第1章最終話【第7話】それでも明日はやってくる
タンタンタン!
足音が響く。
僕は息を切らせながら真っ暗な道をを走っていた。
タンタンタン!
『レイン、君を追放する』
『レイン・ヴァスギニア、懸賞金一千万ゴールド!』
逃げなきゃ……ここから出なきゃ!
遠くから光が刺す。
やった、光だ!ここから出れば逃げられる!
タンタンタン!
『逃げられると思うなよ……この猫どもが!』
追っ手に捕まる!早く逃げなきゃ!
逃げて、逃げ延びて
ここじゃない場所に……僕は
タンタンタン!
僕は!!
ーータン!!
でもそこに、僕の居場所なんてあるのか?
「 ナナシ!! 」
……ハッ!
※※※※※※※※※※
「ぼーっとしてどうしたのよ、大丈夫?」
気がつくと、黒猫が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
周りは賑やかな昼の商店街。
猫の宿から逃げ出した僕たちは、街から離れたブラクリーの裏店通りに来ていた。
「ほらナナシ!あなたの服、どっちがいいかしら」
「僕はフリフリした服はちょっと……それにお金、僕持ってないから買えないよ」
「それなら心配御無用、ほら!
店を出る時にあの店主の財布もついでに貰ってきたから心配いりません。
結構入ってるわよ、ひーふーみー……」
「そ、それって泥棒じゃ」
「なに言ってんの、これは私たちのお給料よ!退職金も込めれば安いもんよ」
僕たちはここで何をしているのか、それはここへ来る前、逃げ出した直後に遡る。
※※※※※※※※※※
「ハァ……ハア……ここまで来れば大丈夫!」
黒猫が肩で息を切りながら言った。
宿から迷路みたいな裏道を通って、彼女と辿り着いたそこは暗くて人気の無い小さな集落だった。
「……ここは?」
「ここ?私の産まれた町。無人街に見えるけどちゃんと人は住んでるわよ?気配を消しているだけでね」
気配を消して……つまり隠れて生活しているのか。
なんか気味が悪くて辛気臭い街。
僕は彼女に案内されて住宅街の中にある少し大きな屋敷へ入った。
入ってすぐ目についたのは壁沿いにずらりと並んだ大きな棚と沢山の本。
「図書館……じゃないよね?」
「ええ、ここは私の住んでた家。
代々魔法使いの家系だったから、棚の本は殆ど魔法関係の書物ね、でもどれも必要ないから埃を被っちゃってるんだけどね」
本をと取りに来た訳ではないらしい。
「ねえナナシ、あなたはどうしてブラクリーなんかに来たの?」
……え?
「別に答えたくなければいいのよ、大体ここに来る人って訳ありばかりだから、でも何となくナナシは訳ありでも、人殺しや盗賊とはまた違って見えたから」
「……僕は行き倒れていた所を男に拾われてここに連れて来られたんだ」
「その男って、全身黒ずくめの男?」
「そうだけど、知ってるの?」
「私もその男に捕まってあの店へ入れられたからね。ジード・ルガルカン、黒い噂ばかりの男よ。あいつのおかげで、私の今までの苦労が……」
ジード・ルガルカン、それがあの男の名前なのか。幸か不幸か、男とは店を最後に会うことは無かった。
結果僕は魔法で姿を変えられたまま逃げ出す事になった。
「ナナシはこれから何処か行く宛でもあるの?」
「えっ、僕は……」
行くあてなんて無い。
だから僕はこの先が不安で仕方がなかった。
お金も無いし、すってんてんだ。
うぅ……どうして僕がこんな目に……
「あった!これを探してたのよ!空き巣に入られてなくて良かった!」
彼女がとても嬉しそうに棚のの中から取り出したものを僕に見せた。
「なにこれ……ポーチ?」
「正解!でも、ちょっと不正解。これは唯のポーチじゃない。超高級アイテム、魔法のポーチよ!
