。

 相手の子は、僕より身長が少し低くて、眼鏡をかけている。体格的には負けていなさそうで、少し安心した。


「じゃんけん、ぽん」


 じゃんけんをして最初にサーブをする人を決める。僕はじゃんけんで負け、相手はサーブを選択した。


 主審から相手にシャトルが渡されると、相手は大きくロングサーブを打った。


 え? もう、試合が始まったのか。まだ準備できていないけど!


 とにかく打たれたサーブには対応しなければならない。腕を弓のように引き、体重をシャトルに込めて思い切りスマッシュを放つ。


 大きな破裂音と共に放たれたスマッシュはそのままコートに突き刺さった。そして、相手の子はぽかーんとしていた。


「あれ?」



「あ〜〜」

 佐竹さんの声が後ろから聞こえた。


「ごめん、純平。教えてなかったけど、試合の前は数ラリークリアを打つんだよぉ」


 なんだって。全力でスマッシュを打ったのが、すごく恥ずかしくなってきた。僕は顔が熱くなっているのを感じながら、相手の子に「初心者なので、分からなくて打ってしまいました! ごめんなさい!」と謝った。




◆◆◆




「初心者なので、分からなくて打ってしまいました!」


 ネットの前で顔を赤くして謝っている少年を見て、中野バドミントンクラブの監督は驚愕した。


(初心者……だと? あのスマッシュが?)


 中野バドミントンクラブは強豪クラブという訳でもなく、ゆるくバドミントンを楽しむ目的でやっているが、決してクラブの教え子が弱いとは思っていなかった。しかし、今のスマッシュ。はたして、あれより強いスマッシュを打てる子が、うちのクラブにいるだろうか。


(それに、フォームも綺麗だった)


 1番不可解なのはそこだった。初心者といえば、持ち方もぐちゃぐちゃでシャトルに目線ごと体が持っていかれたようなフォームで振るのが普通だろうと考えていた。しかし、今の相手の少年のフォームは、経験者と比べても遜色ない。


(こりゃあ、うちの林じゃあ、厳しいかもな)


 監督は既に、負けたあとの選手のフォローのことを考えていた。




◆◆◆




「ゲーム! ワンバイ羽田純平くん、須狩ジュニア。15-7、15-4」


 初めての公式試合は、なんとあっさり勝ってしまった。ラリーも平均2回程度しか続かず、相手のショットも奥まで届いていなかったので、かなり楽に決めることができた。


「ありがとうございました」


 半ば泣いている相手の子になんだか申し訳ない気持ちになりながら、ネットの下に手を出して握手する。


 コートの外に出ると、佐竹さんが拳を突き出してきた。1拍置いて意図に気づき、拳を合わせる。


「やったねぇ、純平! 公式試合初勝利、おめでとう」


「ありがとうございます!」



 これが試合での勝利か。なんだか、試合の喧騒に包まれた体育館の中で、自分が周りの子より1歩先に進んだような気がして、気持ちよかった。

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