【第24話】残響
まさか……そんなどうして!
黒羽の魔女の正体が、ワカバのお姉さんだったなんて!
「どうして……貴様が私の名を?」
「ここへ来る途中、巣の中を調べさせてもらったの。この拷問部屋の隣には、貴女の書斎があるわよね」
アズサがポーチから1冊の本を出す。
「勝手に拝借させてもらったわ」
「嗅ぎまわったのか!?このッ……泥棒猫があ…!」
ザクン!
「ぎゃあああああああ!!」
睨みつける魔女に向かって、アズサが幻影のナイフを落とす。
ちょ……アズサ!?
魔女の手にナイフが刺さり、ザクリと指が切れ落ちた。
「指が……指がああああ!!」
「……これで、二度と笛は使えないわね」
悶える魔女。
「あ゛ぁ゛いだいッ……痛い゛イー!」
「その痛みは貴女に苦しめられた人たちの分……
そしてこれはーー」
ドスン!
「ぎゃあああああああ!!」
「ここで虐められたレインの分よ!」
「脚が……脚がアあ……っ!!」
「これで貴女はもう戦えない。
大人しく投降しなさい。
オチバ・フランシードさん」
魔女の表情は怒りと痛み、そして絶望に満ちていた。
「……わ、私に……負けを、認めろと……?」
「あなた町の出身なんでしょ?どんな理由があるか知らないけれど、こんな馬鹿なことは止めて帰りなさい。あの町で、あなたを待ってる人がいるでしょう?」
アズサ……。
「戦えない?この私が……?
うふふふ……あはははははは!」
痛みで気でも狂ったか、魔女が不敵に笑い出す。
「な、何がおかしいの!?」
「何が?だってそうじゃない!?
滑稽よ!貴女は……
貴女たちは何も知らなかいから……!
この町で……いいえ?ここ世界で起きている異変を!
闇の竜脈の暴走が!」
闇のチカラ?暴走?
何を言ってるの?この人は……
魔女の言葉に戸惑う僕ら。その時だった。
ーーゴッ!!
突然魔女の周りに旋風が現れて、近くにいたアズサの目をくらませる。
(なッ、風!?)
僕は咄嗟に身をかがめ、アズサも瞬時に後ろへ下がる。
「オチバさん、貴女まだ……!」
「私がもう戦えない?なめるなよ!」
ボロボロの体を震わせながら、魔女は無理にでも立ち上がる。
「私の得意魔法は闇じゃない!私は〝風〟の魔法使い!だから笛が使えなくても……私には、風の魔法が使えるのよ!!」
吹き荒れる強風が視界を阻み、風に体が浮き上がる。
(ふ、吹き飛ばされる!ーー「アズサーー!!」
ゴオーーーーーーーーーーーーーッ!!!
※※※※※※※※※※
強風に目が開けられず、しばらくしてやっと風がおさまった。
「アズサ……魔女は?!」
気が付くと魔女の姿が消えていた。
「まさか……逃げられた?!」
「……そのようね」
「そんな……せっかく追い詰めたのに!」
悔しがる僕。しかしアズサは冷静だった。
「でも大丈夫。ほら見てレイン」
アズサが指差す床の先には、点々と連なる血の道しるべ。
「追いましょレイン、あの足ではどうせ遠くへ逃げられない」
僕たちは拷問部屋の外に出て、魔女の血痕を追いかけた。
ーーー
魔女を追うその最中、僕は巣窟内の通路、そのあちこちに倒れた巨大蜂たちの屍を見る。
この巨大蜂……
「全部アズサがやっつけたの?!」
「まさか。でも魔女が笛で巨大蜂を呼び出して私を襲わせた時、
既に勝負は決まっていたのよ」
魔女が巨大蜂に襲わせた時?
