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【第4話】猫の宿

 鏡に写った姿を見て、僕は愕然とした。


「僕……女になってる」


 どんな顔になろうが覚悟はしていたつもりだった。

 けれどまさか、声や体格、ましてや性別まで変わってしまうとは思っても見なかった。


「驚いたな、まさかここまでツラのいい女になるとは思わなかった。お前を拾って正解だったよ」


 男はそう言って、ポンと両手を肩に置いた。

 不敵に笑う顔にゾッとして、僕は咄嗟にその手を振り払った。


「聞いてない……」


「あ?何か言ったか?」


「女になるなんて聞いてない!」


 抗議の意を込めて睨みつけた。


「なんだ?契約に同意したのはお前の方だぜ?」


 そ、それはそうだけど……!


「けどそれは、顔を変えるって話であって……」


「ちゃんと契約書を読まなかったのか?読みもせず同意したのなら、それはお前の落ち度だ、俺の知ったことじゃない」


 うぅ……正論すぎて言い返せない……

 見栄を張った自分を責めた。

 正直に言うべきだったのに、僕の馬鹿……アンポンタン!!


「こんな体じゃ、もうお婿に行けないよ……」


「これから嫌でもその体で働くことになるんだ、諦めてさっさと受け入れる事だな。

 それにお前は今まで変えた中で一番の傑作だ。後遺症も無いようだし、感謝して貰いたいくらいだよ」


 地下室を出ると、男は晩御飯だと言ってパンを皿にのせてよこした。


 見るからに質の悪そうな、実際パサパサしていて不味いパンだった。


 それでも空腹から、僕はそれをぺろりと平らげてしまった。


 ふかふかのベッドには程遠い軋むソファー、

 寝心地の悪さと精神的なショックで一睡もできないだろうと思っていたけれど、屋根がある安心感と限界に達していた疲労から、その夜はぐっすりと眠ってしまった。


 ※※※※※※※※※※※


 朝、僕は男に連れられて街に出た。

 比較的大きな街みたいだけれど、何だかヴァスギニアの貧民街みたいな、陰気で活気のない街だった。


 ヴァスギニアと違うとすれば、この街の人たちは食べ物に飢えている訳ではなく

 酒瓶を片手に道端で寝ていたり、何か悪い魔草でもやっているのか、意味不明な言葉を大声で叫んでいたり、それを見て何やら賭けをしている者たちなど。


 とにかく、気分の良い街ではなかった。


「いいか?お前の名前は今日から「ナナシ」だ。店でも街でも、聞かれたらそう答えろいいな?」


「わかったよ、そう答える。それで……苗字は?」


「そんなもの必要ないだろ」


 男はあっさりと言い放った。


 確かに、追放された僕にとって、苗字なんてものは何の役にも立ちはしない。


 けれど僕は、自分がもう領主の息子、レイン・ヴァスギニアに戻る事はできないのだと思うと、ぎゅっと胸が締めつけられた。


 街を周りながら、男と一緒に、女物の服や化粧品など、仕事に必要なものを集めていった。


「金は仕事をして返してくれればいい」


「買ってくれるんじゃないの?!」


「馬鹿かお前、飯も家賃も、お前があとで全部俺に返すんだよ」


 ぐぅ……でも仕方がない、匿ってもらっている以上、この男には逆らえない。


 買い物を終えて男の家へ戻る。

 仕事は夜になるから、それに備えて昼は寝ておけ。


 まだ日の明るい昼間だったので、目はしっかりと冴えていた。けれど今夜は初めての仕事だ、僕は言われた通りに寝ることにした。


 ※※※※※※※※※※


 夜になり、再び訪れた街は昼間と同じ街なのかと疑う程に活気立っており、街中をきらびやかな夜光瓶(ネオンライト)が照らす賑やかな街に様変わりしていた。


 男の後をしっかりと着いていかなければ離れてしまいそうな程、通りは道行く人で溢れていた。


「ここがお前の仕事場だ」


 人混みをかき分け、たどり着いた先は眩しい程に灯りで照らされた大きな宿屋だった。


宿屋(ホテル)【猫の宿】、ここで住み込みの仕事をしてもらう」


 部屋の中は外観に比べて華やかさは落ちるものの、廊下を灯すランタンと紅い絨毯でおしゃれにコーディネートされていた。


 沢山の扉が等間隔に並んでいる。一室一室はそれほど広くはないだろう、扉の向こうからは男女のはしゃぎ声が聞こえてくる。


 扉の開いた部屋を見ると、その中は派手で真っ赤な壁紙と、ベッド以外目立った家具は無く、宿屋だとしても、少しアンバランスに感じた。


 変な宿屋だな……


「よう旦那!その子かい?新しい猫は」


 廊下を歩いていると、葉巻を咥えた小太りの男が廊下の奥からこちらへ声を掛けてきた。この宿屋の店主みたいだ。


 店主は物色するかの様にじろじろと僕の顔を見る。


「驚いた、こいつはなかなか上物だ」


「国籍も無ければ家族もいない、完璧な野良猫だ。勿論それ相応の紹介料と稼ぎの40%は貰うが、それでも釣りが来るだろう?」


「へへへ……勿論有り難く雇わせて貰いますよ」


 失礼だな、まるで人を売り物みたいに……


「ところでお嬢ちゃん、なんて名前だい?」


「……ナナシです」


「それではナナシ、今日からここがお前の家だ」


「俺はここで失礼させてもらう、金は例の場所に入れておいてくれ」


「わかりやした、さぁナナシ、来たばかりで悪いがさっそく働いてもらおうか。

 なぁに、簡単な接待だ」


 ※※※※※※※※※※


 僕は店主に連れられて、数ある個室の中から鍵の開いた部屋の前に案内された。


「いいか?お前のやるべき事は客の機嫌を取ることだ、注文に従ってさえいればいい」


 話によると、猫と呼ばれる雇われたちは、呼ばれた部屋で客の相手をするようだ、


 相手って……一体何をするのだろうか、(トランプ?それとも話し相手?)


 考えてもさっぱりで、僕は少し不安な気持ちになった。


「さぁここだ、しっかりと客の要望に応えろよ?


 背中を押されて部屋に入る。

 店主はそのままガチャリと外から鍵を閉めた。


 仕事の時間だ。


「でゅふふ……今夜相手をしてくれる猫ちゃんは君かぁ……初めて見る顔だねぇ?新猫ちゃんかなぁ?」


 声の方へ顔を上る。そこには、

 ギトギトに脂ぎった顔に体はボテボテの脂肪に包まれた、まるで醜いオークの様な男が裸でベッドに座りこんでいた。


「うっ、これって……!」

「今夜はよろしくね?」


 瞬間、僕は理解した。

 夜の宿屋、大きなベッドに全裸の客。


 最悪だ、ここは()()()()()だったんだ……!

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