87.凄腕殺人集団と決まる妻心〜暁嵐side
「それで、化粧でわざと平凡な顔にしていたと?」
見慣れた方の顔で俺達を迎え入れた小娘に、腹黒が改めて問う。
「モグ……左様……モグ……れすよ、モグモグ」
「食べながら喋るな。
どれだけ食べるつもりだ」
ユーは初めて見ただろう、粗末な小屋が物珍しいからか、キョロキョロと辺りを見回していた。
が、小娘を抱えて走り去り、藍の衣を纏う片鬼に通された奥を見て、固まる。
他の青緑達は着替えや片づけに消えている。
1つ言うなら、普段は人目があれば、必ず皇貴妃としての振る舞いを心がける妻なのだ。
そうしないのは小娘への警戒心が、幾らか薄らいでいるからだ。
その上、小娘の周りには軽く見積もっても、10人分はあろうかとする、様々な料理が並べられていた。
「ゴクン。
あれだけ長時間舞えば、お腹も空きます。
ああ、そこらへんにどうぞお座り下さい。
皆様もお腹が空いているなら、適当につまんでかまいませんよ。
毒見は私が食べている物から手をつけるなり、気にしないなりして好きに判断なさって下さい。
うちの料理人が朝から腕によりをかけて作ったのです」
「それで1人足りなかったのですね」
小娘が外部から呼んだ使用人が少ないのもあって、どうやら腹黒もそれとなく気づいていたらしい。
「左様です。
育ち盛りはお腹がすぐに減りますから、ングング、ゴクン。
それから、素の顔はご覧になった通りの絶世の美少女です。
惚れるまでならともかく、何かしらの実力行使は迷惑なので、止めて下さいね」
ほかほかと湯気を出す肉饅頭を両手に、いけしゃあしゃあと宣うと、再びモグモグし始める小娘。
余計な一言に、最愛の妻が俺の顔色を窺うようにチラリと見たではないか。
事実無根だ。
イラッとしてしまう。
「誰が惚れるか。
そもそも自分で言うな。
饅頭寄こせ。
…………美味いな」
「空爺は秘伝の醤を求めてあらゆる地を放浪し、食に精通するようになりましたからね。
そこらの薬師よりも余程優秀ですよ。
もちろん料理人ですけれど」
合間に咀嚼しながらだから、幾らか聞き取りづらいが、これ程に美味い料理だ。
空腹ならば尚の事、我慢できぬのは致し方ないかもしれない。
もちろん俺は、口の中の物を飲みこんでから話すがな。
ユーも腹黒もそんな俺達に感化されたのか、近くの物を無言でつまみ始めた。
「そなたの使用人達の中で、1番まともに思える経歴だな。
というか、私はユー一筋だ。
だが他の者に知られても面倒だから、そのまま隠しておけ。
あの顔が危険なのは理解してやる」
それ程に、美しく、14と思えぬ妖艶美を備えていた事は認めてやる。
「もちろんです。
鬼達だけでなく、空爺を止めるのが1番骨が折れますから」
「……料理人じゃなかったのか」
おい、雲行きが怪しい会話になったぞ?
「食に精通したからこそ、無味無臭な上に時限付きで効力を発揮する、解毒不可能な毒をも作ってしまえます。
鬼達と共謀されたら、いくら私でも止められませんよ?
証拠を残さない完全殺人が完成しますし、そうなると彼らは拷問しても口を割りません。
そもそも証拠はとっくに隠滅された後になるでしょうから」
「まともなのはおらぬのか。
どんな凄腕殺人集団で脇を固めておるのだ」
その言葉にユーが再び警戒し、手にした箸をそっと置いて、皇貴妃の仮面を被ってしまった。
「心配せずとも、顔で堕ちる殿方もいれば、愛でるだけで心まで堕ちない殿方もございます」
「待て、誤解させるな。
そなたの顔を愛でた覚えもない。
ユー、濡れ衣だ」
「……」
無言無表情で、俺の顔をジトリと見やる妻に慌てる。
やましい事は何もないのに、慌てさせられる理不尽。
しかし俺の様子に、クスクスと口元を隠してユーが笑い始めた。
「ユ、ユー?」
「わかっております。
そう、わかっておりましたのに……」
自嘲する妻を相変わらずモグモグしながら、じっと見ていた小娘は、どこか安堵した微笑みを浮かべた。
「お心は決まったのですね」
「ええ。
私は夫と添い遂げます。
ですから、そうなれるよう力を貸して欲しいの」
「もちろんでございます」
その言葉に、小娘はまるで花が咲いたような笑みを浮かべて快く了承した。