第2章最終話【第25話】翡翠の国
巨大蜂の主、黒羽の魔女はこうして死んだ。
巣に残ったのは巨大蜂の成虫の残骸、そしてーー
「幼虫たちの駆除や餌場の人たちの救出は、町人達に任せましょう」
アズサはレインの手を引きながら巣窟を出た。
※※※※※※※※※※
依頼完了ー目的は達成。
知らせを受けた町人達は大喜び。町中で祝いの宴が行われた。
「勇者様ばんざーい!」「魔法使い様ばんざーい!」
巨大蜂が町を襲い、町人たちが黄昏時、夜に怯えて約半年、
ようやく取り戻した平和と安泰の時に町人達は大はしゃぎ。農民は仕事をほっぽりだして、商人は惜しむことなく酒樽の封を開けていく。
「酒盛りだー!じゃんじゃん飲め!」「ほら、勇者様たちも遠慮せず!」
昼から酒、どうやら朝まで飲み明かすつもりらしい。
浴びるほどの酒に歌えや踊れのどんちゃん騒ぎ。そんな場の空気に乗せられて、
「ちょっとレイン、あなた飲みすぎじゃない?!」
「らいじょうぶアずサ、ぜんじぇんへーき……う゛っ…ーー※自主規制ーー」
この日初めてレインはお酒を飲んだ。
ちなみにこの国でお酒が飲める年齢は15歳からである。
夜が更けても町の歓笑は途絶えなかった。しかしアズサは1人、人知れず小さな溜息をついた。
ーーここには暗闇の魔女はいない。ならばもう、この町に要は無い。
ーーー
翌朝
町長オーキンスが目を覚ますと、既に魔法使いと勇者、2人は町から消えていた。
屋敷から見える景色、外で呑気に酔い潰れた町人たちを見て、オーキンスは思った。
(彼女たちには感謝してもしきれない。)
優雅な朝、早朝の珈琲がこんなに美味いと感じたのは、自分が町長の座を手に入れ、屋敷の主となって以来であった。
朝食を済ませたオーキンスは、護衛のローブを呼ぶと彼女たちの行き先を尋ねた。
「あの2人ですか?確かナターリアを出て、暁の領地を目指すとか」
暁の領地、ヴァーミリア。
「遠くないか?」
「はい、なので近隣の町まで馬車を携えました。なんたってこの町を救ってくれた英雄ですから」
「英雄か、ハハハ!違いない」オーキンスはそれを聞いて軽快に笑った。
「……しかし良かったんですか?あれだけの上物を渡してしまって」
「構わんよ、黒羽の魔女は死に、巨大蜂の巣も壊滅。となれば農地の再興は可能、なにせアレは闇の力によって痩せた土地でもよく育つ」
「巣窟にはまだ生存者がいるらしいのですがそちらの方は」
「放っておけ。今更助けて何になる、生贄は蜂に喰われて死んだ。そう言う事にしておけばいい」
ーーー
部屋の中で1人、窓から見える荒れた山林を眺めながら、少年ワカバは1冊の本を抱く。
ワカバは思い出す。それは勇者達が町を出る朝の事
「有難う。お姐ちゃん達!」
見送るワカバに、アズサが1冊の本を渡して言った。
「これはあなたの大切な人が書いた生きた証。
これを読んで、冬の終わりに備えなさい」
ーー
「僕の大切な人の、生きた証……。」
ワカバはそっと本を開くと、ゆっくりとそのページをめくった。
※※※※※※※※※※
「そういえばアズサ、町を出る前にローブ達と揉めてなかった?」
ガタガタと音を立て、勇者レインと魔法使いアズサ、2人を乗せた馬車は荒廃した山林の道を登っていた。ヴァーミリアに向かう道から少し外れて寄り道をして、馬車は山林の山頂を目指して走る。
「それがねレイン、これを見て?」
アズサがそう言って契約書をレインに見せる。
町長と交わした巨大蜂退治、その依頼の契約書。
報酬1000万ゴールド
「まさか……もらえなかったの!?」
「いいえレイン、でもよーく見てよこの契約書」
アズサは眉間にしわを寄せ、膨れっ面で僕にそれを突き付ける。
「ここよここ、分かる?こんな小さいの!」
人差し指が指し示すその先には、何やら小さな汚れが付いていた。
「この汚れがどうか…「汚れじゃないわ、文字なのよ!」
ーーえ!?
