96.陰と陽
「本当にそのように視えるのですね」
殿方達の言葉に、皇貴妃は感心した様子です。
「他人事ではありませんよ、皇貴妃。
魔力調整の訓練は皇貴妃もなさって下さい。
そうですね……まずは子猫ちゃんが子猫ちゃんに視えるまでを目標と致しましょう」
「私も?」
「小娘、ユーも必要だとは初耳だぞ」
「初めて申し上げましたからね。
警戒されずとも、魔力操作はできて損はございませんよ」
「そうだが……」
「かまいません、陛下。
貴妃が言う事は一理あります。
しかし何故そのような事を?
生活魔法くらいならば私も使えますが……」
過保護な夫を制しつつも、理由は気になるよう。
「陛下とのお子を授かるならば、夫婦どちらも同じように互いの魔力を馴染ませねばなりません。
女が陰、男が陽と昔から申しますでしょう。
多少ならともかく、陛下の魔力量が多すぎて、つり合いが取れてらっしゃらないのです。
陰陽どちらに大きく傾いても、お子は授かりにくいのですよ」
「しかし子を授かるには私の年齢が……。
以前なら授かるだけなら1年置きにはできたのに、もう何年も……」
顔を曇らせる皇貴妃に、陛下がそっと寄り添います。
「それから、個人的な見解を申し上げるなら皇貴妃ではなく、陛下の方の問題で授からないだけですよ。
陛下が何人の女子と褥を共にしようと、誰も授かれない可能性の方が高いのです。
そもそも体の成熟していない女子より、しっかりと成熟した体の方が出産で生じる危険も少ないはず。
何よりも妊娠せぬからとて、誰が悪いという訳ではありません」
「……そ、れは……」
ずっと己を責めてきたようですから、納得しきれないのも無理はありませんね。
「商館では若い娼妓程、避妊を徹底させます。
理由は無闇に散らさぬ為。
若ければ授かりやすいとか、体力があって出産に耐えられるとかという、高位貴族の常識は古すぎです。
それでも過去にお子を宿したのなら、皇貴妃は陛下と魔力の相性は良い。
正直、今の医学ならば三十路までなら、周囲も他の女子を充てがうなど、する必要はないのです。
ね、空爺?」
「ふぉっふぉっ。
そうですな」
空の食器を下げるのに、奥からぬっと現れた空爺は、あらゆる地を放浪し、医食同源に近い考えを持っています。
帝国中を放浪していましたから、食材だけでなく多種多様な人間も見ていて見識も幅広いのです。
「醤の為に方々を渡り歩きましたが、足腰鍛えた庶民ならば35でも40でも無事に出産した者も多く見ましたぞ」
「40……」
皇貴妃が驚いて目を丸くしますが、心なしか期待の色が見て取れます。
「物言いが粗野なのは老いぼれに免じて許して下され」
「ええ」
少し身を乗り出した皇貴妃の言葉に、殿方達も頷きます。
「しかし諦めるのは早い年じゃが、諦めねばならん時もある。
子は授かりものじゃ。
失礼を承知で申し上げるなら、夫が皇帝である以上、周囲の言葉もわからんでもない」
「それは……ええ、わかっております」
その言葉には夫婦共に顔を曇らせてしまいます。
期待は落胆に変わったのでしょう。
「じゃからと言うて、女悪しと決めつけるのは無知故じゃ。
それで男が前妻を追い出して後妻を娶っても、結局できぬ事で前妻を悪としたと醜聞を招く家もあるに、地位の高い貴族程、その考えに至らん。
気をもんだ妻が種の違う子供を腹に宿し、夫の子供と偽る事もあるのじゃから、そうならぬよう男も周囲も日々の言動には気をつけねばのう」
「わ、わかっておる。
元より私のせいだと妻にも申してきたのだ。
ユー、浮気はならぬ」
食器を盆に乗せつつ、コン爺がそれとなく脅せば、陛下が慌てたように皇貴妃を見やりました。
「まあ、そのような事は致しません」
「ユ、ユー」
浮気を無駄に疑われて癇に障ったのか、プイッとそっぽを向く妻とオロオロする夫。
「じゃからドンと構えなされよ。
皇貴妃の年齢で諦めるのも早かろうし、まだ何も試しておらんのじゃ。
嬢のやり方を試して、駄目ならその時はもっと違う男に目を向けるのもありじゃ〜」
「おい!
こら、待て、待たぬ……行きおった。
そなたの使用人はそなた共々わが道を行きすぎであろう」
「まあ……ふふふ、そう、そうね……」
言うだけ言って去る爺を可笑しそうに、しかし肩の荷が幾らか軽くなったかのように、皇貴妃は私に微笑みかけました。
「滴雫、教えて欲しい。
もう子の事で後悔はしたくない。
もちろんお子が授かれなくとも、貴女に害が及ばないようにするわ」
「もちろん、そのつもりですよ」
私もしっかりと微笑み返しました。