表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/26

【第8話】緑の領地

「もう大丈夫よレイン!あなたも隠れていないで出てきなさいよ、

 新鮮な空気が美味しいわよ!」


 ガタガタと揺れる馬車の荷台から身を乗り出して、黒髪の少女が風に髪をなびかせながら雲一つない、晴れた青空を仰いで言った。


「ちょっとレイン、あなた(すす)で髪が真っ黒よ?せっかく綺麗な銀の髪が台無しじゃない」


「だってアズサ、積荷の隙間は狭いし揺れるしで、隠れるだけで精一杯だったから……」


 黒の国(ブラクリー)の領地を抜けて、2人の少女を乗せた行商の馬車は、ゆっくりと未開拓の中立領地を横断していた。


「お嬢ちゃん達、馬車はこのままナターリア領に向かうがどうするかい?」


 ナターリアはブラクリーの隣接に位置する豊かな自然と山林に囲まれた緑の領地、

 通称『翡翠(ヒスイ)の国』。


「このまま乗せてってもらってもいいですか?」


「勿論構わんよ」

 御者はそう言って、アズサに向かってピースした。


「追加料金で2割上乗せだってさ、レイン」

 え、2割って


「ちょっと、アズサいいの?」


 確かお金はあの時全部、黒の国を出る前に御者に渡して、財布は空になった筈……

 ってまさか!

「乗り逃げするつもり?!」


「やーねレイン、そんな事しないわよ」

「じゃあどうやって」

 疑う僕にアズサが耳打ちをした。


「領地に入っちゃえばこっちのもんよ、心配しないでレイン、ここは私に任せなさい」



 ※※※※※※※※※※


「なにぃ?追加料金が払えんだ!?」


 ひ、ひいぃ!

 町に着き、お金が無いと言う僕たちに馬車の御者は大激怒。


「ごっごめんなさいッ!」

 鬼みたいな形相で怒る御者に、僕の体は(おび)えて(すく)む。(ほらアズサ、やっぱり悪いことしちゃいけないじゃない)


 しかしアズサは涼しい顔で、僕の肩をポンと叩くと

「大丈夫、交渉してくるから」と御者と2人で近くにあった酒場に入って行った。


 ※※※※※※※※※※


 賑やかなナターリアの町通り、そこに1人残された僕は、路肩に停めた馬車の荷物番をさせられる。

 そんな僕を、隣りでじーっと見張る馬車の馬。


 何だよその目、「逃げようものなら噛みつくぞ」なんて意志の感じる目をしてる。


 失礼しちゃう!アズサを置いて逃げるわけないじゃない!


 ーーでも、本当に大丈夫かな……


(心配しないでレイン、ここは私に任せなさい)


 アズサはああ言ったけど、御者(相手)は相当怒っていたし……

 やっぱりとっても心配だよ……


 そんな気持で2人が出てくるのを待ってると。


「おい!そこのあんた」

 ?!

 後ろから誰かに声を掛けられた。


 振り返ると、そこには見知らぬ男の子が1人、じっとこっちを見つめていた。

 どうしたんだろう、年齢はおそらく10歳くらい。流石に迷子って年じゃないよね?


 短く均等に切り揃えたサラサラのおかっぱヘアーの栗色の髪に、まるで小鳥のさえずりが聴こえてきそうな透き通った緑の瞳。

 仕立ての良い襟付きの服に短パン姿で、

(スンスン……) それから何やら甘い香りが。


 見た目から物乞いってわけでもなさそうだけど……


「きみ「あんた、どの国の商人だ?」

「えっとぼ「いや、商人には見えないな、旅行客?それとも旅人か?」


 喋らせろよ!


 男の子は無遠慮に僕の体を眺め回すと

「帰れ!」


 いきなりそんな言葉を吐き捨てた。


「な、何よいきなり!」


「いいから帰れ!ここはあんたみたいなよそ者が来る領地(ばしょ)じゃない!

 いいか?忠告はしたからな!」

「あっ……ちょっと!」


 男の子はそう言うと、人混みの中へと走り消え去った。


 な……「んだよあのガキ!」生意気な!

 僕は思わず激怒した。


 いきなり話しかけてきて、それで帰れだ忠告だ?!


 プルプルと手を拳にして震わせる。


 一体何様のつもりだ!?僕を誰だと思ってる、

 僕はヴァスギニア領主の息子、レイン・ヴァスギニアだぞ!!


 こんな場所(ところ)で、馬車の番でもしてなけりゃすぐにでもとっ捕つまえて、お父様の権力でぎったんぎんたんにしてやーー


(ヴァスギニア領主毒殺されたし)


 ーーハッ……!

 一瞬、脳裏に燃えるヴァスギニアの旗が駆け抜けた。


 ……そうだった。僕の故郷(ヴァスギニア)はもうーー


 途端に胸の奥がしゅん、となってしゃがみ込む。


 ブルブルと震える体。


 賑やかで人の多い町通りのはずなのに、発作的にとてつもない孤独感に襲われる。


 ……そうだ、僕はレイン……唯のレインだ。


 通行人が時折僕の方を見て通り過ぎる。


 スッと晒す目冷たい視線、革命で地位も権力も失った僕を、もう誰も守ってなんかくれないのだ。


 首にかけたペンダントを抱きながら、僕は体の震えを必死に抑えた。


 やだ……こわい……独りはいや……


「早く……早く戻ってきて……アズサ…………」



 ※※※※※※※※※※



 カランカラン♪ (……!)

 アズサ!


 しばらくして、2人が店から帰ってきた。


「ーー確かに、ここは黒の国(ブラクリー)じゃないからな、上手くいけば注目は間違いなしだ。

 しかし、よくこんな物を手に入れたもんだぜ」

「ね?彼女のは特別なのよ。だから成功したら……」


 まだ何か話してる。


「ああわかってるさ、少しぐらいは分け前をくれてやる」


 得意気なアズサに頷く御者。

 2人の表情からして、どうやら交渉は上手くいったみたいだ。


「アズサ!」

「お待たせレイン!」


 アズサがにこっとこっちを向いて微笑んだ。

 はうっ……アズサ! 体の震えはいつの間にか消えていた。


「上手く交渉できたんだね?!」


「ええレイン!あなたのおかげよ」

「流石アズサ!



 ……え?」


 僕の……()()()……?


 悪い顔で笑う2人に、僕はごくりと固唾を呑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