10:アドバイス
「「アドバイスお願いします!」」
僕と啓介は2人で佐竹さんに頭を下げた。
「うんうん。一旦、お互いのプレーがどうだったか
話してみようかぁ。啓介、純平はどうだった?」
「はい。純平はクリアも初心者にしてはよく飛ぶし、スマッシュやドロップも結構良かったです。フットワークも早いから油断出来ませんでした」
「え! そうだった?! ありがとう!」
啓介はこちらを横目でチラリと見て照れくさそうな顔をすると、そのまま続けた。
「でも、基本的にショットのコースは狙えてないし、ヘアピンも付け焼き刃で全く怖くなかったです。結構点を取られてしまいましたが、次はこんなに取られません」
啓介の言葉の刃が突き刺さり、僕はぐぅと呻くしかできなかった。佐竹さんが困ったように眉尻を下げる。
「ははは……。付け焼き刃なんてよく知ってるね。まあそう言わずに。なかなか純平のヘアピンも悪くなかったけどねぇ、教えてないのに大したもんだよぉ」
佐竹さんはそのままにこやかに続けた。
「スマッシュが結構拾えてたのもよかったねぇ。フォームは別として、やっぱり純平はすごく目がいいみたいだ」
「ぁ、ありがとうございます!」
「ただ、コースを狙えてないってのはそうだね。まだそういう練習をしてないから当然だし気に病むことはないけど。これからはコースを意識した練習を増やしていこうかぁ」
佐竹さんはそう言うと、剃り残しのある顎をしょりと撫でた。
「じゃあ、逆に純平は、啓介のなにか気になるところはあるかい?」
「えっ……。うーん、特には……。ヘアピンが上手かった、とかですかね」
「うん! 途中のクロスヘアピンは良かったねぇ。でもちょっと気になるところもあったな」
佐竹さんは啓介に目を向けた。
「啓介、ラウンド側に上げられたときはほぼドロップ、フォア側の時はほぼスマッシュと、ワンパターンになってたよ。ラウンド側のフットワークをあと1秒早くしたら、あそこでスマッシュが打てるね。あとは、……」
佐竹さんはそのまま啓介のプレイの指摘を続ける。実際に試合をしていた僕でも分からなかったようなものばかりだ。なんだか恥ずかしいような思いになる。
「……とまあ、啓介も純平も、学ぶべきことがたくさん見つかった試合だったね! 彼を知り己を知れば百戦危うからず。純平も、これからは全試合で相手にアドバイスするつもりで臨むように! いじょ〜う!」
佐竹さんはばちんと大きく手を合わせた。
◆◆◆
それからしばらくして。僕はコート脇に立っていた。線審、ラインのジャッジをする役割だ。目の前では奏弥と俊太郎が試合をしている。みんな、試合の時は人が変わったようにぴりりとした緊張感を湛えている。線審は、試合を左右する重要な役割だ。練習試合といえど、初めて線審をやる僕に務まるだろうか。手にじっとりと汗をかく。
「純平、そんなに固くなっちゃだめだよ」
後ろから肩に手が置かれた。それは佐竹さんだった。
「さっき、相手にアドバイスするつもりで相手を見ろって言っただろ? 線審もおんなじ。見てみて」
佐竹さんは眼前の試合を指し示した。
「選手と同じ目線で試合を見れることなんて、まずないんだよぉ。線審はプレッシャーもあるけど、チャンスでもあるんだ。一本一本、自分ならどうするか、とか色々考えながら見ないと、折角のチャンスが勿体ないだろぉ?」
1m先で試合をしているのを見ることができる。確かにそう言われてみれば、線審ってすごく贅沢な特等席なのかもしれない。
最初は俊太郎の素早いフットワークに翻弄されていた奏弥だったが、だんだん自分のペースを取り戻し、今は逆にスマッシュでラリーの主導権を奪っている。
今も、鋭いスマッシュをクロスの端に決めた。
「うぉ〜!」
「うぉ〜じゃねーよ。ジャッジしてくれ、純平」
「あ、ごめんごめん、えへへ」
僕は慣れないながらも、「イン」のサインとして、右手をびしっと前に突き出した。
◆◆◆
練習が終わり、美佐子は駐車場に停めてある車に乗り込んだ。後部座席にバドミントン用具を積んだ純平が反対側の助手席に座る。
「……今日の試合見てたけど。すごかったじゃない」
美佐子は先程の啓介と純平の試合を思い返し、そう話しかけた。
「ありがと。でも、色々足りないところがあるからさ、それも分かって良かったよ。僕、もっと上手くなれそう」
純平は笑った。いつもの息子の大人びた雰囲気とは真逆の、年相応の子供の笑顔だった。
それを見て、美佐子は、純平がもう野球のことなどとっくに振り切っていることを真に理解した。本当は、試合を見た時に気づいていたのかもしれない。けれど、美佐子は自分の選択に自信が持てていなかった。
(この子は、野球の代わりなんかじゃなくて本当にやりたいことを見つけたのね)
心を縛り付けていた何かが、解け落ちた気がした。
(この子は前を向いてるのに、いつまで私がいらない気遣いしてるのよ。私は、息子の全力を応援するのが仕事でしょうが)
ばちんと頬を叩く。純平がギョッとして美佐子を見た。
「ど、どうしたの」
「車を運転するのに少し眠かったから、眠気覚ましよ」
美佐子はエンジンキーを力強く捻った。