【第3話】契約書にサインを
「君だろ?懸賞金1千万ゴールド、リーヴェンの尋ね人、ヴァスギニア領主の息子、
レイン・ヴァスギニアは」
最悪だ、最悪だ最悪だ……!
冷や汗が止まらない、頭から血の気が引いて今にも気を失いそうだ。
「見逃してください……いやだ……何でもしますから……!」
僕は男の良心に縋る思いで泣きついた。
「く……ふふ……ははは!なんだ小僧、情けない面で必死だな、どうした?俺が賞金を狙ってお前を捕らえたとでも思っているのか?」
「ふえ?」
「勘違いするな、お前が寝ている間に素性を少し調べさせて貰っただけだ。まさかとは思って聞いて見たが、どうやらヴァスギニアの尋ね人ってのは本当らしいな」
「つまりお前は国籍も人権も剥奪された流浪人って訳だ」
ぐうっ……反論できない。僕は悔しくて仕方がなかった。ブルブルと体が震えて涙が込み上げる。
「お前を匿ってやる」
「へ?」
男の口から出た言葉、それは願ってはいたものの無理だろうと諦めかけていた言葉だった。
「僕を……守ってくれるの?」
「ああ、但し宿も食事もタダって訳にはいかねえ、お前には俺の仲間が経営している店で働いてもらう」
「働く……そんなの生まれて初めてだ」
「ふん、だろうな、まぁ安心しろ、指示通りに従ってさえいればどうにでもなる仕事だ。丁度人手も不足していて何人か補充しなければと思っていたんだ。
……しかしその顔では店には出せんな、なんせ尋ね人だ、顔を変える必要がある」
「か、顔を変える?!もしかして…切ったり縫ったりするのか?!」
「何言ってやがる、そんな商品……いや、働き手に傷をつけるような事はしねえよ」
「じゃあどうやって……あ」
「そうだ、魔法を使う」
こいつ、魔法使いだったのか!
男はコートの中から1枚の羊皮紙を取り出した。
何やら細かい字が並んでいる。
「契約書だ、そいつに自分の名前を書いてそれを自分の血で証明しろ」
契約書?見たことも無い文字が長々と書かれている。
血は指先を噛んで真ん中に書かれた魔法陣の中心に擦り付けるんだな、きっと。
それよりも問題は
「この文章、何て書いてあるかわからないよ。
悪いけど、ホイホイとサインするほど僕は馬鹿じゃ無い」
契約書は自分の権利とか、お金とかに関わるからサインする時は慎重にならなければいけない。
お父様に教えて貰ったことだ。どうだ賢いだろ!
「お前、古代文字も知らんのか?」
「え、なにそれ……って、ば、馬鹿にするな!知っている!知っているさ!」
古代文字だって?魔法使いにとっては常識なのか?
知らなかった……恥ずかしい!
「いいのか?知らないなら読んでやるが」
「五月蝿いな!知ってるって言っただろ?
ほら、こことか大体だけど、理想通りの顔になるかは保証しないとか…そんな感じだろ?」
男の表情を確認する。
……うん、何となく当たってるって感じだな。
僕は契約書にサインした。
「よし、契約は完了だ。では早速魔法で顔を変えるとしよう、場所を変えるからついて来い」
男は床下の隠し扉を開けると僕を地下室へ案内した。
※※※※※※※※※※
床が石畳なのか、裸足の足はひんやりと冷たさを感じた。
家具が少ないのか声が反響する。そして何よりこの部屋
「ちょっと……真っ暗で何も見えないんだけど!灯りはつかないのか?」
返事がない。
「おい!聞いているだろ!」
「一々質問が多いな、それに五月蝿い。そんなに不安か?」
男の声にほっとする。
「ふ、不安じゃ無い!唯……」
「心配するな、それから小僧、そこから一歩も動くなよ?お前の真下に魔法陣がある。今からそれを使って魔法を発動させるからじっとしてろ、いいな?」
そう言って男は何やら呪文を詠唱し始めた。
緊張する……僕はごくりと生唾を飲む。
そしてーー
!!?
空気が変わった。
場所は同じ筈なのに、何故か部屋の雰囲気がガラリと変わったように感じる。
「!」
足元から魔法陣が光って現れる。
そして
「わ……わあっ!ねえ!ねぇ大丈夫だよね?!これ大丈夫なんだよね?!!」
突然、僕は強い不安に襲われた。
魔法が発動したのか、しゅー……しゅー……と音を立て、黒い風が足元から吹き抜ける。
次第に風は強くなる。
怖い……!なんでかわからないけど怖い!!
魔法陣の光に照らされて、吹き出してくる黒い風に触れるたび、どうしようも無い恐怖に体がすくんで、心がぎしぎしと締め付けられる。
なんだかとんでもない事が起こっている気がする!
だめだ……逃げ出したい!でも足が動かない!?
なんだこれ……
なんだこれ
なんだこれ!!
「ねぇ!助けて!!怖い!怖いよ!!!」
頭が恐怖でおかしくなる……!!
「うわあああああああああああああ!!!」
バンッ!!!!
何かが体を突き抜けた。
一瞬頭の中が真っ白になって、そのまま床に倒れこんだ。
上手く言葉にできないけれど、その時僕は何か大切なものを失った様な気がした。
※※※※※※※※※※
目を覚ますと、僕は顔も体もすっぽりと隠れてしまうほどの大きなローブを羽織り、全身が見えるくらいの姿見の前に座っていた。
「気がついたか?無事魔法は成功したよ」
「そ、それは良かった」
あれ?
僕は一瞬自分の声に何か違和感を感じた。……気のせいかな?
「姿見に細工はしていないから、写った姿が新しいお前だ。おそらく想像より別人になっているだろうから、心の準備ができたらローブを脱げばいいさ」
僕は恐る恐るフードへ手をかける。
緊張で動きがぎこちなかったせいか、座っていた椅子の手すりに袖が引っかかる。
ゆとりがありすぎるローブはかえって脱ぐのに手間がかかる。
立って裾を捲ろうとした時だ。
引きずったローブを足で踏み、そのまま滑ってずっこけた。
ズルン!
「ぐえっ!」
反動で羽織っていたローブがはらりと床に落ち、隠れていた顔があらわになった。
「あ……」
鏡に映る自分の姿、
色素の薄い色白の肌に星の色に染まったような銀の髪は肩まで伸びて、
青い瞳はまるで蒼玉の様、
ほんのりと紅い唇にしなやかな細い首筋。
「嘘だろ……
僕、女になってる」