「レインを助けに行く最中、巣にはびこっている蜂たちに、ちょっとした幻術をかけたのよ。
目に映る動くものが全部私、侵入者に見える幻術。魔女の笛の音を聞いて戦闘体制になった巨大蜂は魔女の元へと向かう途中、仲間同士鉢合わせる。そしてーー」
じゃあ巨大蜂たちは仲間同士で……
「見てレイン!」
「!あれは!」
進む先には、魔女が足を引きずり逃げていた。
2人で魔女を追い詰める。
「今度は逃がさない!『幻影のナイフ』!」
アズサの放った幻影のナイフが、動ける方の足を貫いた。
「ぐあッ!」倒れる魔女。
「これでもう逃げられない、
観念して降伏なさい!」
追い詰めた
「投降しなさいオチバさん!」
魔女は血だらけの姿でアズサを見上げる。
「ハア……ハア……投降しろ?これまで、積み重ねて来た計画をすべて捨ててか?」
「ええそうよ!
こんな事やめて、頭冷やして、貴女は帰るべきなのよ!」
「ふふふふ……あはははははは!
帰る?あの腐った町へ?それともあの下衆が住み着いた屋敷へか!」
「違う!貴女の弟のもとへよ!!」
魔女がぐっと唇を噛む。
「余所者の女が……知った口を叩くなーー!!」
ゴッーーーーー!!
再び起きる風の渦。
「うふふあははあはははは!!
言われなくても……
言われなくても、帰るつもりだったわよ!!この計画が終わればね!!」
長い髪をくしゃくしゃにして、
ヒステリーを起こす魔女。
「もう少し……もう少しだったのよッ!もう直ぐ来る冬を経て、春が来るのを待つだけだった!!
そうすればあの町を……いいえ、この翡翠の国さえも掌握できる、無限の兵団が完成する!!そのために巨大蜂をここまで育てて来た……それなのにどうしてええええええ!!!」
こ、この人……完全におかしくなってる……!
「でもそうねぇ……完全に、完全に計画が……希望が閉ざされた訳じゃない。
そうよねぇアズサちゃん、あなたが術をかけたのは巨大蜂の成虫だけ。
巨大蜂はなにも、成虫だけが脅威というわけではないのよ?」
(そ、それってーー) 悪寒が走る。
魔女の言葉にアズサが気づく。
「貴女まさかーー!」
魔女を包む強い風。
「この通路の下は丁度巨大蜂の幼虫たち、それを育てる飼育部屋。
幼虫とはいえ、食欲という名の攻撃本能は持っている。だから通路を壊せばどうなるか……わかるわよねえ!?」
「駄目よーーやめなさい!!」
アズサの声は風によって掻き消える。
「尊き風の精霊よ……我に力を与え、希望の道を指し示せーー『精霊の咆逆』!」
ゴッ!!!
発動される魔女の魔法、
その衝撃に、地面がひび割れ沈下する。
「うふふふふあはははは!!さあ餌の時間よ!我が子!キラービー!!」
落下する魔女。
「レイン走って!!」
ガラガラと崩れる地面、通路に大きく穴が空く。
辛うじて落盤から逃れる2人。
大穴の下には大量にひしめく幼虫たち。そしてーー
「ぎやあああああああああ!!」
叫び声がこだまする。
魔女の声!?
「だから……止めたのにッ……!」
「痛いいいい!どうして!どうしてなのおおお!?!!」
ど……どういうこと!?
下を覗くとそこには幼虫たちに襲われる魔女がいた。
「レイン見ちゃダメ!傷になる!」
アズサが僕の目を覆う。
「どうしてなのアズサ!どうして魔女が……!」
「なぜ巨大蜂が魔女の命令に従っていたのか、
それは彼女が髪に付けていた匂い、あれは巨大蜂の女王蜂、それの匂いだったのよ!」
けれど彼女はこの戦いで、女王の証を失った。
「レインの水珠で濡れた体に、彼女が自ら使った風の魔法、水に溶けた匂いは風に飛ばされ、完全に消えてしまっていたのよ!」
魔女といえど、匂いが無ければ唯の人間……
巨大蜂の幼虫にとって、そんな彼女は突然落ちてきた餌にすぎない。
そして彼女から発せられる血の匂いが、幼虫たちの狩猟本能を刺激する。
ぐちゃぐちゃと肉を裂き、オチバを貪る幼虫たちの租借音。
「いやだ!いやだああああああああああああああああああああああああああ゛」
巣窟の中を響く残響、聴覚を犯す濁点と、嗅覚に届く血の臭い。
やがて小さくなる魔女の、その声を聞きながら、
アズサの胸でレインが叫ぶ。
「そんなアズサ……
こんなのって
こんなのってないよー!!」