88.在りし日の夫の落ち度
「ですが、頂く物は頂きます。
ただ働きは致しません。
毎度ありです」
「商魂逞しいな?!」
当然の主張だというのに、法律上の夫はつっこみが早いですね。
何かが吹っ切れたらしい皇貴妃は、そんな夫を可笑しそうに見つめながら口を開きます。
「元より既に私達はこの者の信用を失っています。
だからこそ、私も報酬を与えて約束しなければ、この者を信用できません、陛下」
「モグモグ……そうれすよ、モグモグ」
小籠包を口に頬張りつつ、相槌を打ちます。
空腹時のコン爺の料理は箸がとまりませんね。
「……だから口に物を詰め過ぎなのだ。
はあ、仲良くなっていないか?」
「「それはありません」」
「ち、違うのか。
そうか、声を揃えて意気投合しているようだが、違うのか」
陛下は何が言いたいのでしょう?
でも妻が私と同じ意見なので、反論はしないのは良い事ですが。
「して、私は何故呼ばれたのでしょう?
私は貴女をはめたつもりで、わざと危険に曝しました。
最低限の安全管理として、貴女の命を私からは積極的に危険に曝さない、しかしそうする場合は、必ず貴女に事前に知らせる、とした誓約を破っています。
契約不履行として貴女から破棄できる案件ですよ」
丞相はせっかちですね。
まだ皇貴妃としなければならない話が残っています。
しかし気にするのもわからなくはないですから、このまま相手にしましょう。
「本来ならば破棄しても良かったのですが、別で陛下と取り引きをしましたから。
皇貴妃も協力して頂きましたし。
だからといって、これからも貴方が私をはめて、良いように使い捨てにして良いわけではありません」
「それは……」
難しいと言いたいのでしょうね。
目の下の隈がうつむいて更に濃くなったように見えてしまいます。
「それにその場合、契約履行、不履行に関わらず、危険に見合うだけの報酬を与える事とする一文があったのですが、お忘れで?
それに加えて持参金の引き上げ。
今の丞相に支払えるのでしょうか?
大方踏み倒されてしまいそうですね?」
風家の家業も縮小していますし、今は丞相としての政務の他に、新旧の家の当主として事後処理で手一杯。
それに旧フォン家の散財で、これから何年もしなければ経営も家計も持ち直せないはず。
彼が縁を切って数年後ならいざしらず、直後で自らの財も少ない状態。
腐り落ちそうな家を使用人ごと押しつけられれば、目の下の隈が青から茶に変わる日も近いでしょうね。
「どうしたところで、それを支払わずして判断は致しません」
「事業と使える方の人手は、いくつか貴女の縁ある商団に回したと思いますが?」
確かに私の身の回りの貴金属を一手に扱う商団も、公募に応募して仕事をもぎ取りましたね。
「それはあくまでお仕事ですし、人も含めての商団契約に基づいた取り引きですよ。
当然そちらにも益は発生したはず。
それに労働者の賃金は商団持ちです。
私個人とは関係ありません。
そもそも、その事業を切り盛りできないからこその譲渡では?
きっと商団も契約通りの事業で、人件費もその働きに見合う賃金でやってくれますよ」
「……何を望まれますか?」
「1つ。
大雪に正式な身分を与え、側近として表に引っ張り出して下さい。
大方、今は影として使っているのでは?
2つ。
やりたい事業がございます。
とはいえこの宮で行う事ですから、許可は必要ありませんよね。
それの販売権を今話題に出た商団に任せるので、恐らく妨害工作くらいはされるでしょう。
元々何かにつけて国が販売を認めて下さらなかったので。
後押しくらいはして下さい」
「小娘、何をやらかすつもりだ。
勝手は許されぬぞ」
流石に後宮で行う事業とあっては、陛下も割って入ります。
皇貴妃はその様子に、ため息を吐きました。
それはそうでしょうね。
これは在りし日の夫の落ち度ですよ。
「皇貴妃と初顔合わせをしたあの日の事を覚えてらっしゃいませんか?
勝手は既に陛下によって許されております」
「どういう……あ」
思い当たったようでようございました。