思わず二度見。
すると報酬の書かれた1文の下にはとても小さな、極小サイズ、それこそ針で刺したより小さな字で (相当)と注釈が添えられていた。
「うわ、本当だ!全然気がつかないよこんなの!」
本来、クエストの報酬はが殆どが現金払い。てっきりこれもそうだと思い込んでいたーーとはいえこんな小さく注釈なんて
「あんのペテン師!」
アズサが手を震わせる。
まさかあの町長、こんなに堂々と黒の国出身のアズサを騙すだなんて。
「で、でもアズサ、一応それ相当の物を貰ったんでしょ?」
「まあそうなんだけどさ」
ポーチから出てきたのはずっしりと中身が詰まった革袋。
中には光り輝く緑色の大小様々なカケラが大量に詰められていた。
「わあ綺麗!何これ!」
魔法石みたいにキラキラとしたそれは半透明で美しい。
「ナターリアの高価な特産品らしいわよ」
「へえーそうなんだ!」
僕の故郷、白の国はあまりナターリアと貿易が盛んでない。
だから知識はあまり無いけれど、これは中々良いものだ。そんな気がする。違いない。
「上手く売り捌けば報酬以上になる……なんて調子の良いこと言っていたけどさ」
アズサが苦い顔をするのには理由があった。
「私たち行商人じゃないっての!」
どんな高価な物でも、売れなければ宝の持ち腐れ。それが1000万以上代物であれば尚の事。僕らの様な商人でもない旅の者から買ってくれる人なんて、はたして旅の最中見つかるだろうか、
競売に出すにしても参加費があるわけだから……なんて考えてたら頭が痛くなってきた。
「ま、まあでも……貰えただけ良かったじゃない」
僕は考えるのを止めて話題をそらす。
「そういえばアズサ、何でまた山林へ?」
「ここを出る前にちょっと……見ておきたいものがあってね」
ーー
山頂に着くと僕たちは救った町を一望できた。
広大な畑はかなり荒れているけれど、脅威が去ったのだ、いずれ復興するだろう。
そんな景色を眺めながらふとアズサが呟いた。
「私たちの守った町、そしてあの畑ははたしてそれに値するものだったのかしら」
アズサの目は、何故だかこの光景を、憐れんでいるようだった。
「酷い眺めね……いくら食い荒らされたとはいっても、それだけでこんなに土地は衰えない」
かつて黒土であった筈の農地は痩せて、その土は灰色になっていた。
「……ねえレイン知ってる?魔草の根っこって、とっても綺麗な色をしてるのよ」
「え、アズサ、突然何?」
アズサは続ける。
「その根はね、毒性が強ければ強いほどより高価で取引されるの。
その鮮やかで美しい色合いから、
闇ルートでの隠語として、それにはある宝石の名前が付けられた」
「え……アズサそれってーー」
「その宝石の名がーー「翡翠」」
アズサはポーチから革袋を取り出すと、それを思いっきり谷の底へと投げ捨てた。
「あ!」
僕は叫んだ。
アズサが投げ捨てた革袋に向かって、上空を飛んでいた鳥がそれに飛びつく。
が、その革袋の中から零れ出たカケラを見ると、鳥は掴んだ袋を放して空高く、
白い雲の中へと消えてった。
※※※※※※※※※※
「お呼びでしょうか」
翡翠の国から遠く離れた白の国で、1人の剣士が新領主に跪く。
「申し訳ありません領主、未だレイン・ヴァスギニアの行方は掴めず……」
白の国リーヴェン、旧名ヴァスギニアはかつて悪政により領地を崩壊に追い込んだ元領主、その息子であるレイン・ヴァスギニアの捜索を続けていた。
「顔を上げよ、今日お主を呼んだのはそれとは別件である。
近く赤の国ヴァーミリアにて、五大領地揃っての特別議会が開かれるのは知っておろう」
「はっ、存じております」
「その会議にてお主に我らが領地リーヴェンの新たな「白銀」として暁の領地に向かって貰う」
「この私が、赤の国に?白銀として!?」
剣士は驚いた様子で領主にそう聞き返す。
「不服かね?」
「いえ、ありがたき幸せ」
その称号は領主の参謀にして白の国最強の戦士の証。
赤の国では「緋天」
青の国「蒼覇」
黒の「暗闇」に、
翡翠の「真緑」
そして白の国の「白銀」が、赤の国へ向かい発つ。
「では頼んだぞ、白銀の剣士………いや、
白銀の剣聖ルークよ」
第二章翡翠の国編ー完ー
第2章最終話。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
途中休載したりと色々ありましたが、これにて翡翠の国編完結です。
需要より癖を詰め込んだ本章でしたが、この好きが伝わる読者さまに届いていれば幸いです。 通り飴