これ1つで馬一頭分の荷物が入るんだから、旅の必需品なのよ」
「旅って……ここから出ていくの?!」
「勿論!元々私は人探しの旅に出る為にお金を稼いでいたからね」
「人探し?」
「そう、ブラクリー屈指の魔法使い、
暗闇の魔法使いを探す旅よ」
彼女は突如ブラクリーから姿を消した1人の有名な魔法使い、暗闇の魔法使いを探す為、街のカジノでディーラーとして旅の資金稼ぎのため働いていたらしい。
すり替え魔法なんかを上手く使って順調に旅に必要なお金を稼いでいた彼女だったが、ある日ふらりと現れた黒い男、ジード・ルガルカンにゲームで負けて多額の借金を負い、猫の宿に入れられていた。
「おかげで一文無しになったけど、後悔しても仕方がないし、お金がなくたって旅はできる。
正規の手段で領地から出ることができなくなる分、危険は多少覚悟しないといけないけどね」
あの宿から出ても、彼女には目的があった。居場所が無くなってしまっても、ここを去る動機があった。
しかし僕はどうだろう……宿から出ても……
お父様を殺した反乱軍、ヴァスギニアから追放したルークたちに復讐するか?
そんなの力の無い僕がどうやって……
「行くあてがないなら、私と一緒に旅しない?」
え、僕も一緒に?
彼女の言葉に僕は耳を疑った。
「嫌ならいいけど、この先どうすれば……って先の見えない目をしてたから、それにブラクリーにいたらあなたきっとすぐに捕まって店に連れ戻されちゃうと思ったから」
まるで感情が読めるのか、彼女の言葉にはドキッとすることが多い。
そうだ僕は追われる身、捕まったらきっと酷い目に合うに違いない。
「でも、僕はお金だって、何も持ってないし……一緒にいたら迷惑ばかりかけると思う」
「消極的なのね、自分に自信が無い?
それとも、何か原因があって自信を喪失してしまったって感じかしら」
……
「私は別に構わないわよ?」
「え、どうして」
「だってあなた可愛いじゃない」
僕は色々考えた。自分のこと、彼女のこと、
でも馬鹿な僕の頭では、自分が生き残ることしか考えられなかった。
生きる為に、彼女の良心を利用しようと思っての答えだと思う。
「僕も一緒に旅をしたい」
※※※※※※※※※※
そんな訳で、今僕たちはブラクリーの裏店通りで旅支度の用意、食料品や衣類などを見て回っている。
「チーコの実と干し肉は日持ちがするから沢山頂戴、あとあそこにあるドライフルーツもお願い。
ちょっと!?どさくさに紛れて中に魔草の粉なんて入れたら激おこなんだから!」
隙あれば客を常連客にしようとする食べ物屋。
「このナイフ、魔鉱石って書いてあるけど全然魔力を感じないじゃない!細部の作りも雑すぎる、それなのにこの値段?冗談じゃない!偽物なら偽物らしく安い値段にしてくれなきゃ買えないわ!」
道具屋の看板商品は全部偽造品……(僕は見分けがつかなかったけど)
彼女がいなければ、僕がこのブラクリーで生活するなんてとてもじゃない、無謀な考えだと痛感した。
でも、僕は彼女が信じられなかった。
「ねえ、どうして?」
「何?何か言った?ナナシ」
「だってこんなどこの馬の骨かもわからない僕に気をかけてくれるなんて……疑わないの?僕のこと」
頭も良くて、器用で魔法の腕も確かで、そんな彼女が僕を何の疑いもなく旅に同行させるだなんて
「疑ってほしいの?」
「……それは…」
「そんな顔をするあなたを疑って何になるのよ
あ!御婆さんそのレーズンパン売って!私とこの子の分で2つ!」
「はいよ、毎度有り!」
真上にあった太陽は、気がついたらもう夕日に変わっていた。
旅に必要な物を沢山買って、とても2人では持ちきれない量だったけど、それは彼女の持ってきた魔法のポーチの中にすんなりと収まってしまった。
成る程凄い……これは本当に旅の必需品だ。
「ーーそういえば、自己紹介がまだだったわね」
旅支度を終えて一息つくと、彼女は僕の方を見て言った。
「私の名前は アズサライト・アメジスタリート・アスモデート。
長いからアズサでいいよ、あなたは?」
「僕はナナシ……です」
「それは店での名前でしょ?そうじゃなくて本当の名前」
本当の名前……
「名前は?」
レイン・ヴァスギニア、それが僕の名前。
でも、ヴァスギニアの名を知ったら……
「僕はれいん。唯のレイン」
ごめんなさい……
「そう、唯のレイン……。
よろしくね、レイン!」
真っ赤な夕日がブラクリーの街を緋色に染める。
明日の早朝、僕たちは荷馬車の中に隠れてこのブラクリーの外に出る。
夕日を見つめるアズサの瞳は、少し寂しげで、それでいて何か覚悟を決めたような、そんな決意が感じられるようで、夕陽に反射したその赤い眼はメラメラと緋色に揺れていた。
※※※※※※※※※※
「ねえレイン、こっち向いて目をつぶってくれない?」
「え?どうして?」
「いいから、目を閉じて」
ジャラ……。
首に何か冷たいものが触れる。
なんだろう?
