90.呉家と諸刃の剣
「 隷属の紋を描いたのは、恐らく呉家の管理するどなたか。
そして仲介は皇貴妃の父、林傑明司空。
貴方は彼と何らかの目的を共有して、幾らか繋がっているのでは?」
父親の名を出したからでしょう。
皇貴妃が丞相を訝しげに見やります。
「……貴女は、何故そう思ったのです?」
「大雪が二重諜報員だと伝えた時、紋を刻んだのが司空だと自ら仰った。
けれどその理由までは言及しておらず、すぐにダーシュエは肯定しました」
「だがウー家が関わったとするのは?」
今度は割って入った夫共々、夫婦で私を怪訝そうに見つめてきます。
「ふむ……推察の過程が違いますね」
「どういう意味ですか?」
とは、皇貴妃です。
やはり身内の話になるので、気になるようですね。
「まず、隷属紋を刻む事ができる者を代々管理しているのがウー家です」
「待て、どこでそれを?!」
「何と……」
焦る夫に、驚く妻。
丞相は私を窺うように、ただジッと観察しています。
「やはりそうでしたか」
にこりと微笑みかければ、陛下は苦虫を噛み潰したような顔になりました。
「カマをかけたのか……。
それにしてもいつの間に……いや、呉静雲の件で接触しておったな」
「呉静雲の?」
「ええ、丞相にはまだ陛下達とどうやって共謀したかお伝えしておりませんでしたね」
お三方の表情から察するに、あの時から時間はあったとしても、互いに詳しく話す事はなかったのでしょう。
「陛下にでもお聞き下さい」
「貴女が今、教えてくれれば良いのでは?」
「大の大人が甘えないで下さいね」
「まあ、良い笑顔」
皇貴妃は既に腹を括っているのか、落ち着いて口元を隠しながらクスクス笑います。
バツが悪そうな殿方達と違って、それこそ大人の対応です。
「どのみち皆様それぞれが、いい加減腹を割って話さねば、本来の政敵になど敵いませんよ?」
「小娘、そなたはどこまで気づいておるのだ」
「時流を読んでこそ、お金様は私に微笑むのですよ。
ウー家のご当主と話すついでに、色々と反応は見ておりましたが、当然管理云々の話はされておりません。
それこそダーシュエと同じような誓約を己に課してらっしゃるでしょう。
何事もなく代々の流れで忠誠を誓ったからとて、誓約魔法を使う者は益にもなり、危険にもなる諸刃の剣。
その管理を任す者を、これまでの帝国の皇帝が口上だけで信じるとは思えません」
「……はあ、先見の明も程々にせよ。
そなたが諸刃の剣に思えてくる」
私を睨む陛下は無視しておきましょう。
「後宮に入宮する前に他の妻や妾について調べるのは当然。
幸いな事に色々と伝手はございますので、確信を持てるくらいの情報は先に得ておりました。
ウー家は古くからの名家で、少なくとも娘の為に、嬪に相応しい支度金を出せる経済力。
呉静雲を見る限り、嬪としてそれなりの贅沢はさせてもいた。
しかし、かの家は領地を持っておらず、目立った家業もせず、朝廷に仕えるのみ。
表向きは、領地を賜るのを陞爵も含めて辞退し続けた、とありますが……金銭にいささか釣り合いが取れておりません。
私は金銭の価値観が高位貴族とは違うからこそ、そこが気になるのは当然かと」
朝廷に仕える高位貴族ならば、それなりの名家とされるウー家が慎ましく暮らしていれば、そのようなものだと気にしないのかもしれません。
それに後宮の嬪の事までは、把握しないのでしょうが。
「それに何より、私に助けを求めてここへ訪れた呉静雲は、自身の生家だというのに、余りにも怯えていました。
真の家業はともかく、自らの一族の本質が特殊だと理解しているからこそ、見限られた時の身の上を想像して恐怖したのでしょう」
ハッと息をのんだ皇貴妃も、娘である元嬪も、恐らくウー家の本来の家業までは知らされていないでしょう。
しかし昔から家同士の付き合いがあったからこそ、ウー家の特殊性には気づいている。
最も私が知る事ができたのは、前世の記憶があっての事です。
誓約魔法の発祥はもちろん、当時の国々の王とその側近達。
彼らと交流を持ったその記憶があるからこそ、気づける事もありますから。
もちろん、皆様には秘密ですが。