11:開幕
5月初頭。ついに、大会の日がやってきた。
「じゃあここで下ろすから、先にみんなのとこ行ってなさい」
「うん! ありがとう!」
母親に送ってもらい、体育館の前で車を降りる。タオル、着替え、そして水筒を入れたリュックサックとラケットケースを掴む。身につけているのは赤いユニフォーム。背中には「須狩ジュニア 羽田純平」とゴシック体で印字されたゼッケンがついている。
車から降りて辺りを見回す。沢山のユニフォーム姿の子供で体育館前の広場は混雑している。しばらくして、ちょうど「柊嶺アリーナ」という大きな看板の前に僕と同じユニフォームの集団がいるのを見つけた。
「おーい! おはよう、みんな」
「おせーぞ! 純平」
「おはようございます、純平。緊張はあまりしていないんですか?」
「啓介。あー、どうなんだろう、まだ実感が湧いてないから緊張してないけど、わくわくはしてる」
そういうと啓介は「純平らしいですね」と苦笑した。
「お! 純平が来たなぁ〜。よぉし、じゃあ皆に要項配るから、見ておけよぉ〜」
佐竹さんは皆にプリントを配り出した。見るとそれは開会式の時程やアリーナ席のどこに座るかの割り当て、そして2ページ目からはトーナメント表が載っている。
須狩ジュニアの選手には佐竹さんがあらかじめ蛍光ペンでマークしてくれているみたいだ。僕の名前を探すと、意外にもそれはすんなり見つかった。トーナメント表の左上から数えてすぐ下の方にあったのだ。
「お、あったあった」
「純平どこだ? ……あちゃぁ、第1シードに近いじゃねーか」
「第1シード?」
奏弥に尋ねると、奏弥はトーナメント表を指し示して説明してくれた。
「簡単に言ったらトーナメント表の4つ角のやつらはめちゃくちゃ強いんだよ。そんで、左上のやつが1番強い。それが第1シードってやつだ。今回の第1シードは……やっぱり、真澄蓮か」
「真澄蓮……? あっ!」
聞いた事がある名前だと思ったら、この前調べためちゃくちゃ強い子じゃないか! そんな子と試合をするかもしれないなんて……!
「啓介、僕緊張してきたかも……」
「もう遅いですよ。純平が2回勝てば真澄蓮と試合できるみたいですから、とりあえず真澄蓮と試合することを目標として、あとは真澄蓮にめちゃくちゃにされて来てください」
「うぇぇ」
冷たいことを言う友人の肩にもたれ掛かりながら、僕はトーナメント表のその先に目を通していった。
「あ! 早苗さん、女子3、4年の部で第1シードだ」
トーナメント表の左上にマークされた橘早苗の名前に気づいた僕は、声を上げた。
「まーそりゃそうだろ、3年の時にも地区予選優勝してるからな」
なんだかだんだん早苗さんの凄さが分かってきたような気がする。僕みたいな初心者が一緒に練習していい人じゃないのかもしれないな。そんな事を思いながら僕は柔軟体操を1人黙々としている早苗さんの方を見ていた。
◆◆◆
8時45分、体育館の入口が解放されて、小学生、引率の大人たちがどどどどっと中になだれ込んでいく。
「僕達は南階段から上がるよぉ〜! 付いてきてね〜」
佐竹さんが他のジュニアにも聞こえるような大きな声で引率する。人の波に飲まれないように必死について行き、階段を上った。
自分たちの座るアリーナ席に荷物を置くと、直ぐに佐竹さんは指示を出した。
「このあと9時から開会式だから、みんなシューズを履き替えて体育館に降りるように〜! あ、あと純平は多分最初の方の試合だからもうラケットとか持っていこう」
「え、えぇ〜!」
まだ心の準備ができていないが、どうやら僕はもう試合が終わるまでこのアリーナ席に戻ってくることはないみたいだ。
そう考えるとなんだか俄然緊張してきた。まずい!
「おい、あいつガチガチになってるぜ」
後ろで奏弥の声が聞こえる気がするが緊張でよく耳に入らない。
「……心配ですが、まあなんとかなるでしょう。なんとかならなくても面白いですし」
「おい! 啓介のは聞こえたぞ! 失礼な!」
軽口を叩くが、僕の鼓動は速いままだった。
◆◆◆
『これより、全国小学生ABC大会の県予選会を始めます!』
前に立ったおじさんがマイクで開会宣言をする。僕らは体育館に並んで立っていた。
『選手宣誓、葉山ジュニア、真澄蓮』
「はい」
遠くで澄んだ声の返事が聞こえた。真澄蓮。前に調べた時も顔は出てこなかった。どんな子なのか、一目見てみたい。そう思い、目を凝らす。
出てきたのは、線の細い美少年だった。サラサラとした髪は男子にしては少し長めで、耳の下あたりまで伸びている。身長も小5にしては高く、手足もスラリと長い。
(あれが、真澄蓮)
全国大会レベルの猛者。やはり、オーラが違う。なんだか人を惹きつけるなにかを持っていると、感じさせられた。
真澄蓮くんは選手宣誓をそつなくこなすと、一礼して自分の列に戻った。ぱちぱちと拍手をしながら真澄蓮くんを見ていると、少し目が合ったような気がした。