「よし、目を開けていいよ」
彼女の声に
僕はゆっくりと目を開けた。
「……!これは」
首を伝う銀のチェーンに胸元で揺れる小さな宝石、夕日の光を反射して、それはキラキラと海色に輝いていた。
「あなたの瞳と同じ、青い蒼玉の魔法具。
私の魔力が少しだけど入ってるから、危ない時にレインを守ってくれるし、魔力が無いあなたでも、簡単な魔法なら使えるようになるわ」
「これを……僕に?」
アズサはにこりと笑って頷く。
何故だろう、プレゼントなんて、今まで沢山貰ってきたし、それは当たり前の事だったし、嬉しいとは思っても、それ以外の感情は特に無く、いや、そうじゃなくて……
何だろう……胸がきゅーっと切なくなって、
寒くないのに、体の震えが止まらない。
視界がぼやけて、アズサの顔がよく見えなくて……
僕の中で、張り詰めていた何かが、パン!と音を立てて弾け飛んだ。
「ちょっと、どうしたのよレイン!!
もしかしてその目の色。コンプレックスとかだった?!
ごめんレイン、私……」
涙が出て止まらない。
なんで……僕……
アズサが震える僕を支えながら、不安な瞳で僕を見る。
どうしてアズサが謝るの?そんな顔しないで……!
僕は嗚咽ばかりで上手く話せない唇を舌で濡らして、彼女を安心させようと、必死で呼吸を整える。
「違うよ……アズサ、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「嬉しくて……もう、誰かに優しくされることなんか、ないって思っていたから」
なんとか言葉を絞り出すと、再び感情の波が押し寄せて、今度は声を押し殺すことができないまま彼女の前で……
「ちょっとレイン!そんなに泣くことないじゃない、ね?」
アズサは少し戸惑いながらも、僕を落ち着かせようとぎゅっと優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よレイン。
レインには私がついてるから……あなたの過去に、何があったのかはわからないけれど、
私はあの場所で、あなたと一緒だったからこうして外へ出られたのよ?」
「……そんなの……僕だって……」
僕は肩を震わせてしゃくりあげる。
「もう!そんなに泣いてちゃ、可愛い顔が台無しじゃない、それにレインが泣いてちゃ……私だって悲しくなっちゃう」
「……アズサが……悲しくなる……?」
「そう!感情って、人にうつるんだから。
目の前でひとが悲しい顔をしていたら悲しくなるし、笑っていたら嬉しくならない?」
「……なる……のかな……なる……かも」
「でしょ?だからレイン、泣かないで、
辛いことだらけで忘れてしまったのなら、私が思い出させてあげる。だからほらーーー
笑って。 」
そう言って、アズサは僕に笑ってみせた。
アズサの笑顔は暖かくて、キラキラしていて、
太陽みたいだった。
僕も涙を拭って顔を上げ、
精いっぱいの笑顔で笑い返した。
黒の国編最終話。ここまで読んで頂きありがとうございました。沢山の読者様に読んで頂けて感激です。
次回は第2章が完成次第投稿を再開したいと思っています。 通り飴