【第10話】樹液のスープ
「ーーここは?」
ローブ達に連れられて、着いた先は、町中では1番大きいであろう立派な屋敷の前だった。
ローブが玄関前のベルを鳴らすと、ガチャリと屋敷の扉が開いて、中から紳士姿の中年男が現れた。
「お待ちしておりました勇者様御一行、私はこの町の町長、オーキンス・バード。
ようこそ、ナターリアの町アルヘンへ」
ーーー
「長旅でお疲れになったでしょう、私はオーキンス・バード、この町の町長です」
ごろつき達の親玉かと思いきや、なんて事ない、小太りの中年紳士、町の町長がお出迎え。
……え、町長!?
僕は耳を疑った。
「ご苦労だった、後は私がもてなそう。君たちは帰って結構だ」
男はそう言ってローブ達を引き上げさせると、
「町の者から話を聞きまして、宿泊に困っているのではと思いこうして使いを出したのです」
そう、にこやかな顔で微笑んだ。
(こ、この人が町の町長さん?!)
優しそうな人だけど、にわかに信じ難かった。
だってさっきのローブ達、とっても祖業が悪かった。
僕はアズサに横目をやると、アズサも同じだと頷いた。しかしーー
「でもねレイン、さっき鑑定で調べてみたけど、確かに職業は町長で、嘘はついてないみたい」
え
じゃあこの人は本当に……
「ただ普通に優しい人ってこと?」
アズサの鑑定が間違う筈がない。
さりげなく彼女が町長にローブ達のことを聞いて見れば、あの腰の小刀は農耕用で、口が悪いのは単純に口下手なだけらしい。
普段は農作業をしているらしく、町特有の言葉のなまりもあってか、よく誤解を招くのだとか、
何だよ驚かさないでよ。
それを聞いた僕はスーッと肩の力が抜けて、ほっと胸を撫で下ろした。
「どうする?アズサ」
だとしたら無下に断るのは礼義じゃないし、益々泊まれる宿を蹴って、野宿になることはない。
「そうね……せっかくだから泊めさせて貰いましょうか、特に怪しいものは見当たらないし、それにーー」
「それに?」(スンスン……)
おやおや?ふと鼻先に意識を向けると、
屋敷の中からふわふわと美味しそうな匂いが漂ってきた。
「どうぞ上がってください。お食事の用意もできています」
※※※※※※※※※※
肉料理にパン、果物にスープ。
通された部屋で待っていたのは、それはとっても美味しそうなご馳走で、
「さあお2人とも遠慮なく」
では遠慮せず。
「いっただっきまーす!」ぱくり。
わあっ……!
口の中で溶ける肉、外はサクサク、中はふわふわな焼きたてのパン!
「どうレイン、美味しい?」
「んん~~……最っ高ッ!」
流石緑の領地ナターリア、どの料理も絶品で、それはもうほっぺたがとろけてしまいそうだった。
「樹液のスープです。温かいうちにどうぞ」
琥珀色で綺麗なスープ。
ああっ……これも絶対美味しいやつじゃん!
最高のディナー、町長もとっても優しいし、何だか疑って損したよ。
スープの入った皿を取り、スプーンを手にしたその時だった。
「駄目だ!それを飲んじゃ!!」
え?!
ーーどこかで聞いた声がした。
「き、君は!」
振り返ると、そこには栗色の髪に緑の瞳。
「何レイン、知り合いなの?」
アズサが僕の顔を見る。
(昼間の生意気な男の子……!)
「あ、いや……知り合いってわけじゃないけれど」
で、でも、どうしてこの子がお屋敷に?!
ーーその時だった。
バン!!
「何をしに来たんだワカバ!」
突然町長がテーブルを叩いて立ち上がると、
男の子に向かって大きな声で怒鳴りつけた。
「部屋で大人しくしてなさいと言っただろ!!」
「わっ……わかってらあ!」
怒られた男の子は半泣きで、走って部屋から出ていった。
男の子が出て行くと、まるで嵐が過ぎ去ったように、屋敷はシーンと静まり返る。
な、何だったんだ……
「失礼……」
町長はコホン、と小さく咳払いをした後再び席に腰を下ろすと、サッと額に滲んだ汗をぬぐい取る。
「お子さんですか?」
「いえ、あの子は孤児でね、私がこの家で預かっているんです」
(孤児……)
「あの子は流行り病で亡くなった前町長、フランシード郷の忘れ形見でありまして」
少年の名前はワカバ
ワカバ・フランシード。
成る程、生まれが郷紳の家系、だからあんなに生意気だったのか。
「それで身寄りのない彼を引き取った。
……優しいんですね」
アズサがそう返すと町長は、
「フランシード郷には生前随分と世話になった。
私はただ……その恩返しをしているにすぎません」
そう言って照れくさそうに頭を搔いた。
「いやはや……食事中にすみません。
さあさあ、気にせず召し上がってください、せっかくの料理がが冷めてしまいますから」
彼が飲むなと言った樹液のスープ、それはなんて事ない、とても美味しいものだった。
食後のお茶も頂いて、お腹も膨れ幸せいっぱいの僕たちを横目に、
町長が胸のポッケから時計を出して呟いた。
「……そろそろ時間ですな」
時間?
ーーガシャン!「アズサ!?」
すると突然アズサが倒れこみ、手に持っていたスプーンが床へと落ちた。
「ちょっと、どうしたのアズサ……アズサ?!」
返事がない。
腕をだらりと脱力させて、
アズサはテーブルに伏せたまま動かない。
「町長さん!アズサが……アズ……」
ドサリ。
(……え……?)
突然視界が歪むと同時に、体が痺れて力が抜けた。
僕は椅子から転げ落ちると、そのまま床に倒れ込む。
なに……こ……れ……
そんな中床を伝ってバタバタと、複数の足音が屋敷の中へと入って来た。
「ちょろいもんだぜ、勇者だからと警戒したが……意外とすんなり引っかかったな」
この声……帰った筈のローブ達……?
僕とアズサはローブ達に担がれる。
「よし、これで今月のノルマは達成だろう、急いで外に運び出せ」
※※※※※※※※※※
「レイン、起きて!レイン」
「う……アズサ?」
気が付くと、屋敷じゃない暗い洞窟の様な場所に僕たちは寝かされていた。
「よかったレイン、怪我は無いみたいね」
「アズサ、僕たち……」
「あのスープに細工がしてあったのよ、痺れ薬と睡眠薬、それで気を失って……」
そんな、どうしてスープの中にそんなのが!
「あんの町長……ポーチの中のお金が全部抜き取られてる!」
「そ、それよりアズサ、ここは一体……」
「それがわからないのよ。床は濡れてるし、壁も変な粘液でほら、べたべたしてるのよ。
鍾乳洞……なのかしら?厄介な場所に放棄してくれたわね」
湿度は高く、何だかとても気持ちが悪い。
「とりあえず辺りを調べましょ、ここが何処か分からないことには、どうしようもないもの」
探索する僕ら。
「足元が悪いくなったわね……レイン気を付けて」
「ねえアズサ、灯りは無いの?薄暗くて危ないよ」
幸いお金以外は盗まれておらず、アズサはランタンとマッチをポーチの中から取り出すと、それに火を付けて辺りを照らす。
しかし灯りで足元が照らされると同時に、僕たちは恐ろしい光景を目に映す。
「「キャーーーーーー!!!」」
2人で思わず悲鳴を上げる。
「アズサこれって……!」
「な、何なのよこれ!」
僕たちの足元でもぞもぞと、大量の人間 が蠢いていた。
明日6/25 日曜日の投稿はお休みです。次回は6/26 月曜日に投稿します。